東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 小悪魔ちゃんが魔界へと帰還し、紅が法界から出てきた。

 諸々のちょっとした騒ぎこそあったものの、ある程度落ち着けば、縁ある二人は久々の再会を懐かしんで、互いの近況などを和やかに話し合っていた。

 もちろん、道端でではない。場所は紅魔館の中に移している。

 

 とはいえ、話すのはほとんどが小悪魔ちゃんである。紅は日々のほとんどを瞑想と祈りに費やしているために、小悪魔ちゃんを楽しませるような話題を提供できなかったのである。

 小悪魔ちゃんはといえば、人間が作った巨大図書館での仕事についてや、そこで活動する専門家たちとの触れ合いなど、中々に充実した日々を送っていたらしい。

 図書館の人々は小悪魔ちゃんを使い魔だからと迫害したり差別したりすることはなく、同じ人間であるかのように対等に、いや、当時の水準としてはかなり厚遇してくれたようだ。

 

 図書館というと現代人はピンとこないかもしれないが、この時代で言えば最新鋭の学術機関である。

 そこで勉強や研究を行う専門家というのは、つまり時代の最先端をゆく秀才達だったに違いあるまい。

 魔界のブックシェルフでもあれだけ賑わっているのだ。人間達の図書館の重要性は計り知れない。

 

 そんな秀才、天才が利用する図書館ではあるのだが……とはいえど、人間は人間。小悪魔ちゃんの話を聞く限り、どうやら彼女目当てに勤めていた人もそう少なくはないようだった。

 肝心の小悪魔ちゃんにはその自覚がないようだったが、話の節々からは堅物な男達の不器用な下心がちらちらと見えている。

 それは紅もなんとなく気付いているのだろう。時々話の内容に困ったように苦笑いを浮かべていた。

 これは、結構貴重な表情かもしれない。

 

 二人がのほほんと話している間、私は話を小耳に挟みながら、小悪魔ちゃんが持ち帰ってきた沢山の書物の整理と確認を行っていた。

 人間達が小悪魔ちゃんに託した書物なのだ。当然個人的な興味は惹かれるし、何より小悪魔ちゃんのためにも適当な扱いをしたくなかったというのも大きい。

 

 書物の多くは研究書らしかった。

 哲学、科学……の卵。美学、農学など、様々なものがごっちゃになっている。

 この時代の最先端の形を把握する素晴らしい資料群と言えるだろう。

 意外なことに、書物の中には魔法関係の物も非常に多かった。

 そのほとんどは、おそらくは悪魔から授かったものであろう。理論も不完全で美しいと呼べるものではなかったが、人々はかなり熱心に魔法を研究し続けていたようだ。

 あるいは、人々はこのような研究のために……図書館を焼かれてしまったのやもしれぬ。

 事の経緯を小悪魔ちゃんから詳しく聞いてみたい気持ちもあったが、彼女の気持ちを考え、それはやめておくことにした。

 

 

 

「そうだ、ライオネルさん」

「うん? なんだい、小悪魔ちゃん」

「あの、この本をどこかに保管しておきたいんですけど……私の、個人的な場所に……」

「ふむ」

 

 小悪魔ちゃんが個人的に書物を管理したいということか。

 確かに、これは小悪魔ちゃんの持ち物である。ちょうど良い場所があるからといって、問答無用にブックシェルフに押し込んでおくこともないか。

 彼女の気持ちも考えれば、自分の手で保管したいという気持ちは当然のことであろう。

 

「わかった。それじゃあ、ここの地下にでも専用のスペースを作っておくよ。そこに全て保管しておく、ということでいいかな?」

「は、はい! 是非! ありがとうございます!」

「いやいや。どうせ時計塔の移転で地下は伽藍堂だからね。紅魔館もパンデモニウムの行政施設としては少し古くなりすぎたし、これからは小悪魔ちゃんの好きなように使っていくのが良いだろうからね」

「ええっ! 良いんですか!?」

 

 というか、そもそも現時点で紅魔館が行政機関として機能していないからね。

 半分くらい便利施設として私も勝手に使っちゃってるし……これを機に、正式に小悪魔ちゃんの家にでもしてしまえば良いだろうと思う。

 

「位階処理の仕事も、今じゃ他の悪魔に任せられるようになったからね。これから小悪魔ちゃんは、好きなようにやっていくと良いだろう」

「す……好きなように……? うーん……」

「外の世界は……人間の世界は、なかなか面白かったでしょ?」

 

 私が訊ねると、小悪魔ちゃんは暫くの沈黙の後、ブンブンと頭を縦に振った。

 

「小悪魔。ライオネル様もそう言っているの。ここを守るもよし、外で他の何かを守るもよし。貴女の好きなように決めなさい」

 

 紅は慈愛に満ちた眼差しを向け、小悪魔ちゃんに優しく語りかけた。

 小悪魔ちゃんはその言葉が染み入ったように深く目を瞑ると、一度だけ大きく頷いてみせる。

 

「……はい。この館、有り難くいただきます。私はこれからも……えと、……うん。やっぱり私も、悪魔としてお仕事していきたいです!」

 

 決意の込められた瞳だった。

 迷いはない。そこには、再び別れが待っていようとも、という強い意志が見られた。

 

「そう……小悪魔、ならば頑張りなさい。与えられた使命を全うし、誇りを持って生きるのよ。貴女に与えられるこの館は、その恵みよ」

「はい!」

 

 勤めていた図書館は焼け、その後どうなったかはわからない。

 しかし小悪魔ちゃんは悲しみに暮れることなく、また悪魔としてやっていくことに決めたようだった。

 

 

 

 


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