東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

246 / 625


 

 全ての魔法を解除して、私はサリエルを伴って月を離れた。

 そのまま魔界へ直帰しても良かったが、出現位置と魔力の出力が面倒なことになるので、とりあえず熱圏以内には帰らなければならない。

 

 “下弦飛行”によってゆっくりと宇宙空間を進む帰り道。

 私の後ろで、サリエルは終始無言であった。

 

 

 

 月の民、そしてヤゴコロエイリンによって引き起こされた月の大異変。

 結果的に、どうにか地上への被害も少なく解決することができた。もしも私が居た場所が魔界であったならば、もっと被害状況は変わっていただろう。そういった意味では、運が良かったと言える。

 

 結局口約束だけで月の民への処置を据え置いてしまったが、どうせ彼らには他に行く宛ても無いだろう。

 月に引きこもるだけであれば、彼らに逃げ場はない。しばらくは様子を見て、自主的に月の管理を任せるとしよう。

 駄目だったら駄目だったで、別の神族達に任せれば良い。

 それでも駄目ならば、あまり……かなり気は進まないが、私の魔法で管理する。

 

 ……本来なら、私が管理するべきだったのだろう。

 こうなる前に。暦が大きく揺れ動いてしまう前に。

 私の手によって、月を不可侵領域に変えておくべきだったのだ。

 だがそれも、今や遅すぎる後悔。既に月は一勢力の住み着く土地となってしまった。

 

 粗暴かつ妥協もしない魔族相手であったならば、排除するのも楽だった。手っ取り早く殺戮してやればいい。話はそれで終わる。

 だが月にいた相手がよりにもよって神族、それもサリエルの旧知の相手ときたものだ。

 

 頭の魔法的な部分では、その罪を見過ごしてはならぬと憤ってはいるのだが、サリエルの心を思うとどうしても手を下せなかった。

 

 ヤゴコロエイリン。

 サリエルの、おそらく初恋の相手であり……多分、相思相愛の相手だ。

 

 サリエルがやってこなかったならば、月の事後処理はシンプルに終わっていただろう。

 私は相手をヤゴコロとは知らず、ただのエイリンとして罰していたに違いない。

 それはそれで楽ではあるが、サリエルのためを思えばこのどっちつかずな結果の方が善しといったところか。

 

 ……全く。サリエルもよくもまあこう都合の良いタイミングで来てくれたものだ。

 別に余計なお世話とまで言うつもりはないが、魔界に戻ったらどこぞの見慣れないお客様に嫌味のひとつでも言ってやらねばならないだろう。

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえりなさい、ライオネル。あとサリエル」

「……ああ、今戻った」

 

 地球に帰還し、すぐさま魔界へと舞い戻った。出迎えてくれたのは、やはり神綺であった。

 

 サリエルが言うには何人かのお客様と、加えてエレンも魔界にいるという話である。

 彼らに幾つかの報告をしなければならないだろう。

 

「こっちですよー」

「ほいほい」

 

 私は神綺の案内で、すぐに神族達の集まる場所へと瞬間移動することになった。

 

 

 

「おお、ライオネルよ。久しいな」

「やあクベーラ」

 

 瓦礫で埋めつくされた岩の荒野には、そこそこ地位の高そうな神族達が集まっていた。

 

 ちょっと神様っぽい装いにイメチェンした商人神族、クベーラ。

 緊張に顔を強張らせている地獄の使い、コンガラ。

 何故か具合悪そうな顔色で、それでも気さくに手を上げて挨拶してくれる女神、へカーティア・ラピスラズリ。

 そして、やはり私の予想通り、見たこともない姿の神族の男が一人立っている。

 

「やあ」

「どうも、はじめまして。魔界の偉大なる魔法使い、ライオネル・ブラックモア……私の名はエノクと申します」

 

 私が気さくに挨拶すると、男は本を胸の前に抱き、恭しく頭を下げた。

 相変わらずの白々しさである。擬態の完成度は相変わらず高いが、先程まで少々ピリピリしていた私の目は誤魔化せない。

 

「あっ、ライオネル戻ってきたのね。もー、いきなり月まで行っちゃうんだもの、びっくりしたわよ」

「ああ、エレン。置いてきぼりにしてすまないね」

「ほんとよー」

 

 そして、エレン。驚くべきことに、彼女も魔界へとやってきたらしい。

 サリエルに詳しい事を伝えたのは彼女だとは聞いていたが、それにしても気になる事はある。

 

「ところでエレン、あの魔力の少ない中でどうやって魔界への扉を開いたんだい」

 

 本来なら月について、彼ら神族に報告するのが先である。

 しかし私はどうしても、エレンがここにやってきた方法について聞いてみたかった。

 帰り道でずっと考えていたのだが、どうしてもコレといった答えが出なかったのである。

 

「おいライオネルよ、できれば月がどうなったのか、月を……どうしたのかについて聞きたいんだが」

「クベーラ。やめておけ。……いや、月については私から報告しよう。ライオネル、それでいいか?」

 

 どうやらサリエルがかわりに報告してくれるらしい。

 ありがたいことだ。私はプレゼンが苦手なのである。

 

「ああ、それじゃあサリエルに任せるよ。すまないね、ちょっとエレンの使った方法が気になって」

「構わない。だがこっちの詳しい補足は頼むぞ」

「わかってるよ」

 

 どうせ私が説明するよりも、サリエルが説明した方が早いしわかりやすいに決まっている。

 要点としては、最後に交わした月の今後の処遇だけ話しておけば最低限は抑えている。わざわざ私が説明することも少ないはずだ。

 

 それより今は、エレンだ。

 

「えー? 別に、普通に魔界に来たつもりだったんだけど……そんなに気になること?」

「もちろんだとも」

 

 エレンの静電体質に加え、月の魔力の減少。この劣悪な条件下で、エレンがどうやって魔界へとやってこれたのか、それがどうしてもわからない。

 

「魔界への扉を開くには、瞬間的にでも膨大な魔力が必要になる。しかしエレンは大きな魔力の扱いに難があるだろう。一体どうやってのけたのかと思ってね」

「あー、そういうこと。まあ、私もパチパチするのは嫌だったから、結構工夫したのよ……それでも、かなり痛かったけどねー」

 

 後ろではサリエルが説明している。

 それを神綺や他の神々が真剣に、興味深そうに聞いているが、今はそちらの方に集中できない。

 

「やり方は簡単よ。持ってきた触媒を全部使ったの」

「触媒、全部……ああ、なるほど。その手もあったか」

「簡単でしょ?」

「確かに。いや、燃費は最悪だがそれしかないか。納得した」

 

 ヴェスヴィオ山に持ち込んでいた多種多様な魔法触媒を全て用いた、瞬間的な魔力の大爆発。

 その精密な制御には非常に高い技術が必要とされるだろうが、ただ纏め上げるだけであればエレンの腕をもってすれば何も問題にならなかったのだろう。

 低出力の触媒から段階を踏んで連鎖的に触媒を開放し続け、巨大な魔力の激流を創りだす。

 なるほど、いくらか触媒を撒いたり配置したりする準備は必要だっただろうが、なかなか良い手だな。

 最近の私は月や属性の魔力を収奪して押し固めることしか頭になかったから、こういう初歩的な事を見落としがちだ。私も魔法の初歩を復習しておかなければならないだろうか。

 

「……やはり、エレンは凄い魔法使いだな」

「あはは、ライオネルに言われるとなんか変な感じ」

 

 彼女の障害はたったひとつ、静電体質それだけだ。

 まったく、惜しいものである。こればかりは“精密な裁断”を持ってしても難しい問題だ。

 

「……ライオネル」

「うん?」

 

 私がエレンの技術の高さに感心していると、真剣な表情のクベーラが声をかけてきた。

 相変わらずの怖い表情が数割増しに見える。

 

「月の神族達を壊滅させたというのは、本当か?」

「ああ。まぁ無力化した相手が多いから、結構生きてると思うけどね」

「……ふむ、殺した者もいるのか?」

「魂ごと砕いたのなら何人かいる。勝手に死んだのは把握してないな」

「……そうか」

 

 “小法界”や“離岩竜”で死者が出ている可能性もあるが、そこらへんは私の知ったことではない。

 仕出かした事の規模を考えれば、あのくらいのお灸は据えて当然のものである。

 

「ふーん……じゃあ、月はもう元通りになったと考えていいのかしら」

 

 指の先で月のミニチュアを回転させながら、へカーティアが訊ねた。

 

「まぁ、完全ではないのだが」

 

 私は魔力干渉によって月のミニチュアを微妙に軌道修正する。

 ヘカーティアは突然ミニチュアに干渉されたことに驚いたのか、肩をびくりと震わせた。

 

「多少の位置と月面がずれている事以外には、大きな変化はないはずだよ」

「……そう。ありがとうございます。あなたのおかげで月に乗り込む手間が省けました」

 

 ヘカーティアは月のミニチュアを手の中に収めると、私に向かってペコリと頭を下げた。

 こうしてお礼を言われると、ちょっと良い事をした気分である。

 実際良い事をしたのだが、私の行った事を認めてくれる者がいるということに強く安心できるのだ。

 

「サリエル殿からお聞きしましたが、月には千年間手を出さないと?」

「ああ、私の一存でそういうことになった」

「……ふむ」

 

 コンガラは顎に手を添え、考えこんだ。

 彼ら地獄の勢力は、月に対して何か独自の考えでもあったのだろうか。

 

「月の人々にも言ってあるけど、月は決して動かさないようにお願いするよ。動かしたら私、本当に怒るから」

 

 しかし今このタイミングで月の連中に報復だとかをされても話や対応がこじれるだけだ。できれば。これ以上の茶々は入れないでいただきたい。

 そのつもりで軽く言ったのだが、私の言葉は案外重かったのか、コンガラは恐ろしいものを見るような目を私に向けていた。

 

 ……いや、別に脅したわけじゃないから。

 事前に“これはやめておいてね”って通達を出してるだけだから。

 

「……サリエルから聞いているとは思うけど、月の管理は引き続き月の彼らに任せることにした。千年ほどの経過を見て、もしも月の守護者として不足があるようならば、別を考えるつもりだよ」

 

 月の都の神々が適任だと思っているわけではないが、投げっぱなしに出来るならばそれが一番楽である。

 その点ではここにいる神族達だけでも、話を通しておくのも悪くはないだろう。

 

「承知しました。月はしばらく静観……そのようにお伝えしておきましょう」

「頼むよ、エノクさん」

 

 お伝えしておきましょうも何もどうせあんた自身がトップなんでしょうが。

 

 ……まぁ、大きな勢力が認識を共有してくれるのは嬉しいことではあるけども。

 

「……ところで、サリエル」

「あ、ああ。なんだライオネル」

「サリエルは大急ぎで月にやってきたけれども……月にヤゴコロエイリンがいるというのは、彼らから聞いたのかな?」

「うむ……そちらの、エノクが教えてくれたのだ。かなり昔に高天原が月に移っていたとな。だからこそああまで急いだのだが」

 

 ほーらやっぱり。

 

「なるほど。エノク、わざわざサリエルに教えてくれてありがとう」

「いえいえ」

「ただ、やっぱり私は心配性が過ぎるように思うよ」

「何のお話でしょうか……?」

 

 はいはい。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。