東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「このッ……! あいつ、わざとギリギリのところで避けてるよ! お姉ちゃん!」

 

 飛行魔法を全速力で駆使し、魔弾の豪雨の中を縫うように突き進む。

 “環状の視界”によって全方向への視覚を得た私には、たとえ二方向だろうが三方向だろうと、死角を狙うことは不可能だ。

 

「コケにしやがってぇ……! 夢月! 挟み討ち!」

「任せてッ!」

 

 ある程度回避したところで、今度は双子が前後から急速に接近を試みてきた。

 前からは夢月。背後からは幻月。魔弾による遠距離攻撃が効果をあげないと見切り、二人同時に戦法を変えてくるとは……流石は双子。まさに阿吽の呼吸である。

 

「しかし、それくらいで渡り合えると思われても困るなぁ! “魔力の嵐”!」

「わぷっ!?」

「うぐぅっ!?」

 

 私はその場で立ち止まり、魔法を展開。

 私を中心として強力な魔力の竜巻が発生し、突撃を仕掛けた双子を巻き込んだ。

 高圧の魔力は風を生み、青白い雷鳴を響かせながら双子を揉みくちゃに洗濯する。

 

 さて、このまま上に打ち上げて一丁上がりとするか、と巻き込みをより強めたが……。

 

「舐めんなばぁああああか!」

 

 なんと幻月が魔力の竜巻を突き破り、渦の中心たる私にまで肉薄してきたではないか。

 あの強烈な魔力風の中を力づくで突破するとは!

 

「あはぁっ! くたばれ変態骸骨ッ!」

 

 幻月の右手に膨大な魔力が宿る。

 右手は魔力嵐が孕む力さえも飲み込みながら、刹那ごとにその破壊力を増していくかに見えた。

 

「ぐぁっ」

 

 幻月の手刀が、私の胴体を真っ二つに切り裂いた。

 

 哀れライオネル・ブラックモア。

 お前の冒険はここで終わってしまった!

 

「なぁんちゃって」

「手応えが……!? ただの煙!? 上かッ!」

 

 残念だったな幻月よ。

 お前が斬り殺したのは私が作った煤人形に過ぎぬ。

 

 私は既に竜巻の上部に移動しており、そこで夢月の首根っこを掴んで構えていた。

 

「ほーら! 大事な妹だ、しっかり受け止めろー!」

「おねえちゃぁあああん!」

 

 魔法によって作り上げた屈強な灰塵の右腕が、夢月の身体を思いっきり真下へ投擲した。

 砲弾と化した夢月は“魔力の嵐”を切り裂きながら、真っ直ぐ幻月目掛けて落下する。

 

「夢月の仇よッ!」

「ええちょ、おねえちゃッ!? そこ受け止めるとこ、うぎゃぁあああ!?」

 

 が、しかしここで幻月、まさかの妹を見殺し!

 地面にクレーターを形成した夢月を一切無視して、直接私を狙ってきた! なんたる冷酷さだ!

 

「あはははっ!? まだパンデモニウムにお前みたいな悪魔が残ってたなんて! あそこも結構捨てたもんじゃないわねぇっ!」

 

 幻月が白い翼で加速しながら、膨大な魔力で輝いた爪を凄まじい速さで振り抜いてくる。

 魔力を乗せた引っ掻き攻撃。言葉にすれば怖くなさそうだが、一撃一撃が飛来する魔力の斬撃と化しているのではあまりに危険だ。

 

「残念だが私は悪魔ではない。私は偉大なる魔法使いだ!」

 

 私は飛んでくる魔力の斬撃を同じ数の“飛来する風刃”で搔き消しながら、幻月と同じ速度で後退し続ける。

 

「偉大ぃ!? 一番偉いのはこの私に決まってるでしょお!?」

 

 爪による単調な乱撃から突如、禍々しい魔力を収束させた光線が射出される。

 

「いいや私だ! 偉大なる魔法使いは私一人で充分! “孤独の水面”!」

「は、何——ぐげっ!」

 

 私に直撃するかと思われたレーザーは一歩手前で別の空間に吸い込まれ、そのまま別の空間から再射出。幻月の腹部へと跳ね返り、命中した。

 

「うぁあああ……!」

 

 ぷすぷすと煙をあげながら落下する幻月。

 なかなか高出力の攻撃だったはずだが、これも致命傷とは呼べない。やはり双子は見た目と違い、かなり頑丈らしい。

 

「調子に乗るな、玩具のくせに! 一番偉いのはこの夢月ちゃんに決まってるでしょ!」

 

 そして落下する幻月と再度入れ替わるようにして、満面の笑みを浮かべた夢月が復帰。当然のごとく姉の手助けはしない。

 その手には何本かのダーツが握られ、それぞれが不気味な魔力を迸らせている。

 あれは……。

 

「魔道具か! 面白い!」

「きゃはははっ! 面白いのは私達だけで充分なの! お前はぶっすり貫かれて死んじゃう役よ!」

 

 肘から先で投げるだとか、そんなダーツの作法を一切無視したオーバースローによって、一度に三本のダーツが一斉に放たれた。

 

 ダーツは紫色の輝く尾を引きながら、とんでもない速度で私目掛けて飛んでくる。

 

 面白い。果たしてその魔法武器が私に通用するものかな!

 

「“炎塵”!」

 

 鋭い矛先を向けるダーツから反転。

 私は火魔法を発動し、ダーツから逃げるように大きく後退した。

 

「なっ……!? なにその気持ち悪い速さ!?」

 

 両足から赤い火炎と黒い煤煙を噴出させながら高速で移動する魔法、“炎塵”。

 月魔法のような浮遊感と機動力はないし、使える場面も一部に限られるが、パワフルでレトロな推進力が魅力的な魔法である。

 気分は百万馬力の鉄腕アンドロイドだ。

 

「ほう!? やはり追尾系の魔法武器だったか!」

 

 出力全開で大きく後退し迂回を試みたが、三本のダーツは私を追尾するようにカーブしながら迫ってくる。

 しかし“炎塵”の高出力に追いつけるほどの速度は出せないようで、プレッシャーはこれっぽっちも感じられない。

 見たところ浮遊と風の魔法を用いた、使い切りの武器であろう。

 最初に込めた魔力が尽きれば機能を失い、おそらくそれは一分も持続することはない。

 用いた性質ゆえに方向転換による魔力減衰は起こらないだろうが、腕の立つ魔法使いを殺すにはあまり向かない兵器と言える。

 

 結論。脅威ではない。

 

「それだけなら、今度は私の番ということになるなぁ!」

「うわこっちきた!? お姉ちゃーん!」

 

 背後を狙うダーツは無視。

 “炎塵”に再び魔力を焚べて、私は再度夢月へと突進した。

 

 夢月は炎と煙をあげながら迫る私を振り返りながら、演技ではない必死の形相で逃げ回る。

 

「いやぁああこっちくるぅうう!?」

「はーっはっはっはっ! どうしたもうお終いかー!」

 

 夢月は高度を下げ、障害物の多い地上付近を縫うようにして逃げ回る。

 なるほど確かにこの移動魔法は方向転換に弱い。悪くない逃走経路だ。

 

 しかし私も伊達に長く魔法使いをやっていない。

 この移動魔法だってそこそこ使い慣れているし、木々の合間を縫って飛ぶくらいの事は何ら難しいことではないのだ。

 

「こないでぇええ!」

 

 やがて少しずつ夢月との距離が縮まり、向こう側にパステルカラーの大きな城が見えてきた。

 あそこへ逃げ込もうと言うのだろうか。

 

 面白い。

 どんな場所に逃げ込もうとも魔法からは逃れられないというこの世の真理と、魔界の建築技術の粋を教えてやろうではないか。

 なに、悲しむことはない。私と一緒に建て直せばきっと素晴らしい城になるはずさ!

 

 大きな城門がひとりでに開き、夢月が中へと飛び込んで行く。

 私も門が閉まりきらないうちにその中へと突入し、悪趣味な庭を一瞬で横切って、城の正門を突破した。

 

「お?」

 

 城の内部へと入った時、私は城内の想像以上の広さに少しだけ目を見張り、また城の奥に鎮座する巨大な球体を見て、驚愕した。

 

「あははは! ノコノコとやってきたわね! 罠とも知らずに!」

「きゃはははっ! ここまで来ちゃったら、もう絶対に逃げられないんだから!」

 

 だだっ広いばかりの城の奥に置かれていたのは、巨大な鏡。

 左右にはゲラゲラと嗤う双子の悪魔が配置され、直径30メートル近くはあろう円形の鏡は真っ直ぐ突入した私に向けられていた。

 

 鏡から感じられるものは、とにかく濃密な魔力。

 あれは間違いなく、この夢幻世界を維持する心臓部だ。

 

 そして鏡にはドロドロとしたマーブル模様が漂い、私を含む支離滅裂な世界を映している。

 

 夢と幻を操る夢幻姉妹。

 あの二人が作り上げた、夢幻世界の心臓部。

 

 つまりあの薄汚い巨大な鏡には、この歪で不安定な異界の皺寄せが集積されており……。

 

「さあ! 世界の断層に挟まれて死んじゃうがいいわ!」

「お前だけは、魔力も霊魂も……一片も残さず、別の次元へ消し去ってあげる!」

 

 鏡の力が解放された時起こり得るのは……局所的な異界の崩壊。

 それに巻き込まれたら、たとえどのような神族であってもただでは済まないだろう。サリエルでさえ防ぐことは困難かもしれぬ。

 複雑に折り重なった夢と幻の異界が及ぼす力ともなれば、この私にさえ何が起こるのかはわからない。

 

 鏡は光を放ち、もうあと一瞬のうちにでもその暴威を解放するだろう。

 既に鏡面からは太陽光や海水が溢れ始め、混沌とした次元接続を始めている。

 さらに強まれば、鏡はこの空間さえも飲み込んで、私を中へと引きずり込むはずだ。

 

 だが。

 

「その程度の罠では、私を倒せんよ」

 

 私は偉大なる魔法使い。

 異界を利用した攻撃だろうとも、そこに魔が関わっている以上は私の得意分野だ。

 

 鏡に向かって杖を差し向け、膨大な鏡の魔力に匹敵する程の力を瞬時に練り上げる。

 鏡の中から漏れてきた別次元の風や魔力が、最後の一押しとなって私の対抗魔法を完成させるのだ。

 

「“異界縫合”」

 

 それは、行き場をなくした魔力と結界片を繋ぎ合わせ、深刻な異界事故を収束させる魔法。

 大抵は宇宙旅行のショートカットを万全にするための魔法でしかなかったのだが、思わぬ使い道があったものだ。

 

「うそ!?」

「そんな、これは私達二人が揃ってる時しか操作できないはずじゃッ…!」

 

 鏡の中で解れた結界を修繕し、崩壊を力づくで押さえ込む。

 夢幻姉妹は自らの能力によって操作しているのだろうが、能力で出来ることは魔法でだって再現可能なのだ。

 それはさして驚くべきことではない。

 

「はははは! 私の勝ちだな!」

「なっにを……ッ!」

「うぐぅう……」

 

 暴走する異界が次々に収束する。

 混沌としたドス黒い輝きが次第に薄れ、光が白に変わる。

 清浄な鏡本来の姿へと戻ってゆく。

 

 最後まで抵抗を続ける姉妹だったが、もはや結果は見えていた。

 私を倒す切り札も不発に終わるだろう。

 

 そうすればもう、彼女らも私の勝利を認めざるを得まい!

 

 認めるが良い! 私こそが最も強い魔法使いなのだと!

 

 そして私と一緒にお酒でも酌み交わしながら今日の魔法戦の反省会をして盛り上がるんだ!

 

 

 

「ライオネルが急に消えたと思ったら……何? あの二人がライオネルを傷つけようとしたんですか?」

「あっ」

 

 その時、前触れもなく背後から聞こえてきた神綺の声に私は硬直した。

 

「ひっ」

「ぁ……」

 

 またその姿を見てしまったであろう夢幻姉妹が、一瞬で顔面蒼白になり。

 

「あっ、いけな……」

 

 突然のことに気を抜いてしまった私は、最後の最後で鏡の封印を中途半端に放置してしまい……。

 

 視界が銀色の輝きと、カビ臭い魔力に包まれた。

 

 

 

 


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