人間、余裕が生まれると遊びに走るものだ。
私が魔界で彫刻に執心したように、この緑が生い茂る地上においても、私は遊ぶ余裕というものが生まれつつあった。
「ふむふむ、やっぱりこう漉いたほうが良さそうかな」
私の果てしない時間の過ごし方は、その全てが私の趣味と言っても過言ではないのだが、気分的には、魔法の探求が仕事で、他が趣味といったところである。
なので今、私がやっている事は、完全な趣味の範疇であった。
「お、うまくいきそう」
材料は、辺りに鬱蒼と生い茂るシダの樹木。これらは時代の流れと共にあっという間に繁栄し、大陸の中央をシダだらけに変えてしまった。
巨大に育った個体も多く、中には樹高十メートル以上を記録するものまで確認できる。
ここまで生えているならば、利用しない手はあるまい。ということで、私はシダを使った紙作りに挑戦しているのだった。
いわば、和紙だ。
繊維をほぐして、紙状にまとめ直すという方式での作成に、今のところ躍起になっている。
最初のうちはビスケットのようにボロボロと崩れたり、硬すぎて使いようのない仕上がりばかりだったのだが、近頃ではなかなか上手くいくようになってきた。
繊維方向と長さをまとめるコツを掴んでからは、紙の質も向上している。
なるべく繊維を切らないように解すのは一苦労だが、苦労したなりの結果が紙の丈夫さとして現れてくれるので、なかなか馬鹿にできたものではない。
最近では、長いシダの繊維を編みこむような漉き方も心得てきたところ。
シダ紙作り職人のライオネルとは私のことだ。……今のところ、神綺にさえその異名は知られていないが。
紙作り。
どうして私がこのような作業に没頭しているのかというと、答えは簡単。本が作りたいからである。
なんで古代に本作り? と思われるかもしれないが、そこは私の凝り性がそっちに傾いたというだけのことで、特に深い理由は無い。
強いて言えば、忘却を知らない私の頭の中には、長い年月を掛けて培った様々な空想物語が出来上がっているので、その捌け口が欲しいといったところだろうか。
本を差し出す相手が神綺のみというのが悩みどころだけど、まぁ、魔界にでも安置しておけば、やがて住民が入居(予定)すれば読んでもらえるだろう。
つまりこれは、未来への先行投資。将来私の本を読んでくれるであろう人に向けた、遠い遠い、果てしない未来へのプレゼントなのだ。
強引に理由をつけるならばそんなところで、まぁ所詮は趣味である私の本作りが続けられているわけだった。
本といっても、当然ながらただの本ではない。
作っても数百年の時を経て朽ち果てちゃいました、なんて当たり前で物哀しい事件だけは避けたいので、しっかりと魔法によって防護された、恐ろしく頑丈な本を作るつもりである。
シダの繊維でそんなものが作れるはずはないが、不足分の大半は私の魔術が埋め合わせてくれる。なのでこちらの目標はただひとつ、綺麗に本の体裁を整えるために尽力することだ。
分解、漂白、変質、強化、固着。
多分、和紙作りの職人はもっと普通な工程を踏んでいるんだろうけど、材料からして私のオリジナルなのだから仕方ない。
私の魔術の技量が許す限りにアレンジを加え、紙質をより上質に、高度なものへと変えてゆく。
合わせて考えなくてはならないのが、本の保存法。基本的に魔界にあれば問題はないだろうけど、数千年や数億年は保たなければ意味が無いし、どちらの世界も、それだけの時間が流れて無事で済む保証はない。
このシダの書(仮)には、私の力の限りを尽くした保護魔術を掛けねばならないだろう。
本の内容も様々な候補があるが、ひとまず重要なのは本の耐久性である。
当面は紙の見栄えの良さと、そちらの方に力を傾けるつもりだ。
さて、この本に尋常ならざる耐久性を与えるということは、要するに“魔法”をかけ続けるということである。
一度かけたら、あとはずっとそのままでいい。なんて都合の良い話は存在しない。
魔法にだって電池のような寿命が存在するし、魔力が枯渇すれば消滅してしまう。
呪いのように、物や生物に固着して効果を発揮し続ける魔法もあるにはあるが、それも魔力源があってこそだ。
例えば持続性のある呪いである“呪いの火”は、付着した場所で炎を発し続けるというものであるが、これの魔力源は主に月光や、星の輝きである。
触媒を含ませればもう少し長持ちはするものの、天を覆い隠す雲が現れれば火力は弱まり、悪天候が一日も続けば完全に消えてしまう。
私の魔術にはそういった星々の運行に頼っている部分が多いために、天を隔てる屋内や、悪天候によって、魔術のエネルギーは大きく削がれるのだ。
同じ事は本に掛ける魔術にも言えるだろう。
屋内や悪天候でも揺らぐことのない魔力源の確保は、本の作成において必須項目と言えた。
天体魔術の他にも、属性魔術のように、周囲の環境から魔力を取り寄せる方式もあるが、そちらも安定しているとは言い難い。
ならば他に供給手段があるかと言えば、思いつかない。
「うーむ」
私は数年間、紙を漉き続けながら悩むのであった。