東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 爆風のような力場が、瞬く間に私を覆うのがわかった。

 

 衝撃はない。感じたのは、抵抗のない薄い膜に突入するような、こそばゆいだけの僅かな感触。

 それは異界突入時によく感じられる、異空間の境目を通り抜けた時のものと同じであった。

 

「あはははっ! ようこそ!」

「私たちの夢幻世界へ! きゃはははっ!」

 

 異界。

 魔界のそれとは違った、凝固した血のようにドス黒い空。

 マーブル模様に濁った地面からは毒々しい色合いの木々が生い茂り、遠くの方ではパステルカラーの城らしき煉瓦建築が見て取れた。

 

 まったくもってセンスがない。

 私は奇天烈な色合いの景色を眺め、軽く嘲笑うように顎を打ち鳴らした。

 

「どこへ引きずり込まれるかと思ったら……なるほど。お前達が魔都から姿を消していたのは、自分達の庭を整えているからだったのか」

 

 およそ50メートルほど向こうの空に浮いている双子の姉妹は、自らの塒に獲物を引きずり込めた満足感からか、より醜くニタニタと笑っている。

 悪意と害意。なるほど、悪魔達の流す噂もあながち、嘘ばかりではなかったか。

 

「ここは私と夢月で創り上げた、夢と幻が渦巻く世界」

「ここは私とお姉ちゃんで創り上げた、混濁した幻覚と虚ろな悪夢が集まる楽しい世界」

 

 双子の姉妹は横並びのまま手を繋ぎ、口の端をさらに吊りあげる。

 

「ここには、身の毛もよだつ幻影がいっぱいいるわよ」

「ここには、死んだやつらの最期の悪夢がたっくさんさまよってるよ」

 

 禍々しい世界は広大で、広さは一点からの視覚だけでは計り知れなかった。

 そして周囲に蠢めく魔力は、自然からもたらされたものではない。

 生物の魂によって捻出された、ゴースト一歩手前の穢れそのものだ。

 

 ……そうか。

 

 この異界は、数多の生物の霊魂と魔力によって生み出されているのか。それを彼女らがもつ何らかの能力によって統括し、無理矢理に安定化させている。

 夥しい数の生物を殺め、同じくらい多くの霊魂を恐怖によって支配しなければ、ここまで広大な異界は作れなかったはずだ。

 

 この異界……いいや、夢幻世界の材料は、考えるまでもない。

 

 この世界は、悪魔や魔人や人間によって創られたのだ。

 

「さながら、人造の魔界といったところか」

 

 異界としての深度は、文字通り浅い……といったところか。

 異界の最深部は魔界であり、それは揺るがない。ここは現世と魔界の丁度中間にあるのだろう。

 空中には、外界から降り注ぐ天体魔力の陰とも呼ぶべき影響波が確認できた。それは魔界で観測できる波よりも遥かに大きいもので、この世界がより現世と近い層にあることを意味していた。

 

 ……魔界からの霊魂と、地上からの霊魂で創られた夢幻世界。

 生物由来の霊魂を用いているために非常に不安定ではあるが、ここは確かに二つの世界と繋がっていた。

 

「いくら位階が上がっても、私達が悪魔でいる限りは好き勝手に地上に出られない。そんなの退屈すぎるわ」

 

 幻月が白い翼をはためかせ、拗ねたように唇を尖らせる。

 

「だから私達は、この世界を創ったの。私とお姉ちゃんが一番偉くて、一番強くなれる、この夢幻世界をね」

 

 夢月が青いスカートの裾をひらひらと仰ぎ、血走った目で私を睨む。

 

「なるほど、自分の部屋が欲しかったというわけか」

「そう。でもすぐに、魔界も地上も……ううん、天界だって、私たちの部屋に飲み込んであげるわ」

「そしてみんなが、私達のオモチャになるの。悪魔も魔人も人間も、もちろん……貴方もね!」

 

 双子がその身に宿す力を解放し、辺りにたちこめる穢れた魔力を取り込んでゆく。

 夢幻世界にたちこめる魔力のほとんどは何らかの生物による扱い難い魔力であったが、全ての力は二人の姉妹に屈服したように、何ら抵抗することもなく水のように飲み込まれる。

 

「さあ、貴方も夢幻世界の一つになろ?」

 

 太陽のように白く輝く魔弾を掲げ、夢月が熱っぽく訊ねる。

 

「喚いて、叫んで……ドロドロな魂を、私達にちょうだい?」

 

 日蝕のように真っ黒な魔弾を愛おしそうに抱き締め、幻月がペロリと唇を舐める。

 

 凶悪な殺意と、圧倒的な破壊が蓄積された魔弾を目の当たりにして、私はただ——

 

「おお、魔法で闘うのか! そうかそうか!」

 

 グッと左の親指を立てて、右手の杖をくるくると回すのであった。

 

「変なやつ! 貴方は永遠に苦しませてあげる!」

「ムカつくやつ! 貴方は永遠にいたぶり尽くしてあげる!」

 

 白と黒。

 二つの魔弾が殺到し、夢幻世界での闘いが始まった。

 

 

 

 魔法使いは、まず魔力を必要とする。

 本来であれば魔力とは自らの霊魂から捻出しなければならないのだが、腕の立つ魔法使いともなれば周囲からかき集めることも可能だ。

 

 しかしそれは大抵の場合、純粋で綺麗な魔力でなくてはならず、他人が用いたものであったり、生物の干渉を強く受けた魔力は、すぐに使用することはできないものだ。

 

 が、私にとってはあまり関係のあることではない。

 魔力は魔力。幾つかの工程を挟んでやれば、他人の魔力だろうが霊魂だろうが、すぐに利用可能なエネルギーへと変換できる。

 

 それはここ、夢幻世界でも例外ではない。

 

「“大いなる魔力の収奪”!」

「なっ……!」

「はぁ!?」

 

 杖を起点に発動した魔法が、僅かな魔素から辺りの環境魔力を巻き込んで、大きな渦となって私を取り囲む。

 姉妹は自分達のテリトリーで魔法を使われたことがそんなに意外だったのか、追撃を忘れて口を半開きにさせていた。

 

「“分岐する火砲”」

 

 杖に集まった莫大な魔力を練り固め、まずは一発。

 虹色の書火属性初級魔法の同時発射が、左右から来る魔弾の両方を貫いた。

 

「反撃してきた!」

「生意気!」

 

 相手の攻撃を打ち消し、そのまま火の玉が当たってくれればよかったのだが、さすがに彼女らもそこまで鈍くはなかったらしい。

 火砲は華麗に避けられ、すぐに反撃へと移行した。

 

「グズグズになって死ねぇ!」

「バラバラになっちゃえ!」

 

 左右に分かれた双子から、数えるのも馬鹿らしいほどの量の魔弾が押し寄せてきた。

 今度は質ではなく、量。確実に私に一撃を与えるために、とにかく逃げ道を封じようとばら撒いたのだ。

 

 二方向から押し寄せる魔弾は、非常に避けにくい。そもそも人が通れるほどの隙間がほとんど存在しない。

 その上、小粒とはいえ魔弾にはそれなりの力が込められており、先に到達して地面にぶつかったものは爆発し、小規模なクレーターを作っている。当たれば大抵の生き物は粉微塵になるだろう。

 

「良い範囲と威力だ! だが……“投げられる賽”!」

 

 仮に魔弾が直撃したところで私は死なないが、目の前の地面をせり上げて巨大な防壁を築く。

 

 10メートル四方の箱型にくり抜かれた地面はいともたやすく宙に浮かび、双子から降り注ぐ魔弾のほとんどを受け止めた。

 

「なにあれ!?」

「夢月! あの生意気ドクロ、ただの獲物じゃない! 本気でいくわよ!」

「はっはっはっ! そうだ、本気で避けてみるがいい!」

「へ——」

 

 私がただ身を守るためだけにわざわざ地面をくり抜くとでも思ったか。

 

 甘い、甘いぞ双子姉妹よ。

 土魔法でくり抜いた地面はな、とことん最後まで利用するものなのだ!

 

「ほーれ!」

「う、うわぁっ!? 投げてきたぁ!?」

 

 巨大な岩の塊を魔法によって放り投げ、魔弾を展開する夢幻姉妹に回避行動を強いる。

 だがこれだけでは終わらない。私は続け様に追加で地面を切り分けて、同じように空中へ浮かべながら、それらをホイホイと投げ込んでゆく。

 

「うわっ! このっ……お前ぇ! 私達の世界をこんなめちゃくちゃにっ……!」

「わーん! 私が作った磔台がー!」

 

 地面の上に建物や奇怪な植物が乗っていようが構いはしない。

 私は杖をぶんぶん振り回しながら、無数の巨大ブロックで攻撃し続けた。

 だが双子も双子で流石と賞賛するべきか、私が投げつける巨大ブロックのほとんどを空中で素早く回避している。

 並の悪魔でも、ここまで俊敏な回避は続けられまい。

 

 しかし相手を賞賛する一方で、私は夢幻姉妹に対して遠慮なく魔法を振るえる今が非常に楽しかった。

 

「ふはははは! どうしたどうした悪魔どもめ! ウンコを投げつけられる気持ちがわかったかぁ!」

「何よウンコって! 私達の作った世界はそんな汚くない!」

「魔都のキングオブウンコと一緒にしないでよ! 変態骸骨!」

「バーカバーカ! 悔しかったら一発でも私に当ててみろー!」

「なんなのこいつ!? お姉ちゃんあいつぶっ殺したい!」

「わかったわ夢月! 息を合わせて懐に飛び込むわよ!」

「はーっはっはっはっ!」

 

 ズタズタに切り崩され、魔弾の嵐に削られてゆく夢幻世界。

 

 私は邪悪な双子と罵り合いながら、大人気ない魔法戦をしばし楽しむのであった。

 

 

 


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