東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 求人広告に書かれていたのは、講師の募集だった。

 期間は未定で、内容も詳細は未定。あらゆるものが要相談と、怪しい割に具体性のかけらもないものだ。

 

 その上、使われている魔界文字はかなり古いもので、それなりに長く生きているはずの私でも忘れかけているほどの単語も見られた。

 面接場に指定されているクステイア帆布紡績工房とやらも、かつてはクステイアでもかなり大きな会社だった。

 しかしこれも相当昔に、帆布から触媒式推進船への乗り換えが盛んだった時代に廃業している。あの工房を覚えている魔人も、今や何人もいないのではないか。

 ……それにしたって、使われている文字は古すぎるけど。

 

 クステイア帆布紡績工房は、今現在ではクステイア旧型船記念館になっている。

 館内はそれなりの広さはあるものの、見所のない展示物が適当に配置されているだけの、1日に何人も訪れることのない寂れた博物館だ。

 どこか懐かしくもある旧式の船たちは、役目を終えてこの館内に眠っている。

 皮肉なことに、展示されている船のほとんどは、かつてクステイア帆布紡績工房のお株を奪った触媒式推進船たちだ。

 長い目で見ればほんの一瞬だけしか運用されていなかったこの型の船は、今では旧時代の遺物として、珍しがられているのである。

 

 

 

「あら、やっと人が来た」

 

 静かな記念館の中を歩いて行くと、昔工場があったであろう開けた空間の中央に、さも当然であるかのように神綺様が立っていた。

 一瞬、突拍子もない光景に我が目を疑いもしたが、いくら擦ってみても鮮やかな赤い装束を着込んだ神綺様の姿は消えなかった。

 

 ……まさか、本当に神綺様がいるなんて。

 

「……お久しぶりです、神綺様。私は旅人のルイズです。覚えておいででしょうか」

「あ、ルイズ。そういえば昔会ったかしらね? ……ごめんなさい、ちょっと自信はないかも」

 

 まぁ、覚えられてないのは仕方がない。

 私もろくに会話したわけでもないのだ。偶然、神綺様に出会い、少し話したというだけなのだから。

 

「けど、あなたの書いた本は最近私も読んでるわよ。魔界旅行記、面白いわね」

「! あ、ありがとうございます……光栄ですわ」

 

 まさか、神綺様に私の本を読んでいただけたとは。

 ……中には批判的な書き方をしたものもあるから、ちょっと怖いわね。

 思えば、神綺様に見られた時のことなんて、欠片も考えていなかったように思う。

 

 それだけ、神綺様は私の中で、現実離れした存在だということなのだ。

 

「ええと、ルイズは記事を見て来てくれたのかしら?」

「はい。独特な内容だったので、少し気になりまして」

「あら、独特だった……?」

「……はい、断言できる程度には」

 

 神綺様がどれほど待っていたのかは知らないが、このような場所で面接が行われるなど、多分私以外には気付けていないのではなかろうか……。

 

「まぁ、ルイズが来てくれたならとりあえず問題無しね」

 

 ……いい笑顔だ……。

 神綺様って、こんなにフランクだったのね……。

 

「実は今、広告にも書いてあったと思うけれど、とある子供の講師を探しててね」

「子供、ですか?」

「ええ。その子はまだ魔法を覚えて間もないし、歳も10…あれ、11だったかしら。そのくらいしかなくて」

「随分と幼い子ですね」

「ええ。だから、魔法以外にも色々と一般常識を教えてくれるような人がいたらなーって、ね?」

 

 なるほど……つまり、ほとんど子育てのような仕事になるわけか。

 ……確かに、神綺様が書いたあの求人広告を見る限り、魔界の一般常識を教えるには人を雇う必要があるだろう。

 

 ……けれど、魔神が育てて欲しいという子供って……一体、どのような子供なのかしら?

 

 ……神綺様のお子さん?

 

「違うわよ?」

「! ……し、失礼しました」

「ふふ、まぁ確かに魔界には、私が創った子達は大勢いるんだけどね」

 

 まさか、考えが読まれるとは……。

 それにしても、神綺様が創ったわけではない……だとすると、一体どのような子供なのかしら……?

 

「んー……とりあえず、見てもらったほうが早いかしら?」

「……ええ、そうですね。付きっ切りで教える以上、直接その子と会ってみないことには、私もなんとも……」

「それじゃあ、連れて行ってあげるわ」

「は、え?」

 

 私が返答に迷っているうちに、神綺様は私の手を取って握っており……。

 

「はい到着」

「!」

 

 気付いた時には、既に全ての風景が切り替わっていた。

 

 寂れた薄暗い記念館の中だったのが、突然赤い屋敷の廊下に変化している。

 

 さすがの私もこの一瞬の移動には心底驚き、言葉を無くして目を見開いてしまった。

 

「ここは魔都の中央部にある建物よ」

 

 魔都? 一瞬で、魔都まで来てしまったのか。

 ……流石は魔神。この世界の全てを創ったという話にも頷ける。

 

 ……魔神、か。

 

 魔界を創った魔神、神綺様。

 ……この世界の果てをああして定めたのも、きっと神綺様……なのよね。

 

 ……訊ねたい。

 この疑問を、意味を。自分の感情を、神綺様に訴えたい。

 

 けれど……今はまだ、その時ではない。私は仕事のためにやってきたのだから。

 でも、これは必ず後で聞くわ。

 必ず訊ねて……私は、魔界の本当の姿を知らなければならないのだから。

 

「この部屋に、その子がいるわ。怖がりだけど勉強好きな子だから、色々と自己紹介してあげてね?」

「はい」

 

 神綺様によって血色の扉がノックされる。

 

「ライオネルー、1人見つけたので、連れてきましたー」

 

 ……ん? ライオネル?

 

「おお、じゃあ入ってもらって」

「はーい」

 

 あれ。ライオネルって確か…?

 

 

 

「よおこそ……ってあれ、ルイズじゃないか。久しぶり」

「……?」

 

 扉の向こうに居たのは、1人の長身の……仮面の男と、小さな子供。

 子供の方は話に聞いていたのでわかっている。問題は、ライオネルと呼ばれた仮面の男で……。

 

「……ええと、もしかしてあなたは、昔旅先でお会いした……ライオネルかしら?」

「いかにも」

 

 やっぱり! だとすると、仮面は……ああ、もしかして?

 

「この仮面は、まぁ気にしないで欲しい」

「ええ、わかったわ。色々あるものね?」

「申し訳ない。ありがとう」

 

 ……子供に怖がられるから仮面をつけている。のだとしても……その無機質なデザインは、もうちょっと何とかならなかったのかしら。

 

 ……いえ、仮面どころではないわ。

 

 ライオネルといえば、昔出会った時には全然気付かなかったけれど……後々、様々な著作を書き記した随筆家として有名な人物だ。

 様々な古い伝記やよくわからない解説書の他にも、魔法関連の書籍も非常に多い。

 まさかあの時偶然出会ったのが、超古代の随筆家だったなんて。気付いた時には、かなり驚かされたものである。

 

「ライオネル、久しぶり。また貴方に会えて嬉しいわ」

「こちらこそ。魔界旅行記面白いよ」

 

 あ、ライオネルも私の本を読んでたのね……。

 

「……レディってやつだわ」

 

 私がライオネルとの予期せぬ再会に驚いていると、そんな呟き声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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