魔都パンデモニウムの機構そのものを支えているものが中央の時計塔だとするならば、行政を司っているのは隣にある紅魔館であろう。
紅魔館には小悪魔ちゃんをはじめとした何人かの悪魔が働いており、彼らは外部からやってくる神族や魔族、はたまた魔人を悪魔として登録したり、彼らの位階を働きによって調整する役目を担っている。
その中でも特に古くから、というか最初期から勤めているのが小悪魔ちゃんだ。
魔界の悪魔のことならば、真面目な小悪魔ちゃんのことだ。全て把握しているに違いない。
例のやんちゃな双子悪魔についても、彼女に訊けばすぐにわかるだろう。
というわけで、私は早速小悪魔ちゃんを訪ねたのであるが……。
「小悪魔さんは現在外界に召喚されております」
いざ紅魔館へ出向いてみると、なんと不在であった。
しかも外出先が地上である。これでは瞬間移動で出向くこともできやしない。
そういえば、以前彼女も外で働きたいと言っていたか。
ここで管理役を務めている時点で既に位階などあってないようなものであるが、それでも悪魔としての仕事をしたいというのだから物好きというかなんというか。
「今は外界の巨大な図書館の司書をされているようですね。何度かに分けて出向かれていますが、最後に出て行ったのは8年前となります」
「ふうむ」
しかも悪魔としては割と長期契約だ。
こりゃ明日や明後日に戻る見込みは薄いだろうな。
というか外界のデカい図書館ってどこだ。
この時代にそもそも図書館なんてあったっけか。
「……わかった。外にいるなら仕方ない。教えてくれてありがとう」
「いえいえ」
「それで、かわりに聞きたいことがあるのだが……貴方は双子の悪魔というのは、ご存知かな?」
私がそれを訊ねると、受付の悪魔はピタリと動きを止めた。
それまでは悪魔なりに人当たりの良い笑みを浮かべていたのに、見る見るその表情が曇り、冷や汗までながしはじめている。
「それは……夢幻の姉妹のことですか」
「夢幻の姉妹」
ふむ、確か似たようなワードは刻印のスフィアの履歴にもあったな。
「私はその姉妹のことについて知りたいんだ。良ければ詳しく教えてもらえないだろうか」
お願いすると、悪魔の顔が引きつった。
丁寧な応対は真面目であるが、どうやらこの問題は、そんな彼らでもあまり関わりたくない事らしい。
「……私が言っていたということは、他言無用でお願いしますよ」
「もちろん」
それでも気は進まないようであったが、受付悪魔は少しずつ、それでも事細やかに教えてくれた。
夢幻の姉妹。
それは魔都パンデモニウムの無法地帯で凄まじい戦歴を挙げていた、双子の姉妹悪魔の呼び名である。
幻月と夢月。二人合わせて夢幻の姉妹。
この姉妹は見た目こそ可愛らしく、華奢で力の無さそうな少女達らしいのだが、その本性はまるで真逆。
無法地帯では敵対する悪魔達を容赦なく叩きのめし、ズタボロになった死体を吊るし上げて衆目に晒すのは当然の事、敵対もしていない逃げようとする相手にすら執拗な苦痛を与え続け、玩具扱いしてゲラゲラと嗤い、楽しむのだという。
なんかもう既にこの時点でお腹いっぱいなのだが、まだまだ逸話は多くある。
彼女達は騙し討ちも得意らしく、ギリギリ法の支配下にある区域の悪魔をか弱そうな見た目で誘き出しては、無法地帯に踏み入れた瞬間にテリトリーへと引きずり込んで惨殺したり。
同じ無法地帯で争っている悪魔の一大勢力に対しては、相手が降伏や和平を訴えても決して耳は貸さないとか。
たまに地上から呼ばれて召喚された時は、決まって3桁以上の人間を虐殺してからでないと戻らなかったりとか。
たとえ無法地帯に近づかないような温厚な悪魔に対してでも、何かと契約で恩を売りつけては、最終的に無法地帯で闘う所にまで事を運び、相手にどうしようもない絶望を与えた上で嬲り殺すのだとか。
聞けば聞くほどに、悪魔である。
もはやこの姉妹は悪魔の中の悪魔であると言っても過言ではないのではなかろうか。
案の定、この夢幻姉妹は悪魔の中でも最上位の位階を有しており、彼女らが保有する魔都の土地も最大規模だ。その全ての土地が暴力や戦闘行為を解禁した無法地帯にしてあるというのだから、呆れて半笑いになるしかない。
土地の中には、一部の地域を孤立させて物流を遮断し無理やり飲み込もうとしている大きめの区画があったりして、久々に寒気を覚えてしまった。
この子達どんだけ闘いたいんだよ。
戦闘狂な性格の通り、彼女達は強い。
たった二人の姉妹ではあるが、保有する領土の規模を見ればそれは一目瞭然だ。
受付の彼から聞く話によれば、二人が本気を出せば魔都の一区画くらいならば簡単に焦土に変えられるのだという。
というか、むしろいくつかは焦土になったまま、現在でも荒地として残っているらしい。
「恐ろしい悪魔達です。夢幻の姉妹の名を聞いて恐れないものは、このパンデモニウムにはまず存在しないでしょう」
彼は肩を震わせ、しきりに辺りを気にしながら語る。
実際に夢幻姉妹は悪魔達から恐れられており、ブックシェルフにある本は彼女達を避ける術であったり、彼女達の実際の武勇伝……というよりほとんど災害や事件を記したものであった。
顔自体も割れており、肖像画も幾つか存在する。
受付の悪魔は双子姉妹が描かれた綺麗な油絵を私に見せてくれた。
絵で見る二人は、とても悪魔のようには見えなかった。
一人は天使のような白い翼を持っているし、もう一人の方は清楚なメイドっぽいエプロンドレスを着用していた。
表情は柔和で、悪魔どころか慈悲深い聖女のようですらある。
しかし話によればこの肖像は百枚近く描かれたもののうちの一枚であり、他の気に入らない肖像のほとんどと作者は、夢幻姉妹によってこの世から抹消されているのだという。
なにそれこわい。
「最近では、夢幻の姉妹はパンデモニウムで確認されていません。二人が居なくなってからは幾分か落ち着いているのですが……逆にどこで何を企んでいるのかわからないので、変わらず怯える毎日ですよ」
「なるほど……」
姉妹について語る彼の顔色は、まさに青白いものだった。
人間であればとっくに凍死しているような顔色になってまで情報提供してくれた彼には、感謝してもし足りない。
「しかし、夢幻姉妹の行方がわからないと言ったね。それは一体、どういうことなのだろう」
「それは……我々にもわかりません。外界に召喚された記録はないので、未だ魔界に潜んでいることだけは確実なのですが……なにせ彼女達の保有する土地が広いのと、誰もわざわざ踏み入りたくないものですから……」
「調べる術も無い、ということか」
「はい」
まぁわざわざサーベルタイガーとキングコブラとマウンテンゴリラのキマイラの巣穴に突っ込む命知らずがいるわけもないか。
しかしあれほど勝気で残虐な悪魔達が、これほど個人を相手に恐れるというのも珍しいものだ。
まるで同じ悪魔相手ではなく、絶対の魔王を前にひれ伏しているかのようである。
「あの……ライオネル様。この夢幻の姉妹……彼女達は、どうにかならないものでしょうか……?」
「うん?」
「ああいえ、その」
聞き返すと、彼は見るからに狼狽えた。
「……彼女達を野放しにしておくのは危険です。いつか魔都が……またとてつもない災禍に見舞われるかもわかりません。そうなる前に、ライオネル様や神綺様のお力で、なんとか……」
「ふむ」
なるほどそうきたか。
しかし……。
「断る。この姉妹は契約を破ったわけでもないからね」
たとえどれだけ悪どい存在だろうとも、夢幻姉妹は契約の呪いの管理下にあり、何かしら違反したわけではない。
問題行動とされるものも全て時計塔が振りまく法の下に収まっているし、私が口出しする理由は皆無だ。
「……やはり、小悪魔様と同じ結論なのですね」
「すまないね、力になれなくて。まぁどうしても姉妹を押さえ込みたいなら、他の悪魔も力を蓄えるべきだと私は思うな。魔法をより勉強したりだとか」
「はは……すみません、失礼なお願いを……」
強い悪魔が怖いならば、より強い魔法を覚えて立ち向かえばいい。
口八丁で成り上がるような強かな悪魔も嫌いではないが、腕っ節に物を言わせる昔ながらの悪魔というのも、私は好きだよ。中には魔法の話が通じる相手が出てくるかもしれないからね。
「……けど、そうだね。どうしても姉妹が気になるようなら、二人の様子だけでも私が見てくるよ」
「! 本当ですか!」
「うむ。魔都最強の悪魔が何をしているのか、私も少し気になるからね」
「不穏な動きがあるようでしたら、是非」
「まぁ、うん。見るだけなら」
「ありがとうございます! ああ、さすがは魔界の偉大なる魔法使い様だ……!」
「いやぁそれほどだよ」
ああ、やはり魔法に理解ある場所っていいな。
随筆家なんて呼ばれるよりもずっと心地がいいや。
……それにしても、夢幻の姉妹か。
話を聞くと悪逆非道をそのまま二分割したようなイメージしかないけど、あの綺麗な肖像画を見ると、なかなかにギャップがあるな。
実際会ってみたらクリーチャーみたいだったりして。
……うむ、やはり気になる。
ちょっくら夢幻姉妹に会いに行くとしよう。