東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 ライオネルはどこか肩を落としながら、以前私と別れた時と同じように、一瞬で……その場から消え去った。

 それは高度な魔法のようでもあり、別の……それこそ神綺様が扱う、我々では届かない次元の力のようでもあった。

 

 部屋に残されたのは、私とアリスと神綺様の三人。

 しかし、話は既に纏まりつつある。魔法を教えるということだったけれど、アリスはなかなかいい子のようなので、心配はいらないだろう。

 あとは詳しい話を詰めてゆくだけだった。

 

「あ、神綺様! ルイズさん! 私、隣の部屋から荷物と人形達を取ってきます!」

「そうね。さすがにこの館には住めないから、クステイアに引越しする準備を済ませちゃいましょう」

「はい! すぐまとめます!」

 

 早速、アリスは部屋を飛び出していった。

 少しの間ここで暮らしていたということだけど、荷物はそれなりの量があるのかもしれない。

 

 クステイアに引っ越すとなると……私の館になるのかしら?

 まぁ、最初は魔界での暮らしに慣れるために、クステイアに腰を据えるのもいいかもしれないわね。あそこなら、私の故郷でもあるからある程度の融通は利くし……。

 

「ルイズは、準備はいいのかしら?」

「あ、はい。特にはありませんね」

 

 神綺様から問われるものの、私の方ではあまり用意すべきものは思い当たらない。

 どんな長旅だろうと、大概は小さなトランクケース一つだけでどうにかしてきたのだ。

 

 ……ただ、子供を連れてパンデモニウムからクステイアに帰るのは、少し手間かしら?

 

「クステイアまでは気にしなくていいわ。行きと同じで、私がすぐに送ってあげるから」

「あ、ありがとうございます」

 

 また心を読まれた。

 恐ろしい能力である。けど、慣れれば話が早くて結構助かるかもしれない。

 心に疚しいものを持っている人にとっては辛いだろうけれど。

 

 ……そうだ。

 

 今はアリスも居ない。神綺様に聞くなら、今しかないだろうか。

 

「神綺様」

「ん、なあに?」

 

 自分の声が、ひどく冷めているように感じた。

 愛想はわりと良い方だと自覚しているのだけれど。

 

「……神綺様は、魔界の創造神……なのですよね」

「ええ、そう呼ばれてるわね。実際、色々と創ったもの。うん、創造神よ」

 

 神綺様はにっこりと微笑んで、そう答えた。

 ……まるで、日常会話をこなすように。

 

「……神綺様は、何故魔界をお創りになられたのですか?」

「ん? どういう意味?」

「それは……そのままでしょうか。何か理由が無ければ、世界は生まれないかと思ったのです」

「そうかしら?」

 

 神綺様の答えは、不透明だ。

 何故魔界を創ったのか。その問いに対して、明確な答えを持っていないかのようである。

 

「ああ……そう。ルイズは、魔界が出来た理由を聞きたいのね?」

「はい」

「そうねぇ……魔界ができた理由。うーん……」

 

 刃のような鋭利な六枚翼が、呼吸のようにゆっくりと、ほんの僅かに明滅する。

 

「……クステイアはどうして出来たと思う?」

「え」

 

 答えが返ってくるかと思ったら、逆に訊ねられてしまった。

 しかも、予想外な質問だ。クステイアがどうしてできたのか……? ちょっと、すぐには出てこない……。

 歴史書を読んだことがあるけれど、さすがにそこまで古い記述は……。

 

「じゃあ、質問を変えましょうか。ルイズ、魔人はどうして生まれたと思う?」

「え、それは……魔人。ですか。魔人は神綺様が生み出した種族ですから……んー……」

 

 次の質問は、魔人が何故生まれたのか。

 ……それは、クステイアの成り立ちさえも遡るほどの太古のことである。

 私が生まれる前の、さらにずっとずっと前のことだ。

 その答えを持ち合わせている魔人が、どれほどいるというのだろうか。

 それこそ、生み出した神綺様にしかわからないことだろう。

 

「なら、最後の質問」

「んん……はい……」

「私は、何故生まれたのかしら?」

「……え?」

 

 私の小さな頭で練り上げていた考えが、一気に吹き飛んでしまった。

 

「クステイア。魔人。私。答えはどれも、みんな同じ」

「……神綺様は、創造神だとおっしゃいました」

「ええ、そうよ。魔人や魔族や神族は、私を魔界の創造神と呼んでいるわ」

 

 答えが同じ?

 いえ……そうではなく。

 ……神綺様が生まれた理由? それは一体、どういうこと?

 

「けれど、魔界そのものは違うわ。魔界それ自体が生まれたのは、決して同じ理由ではないの。おそらくはもっと、無機質で……あるいはつまらない理由なのよ」

「……」

「いいえ、でも……この魔界でさえも、ひょっとしたら同じなのかもしれないわね? それを、私でさえ知覚できていないというだけで」

「……ごめんなさい、神綺様。私には少々、難しいお話だったかもしれません」

「ふふ、ごめんなさい。難しく話したのは、わざとだったのよ」

 

 これ以上考えると、身体に悪そうだ。

 気分は悪くない。けれど、掴みどころがないほどに壮大で、考えようがないのである。

 それは神綺様もわかっていて喋っていたらしい。……結構、フランクな人のようだ。

 

「でも忘れないでね、ルイズ。私も、魔人も、クステイアも、そしてあなた自身も。みんな同じなの」

「はあ……」

「魔界は……あなたにとって、どうかしら。その大きな器だけを見てしまうと、ひょっとしたらあなたは無機質なものを感じて、しょげてしまうかもしれないけれど……それでも、ここに息づいた私たちは、決して嘘ではないし、理由のあるものなのよ」

 

 神綺様は優しげな目で私を見ながら、そう言った。

 その眼差しは、私が久しく感じていなかった……母のような、温かなものだった。

 

 ……私たちは、嘘ではない。

 その言葉を聞くと、私はどこか強がって首を傾げたくもあり、感情のまま涙ながらに頷きたくもあった。

 けれど実際のところ、私はただ神綺様の言葉を聞いて、ただ無反応であるかのように瞑目するばかり。

 

 ……私は、今の言葉に納得していないのだろうか?

 

「いつかわかる時がくるわ、ルイズ。その答えは知っていながらにして認められず、いつか自分から認められるようになるものだから」

 

 ……もう、また遠回しな言い方をする。

 

「神綺様。それは神綺様が体験したが故のお考えなのでしょうか?」

「ふふ。ううん、違う。これはライオネルが言ってた言葉」

「! あの、神綺様! ライオネル・ブラックモアとは、一体……」

「ふふふ。ライオネルのことは、偉大なる魔法使いって呼んであげてね。きっとそれが、ライオネルにとって一番嬉しいことだろうから」

 

 私はもっと聞きたいことがあったけれど、神綺様は楽しい話を終えたとばかりに、朗らかな笑みを浮かべていた。

 

「準備できました!」

 

 それと同時に、勢い良く扉が開いてアリスがやってきた。

 長旅を思わせるほどの巨大な背嚢を背負い、毛糸で連なった沢山の人形がくくりつけられている。その異様な大荷物に、私は暫く言葉を失ってしまった。

 

「あら、支度は済んだの。早かったわね?」

「急ぎましたから!」

 

 神綺様は羽を白く輝かせ、アリスの頭を撫でている。

 ……もう、込み入った話ができる雰囲気でもなさそうだ。

 

「ルイズ、また今度、何か機会があった時にお話しましょうね?」

「! ええ、喜んで。是非ともお願いします」

「ふふ。その時は、アリスの成長も見られるのかしら」

「あ、神綺様! 私は成長しないので大丈夫です!」

「あら? いけないわよアリス。成長はしなくちゃね」

「ぁぇ、あの、そういう意味じゃなくて……!」

 

 ……まぁ、良いか。

 

 私達の時間は長い。

 それこそ、考える時間はいくらでもある。

 

 それまでに考えて、考えて……再び会えた時のための言葉や私の考えを、じっくりと温めることにしましょうか。

 

「あの、ルイズさん」

「ん?」

「……ご迷惑おかけします。でも私、邪魔にならないように頑張ります。よろしくお願いします」

「ええ、よろしくね、アリス。せっかくなのだし、楽しくやっていきましょう?」

「……はい!」

 

 


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