東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 ここ最近、神族達からの魔界への意思確認が多いので、あまり外へ出られずにいる。

 間違いなく、月の一件から波及したものなのだろう。

 

 神綺は外界に興味が無いし、サリエルに任せきるには荷が重すぎる。結果として、様々な確認事項のほとんどは私が応対することになっていた。

 人間の歴史が刻まれ始めた昨今、魔界での缶詰はこれまで以上に落ち着かないものである。

 

 私がいた時代まで残り二千年ほどに迫ってきたので、どうせならば西暦開始の一大誕生日パーティー、イエス・キリストを見に行きたいとも思った。

 しかしこれまでにサリエルやメタトロンを間近で何度も見ている以上、イエスさんを見てもなんだか苦笑いしかできなさそうな予感がするのも確かである。

 ふらりと軽い気持ちで見に行って幻滅し、これから一生クリスマスを純粋に楽しめなくなってしまうのはとても痛い。仮にイエスさんが実際に神に近いものなのだとしても、上位神族の域を出ることなど有り得ないからだ。

 星々の流れを見るに、私と同じ存在ということも有り得ない。

 

 ……そう考えると、まだもう暫くは外界の見学に赴かず、こうして魔界の仕事に精を出すのも有りなのだろうか?

 ううむ……。

 

 

 

 

「紹介しよう、ライオネル。彼女が私の新たな配下となったエリスだ」

「は、はじめまして……」

「おー、悪魔だね」

 

 明くる日、サリエルに呼ばれて堕ちたる神殿にまでやってくると、一人の悪魔を紹介された。

 

 パンデモニウムで事務仕事を頑張っている小悪魔ちゃんのようなぴしっとした洋装に、背中からは大きなコウモリの翼。

 長く綺麗な金髪は赤い大きなリボンで括られ、彼女が恐縮する度にサラサラと揺れている。

 

 小悪魔ちゃんが真面目系な悪魔だとするならば、彼女エリスちゃんは……まさに小悪魔系悪魔といったところだろうか。

 生意気そうなツリ目に頬に刻まれた軽薄そうな赤い星のタトゥーは、まさに彼女の性格を表しているようだ。

 

「エリスにはセムテリア及びエンデヴィナ近辺の警護を任せるつもりだ。見ての通り悪魔で、力はまずまずといった所。侵入者にもよるが、邪魔になることはないだろう」

「ほうほう……サリエルが悪魔を雇うとは、なんだか意外だね」

「悪魔には“契約の呪い”がかけられているからな。こちらと結んだ決まりを破らないという意味では、魔人や神族よりも信用できるのだ」

 

 悪魔は結んだ契約を破れない。

 確かに雇用相手としては、悪魔は理想的な存在だと言えるだろう。手足にするには最適だ。

 

「警護を任せることについては賛成だ。ドラゴンもいるけど、やはりいくらかは話の通じる人が居た方が良いからね」

「えっ……ドラゴン……?」

 

 エリスちゃんが青ざめた顔でこっちを見たけど、質問には後で答えるとしよう。

 

「しかし、セムテリアやヴィナ……エンデヴィナは魔界のほぼ中心地だ。そこまでたどり着けるとなると、それなりの実力が要求されるだろう。サリエル、エリスちゃんの力はそれほど強いのかな?」

 

 悪魔はそれなりに強い存在だ。

 過去、神族達でさえギリギリのところまで追い詰められた存在なのだ。弱いはずがない。

 そこからサリエルが選りすぐったのだから、あまり疑うこともないのだが……守る場所が守る場所なだけに、私もちょっと神経質にならざるを得ない。

 

「魔法に関して言えば、パンデモニウムの無法地帯でも上位に入るだろう。“新月の書”で言えば、中伝といったところか。本質的に邪悪な部分は色濃いが、悪知恵が回る分有能であることの裏返しとも言える」

「ふむ……なかなかだね」

 

 新月の書の中伝。ともなれば、そこらへんの神族相手なら十分に戦えるだろう。

 見かけは少女だが、なかなか良い素質を持っているようだ。

 邪悪さが残るということについては少々気にかかるが、契約でガチガチに縛ってしまえば悪さをすることもない。

 上手く働いてくれれば、私達の負担も減るだろう。ありがたい話だ。

 

「さて、エリスちゃん」

「はっ、はいぃ」

 

 私はエリスちゃんに顔の高さを合わせ、彼女の瞳をじっと見つめる。

 ふむ、“契約の呪い”は有効だ。追加で条件を与えることも十分に可能だろう。

 

「私の名はライオネル・ブラックモア。魔界の偉大なる魔法使いだ。ご存知だろうか」

「は……はい、話程度には……」

「おろ」

 

 ダメ元で聞いたけど知ってるのか。これは意外。

 

「ブックシェルフで、いくつかの本を読みました……魔法に関するいくつかの考察と、古代……とかの動物に関する書物を……」

「おっと」

 

 ブックシェルフにも行ったのか。なるほど、だとしたら彼女の腕前はなかなかのものだ。

 宙に浮かぶ巨大図書館、ブックシェルフ。そこにたどり着けるのならば、そこの書物を読めるのであれば、私からは特に言うことはない。

 

「そうか、ブックシェルフまで行ったのか。だったら安心だ」

「……そんな基準でいいのか?」

「問題ない問題ない」

 

 あそこにはいくつかの魔導書を置いてある。

 私が作り出した十三冊の魔導書と比べれば雲泥の差ではあるが、そこにある書物にはそれなりに有用な魔法を記してある。

 それを読んで身につけたとあれば、魔法の実力で言えば神族を上回ると言っても過言ではない。

 

「悪魔エリス、貴女にはセムテリアとエンデヴィナの守護を任せよう」

「は、はいぃ! お任せください!」

「……サリエル。随分と怯えているようだけど、彼女に何かしたのかね」

「なに、パンデモニウムを回っていたところ、こいつが無謀にも私を陥れようとしてきたのでな。身の程をわからせてやったまでのこと」

「ああ……」

 

 ちょっと小悪魔な少女かと思ったけれど、やはり中身は立派な悪魔らしい。

 何をやったのかは知らないが、哀れエリス。君にはしばらく魔界の警備員として働いていただこう。

 

「ううう……いつか絶対殺してやるぅ……」

 

 しかも反省していない。紛うことなき立派な悪魔であった。

 

「おい貴様! 改心したかと思えばまだそのようなことをッ!」

「ひぃいいっ!」

 

 ……サリエル、寝首をかかれなければ良いのだが。

 まぁ、その辺の対処は慣れているだろうし、放っておいても大丈夫かな。

 

 

 

 

 施設の警護はサリエルやエリスに任せても大丈夫だろう。

 おかげさまで私や神綺の仕事が減って、自由な時間が増えてゆく。ありがたいことだ。

 

 それにしても、先程エリスの言っていたブックシェルフのことが少々気になるな。

 

 ブックシェルフは空中に浮かぶ赤レンガの巨大建造物だ。内部には多種多様な書物と、書物を作成する魔道装置“刻印のスフィア”が安置されている。

 エリスはそこで本を読んだと言っていた。

 私が最後にブックシェルフに訪れた時には、あまり魔人も悪魔もいなかったのだが……今ブックシェルフの方は、どうなっているのだろう。

 

「ちょっと見てくるか」

 

 そんなこんなで、私は空中巨大図書館に向けて瞬間移動した。

 

 

 

 

「ふむ」

 

 ブックシェルフの真上に移動した。

 相変わらずの美しい立方体である。赤レンガの鮮やかな色合いは、下界の緑や青の中で一際目立っていた。

 

 周辺に悪魔や魔人の姿は見えない。

 連日行列が並ぶほどの大盛況というわけでもないようだ。

 私の書いた本がよもやベストセラーにでもなっちゃったかしらと思ったが、そんなことはなかったらしい。残念である。

 

 ブックシェルフ外殻の分かり辛い入り口から内部へと入り、ちょっとした通路を抜けて庭園部へと入る。

 中は魔法による光と浄化によってちょっとしたビオトープになっている。それは今でも変わり無いようで、かつて私が整えた生態系もその形をある程度は保っているようだった。

 

「おや」

 

 そして、庭園部には人が居た。

 魔人か悪魔かは分からないが、ちょっとした公園のような広場には、ちらほらと魔界人の姿が散見される。

 誰もが椅子や手製らしいベンチに腰を下ろし、手元の書物に集中している。どうやら彼らはここで、じっくりと本を読んでいるらしい。

 中には寝台らしきものまで持ち込んでいる者もいる。一体どれだけ本にかじりついていたいのやら。

 

 しかし、じっくりと彼らの様子を観察してみると、読んでいるのは私の作った書物だけではないようだ。

 むしろ私の書物を読んでいる人は少ない方で、誰が作ったのかもわからない本を手にしている魔界人の姿が多い。

 

 はて、どういうことだろうか。

 私は軽く首を捻りながら、ひとまずブックシェルフの深部、書物の貯蔵施設群へと向かうことにした。

 


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