最大の収穫を発見した。
「おおっ」
虫だ。
いや、虫と一口に言っていいものかはわからない。
当然ながら、今こうして苔の上を這うそいつは私の見知らぬ存在であるため、そう呼称して良いものかは定かでないのだが……。
それは私の知識の上では、ムカデに相当する姿を持っていた。
「陸上生物!」
これが私の、記念すべき最初の陸上生物との遭遇である。
欲しいのは魔界の住人なので、虫系統の生物が何らかの研究の助けになるとは思えないが、記念すべき初めての生物らしい生物だ。
ウツボっぽい魚やサメっぽい魚もそこそこ材料にはなるかもしれないが、やはり住人としては陸上の環境に対応できる生き物を採用したいところである。
今のままだと哺乳類が現れるまでは相当な時間がかかりそうなので、今では虫けら程度でも嬉しいものだ。
乾燥していた大地に、菌や苔、そしてシダ植物が繁栄することによって、緑と湿気がもたらされた。
やがてそのサイクルが続けば、陸にも海と同じように養分が蓄積し、様々な生物の地上進出を促すようになるだろう。
いつの間にやら巨大な山脈も形成されている。雲がそれにぶつかることで雨が降り、川が流れ、そこにもまた、様々な生き物が住み着くはずだ。
生物進化の躍進は、これからも加速し続ける。
「……研究、間に合うかな?」
調査する者は、私一人。
確かに不老不死ではあるんだけど、我が身一つで多種多様な生物群を調査しきれるのか、かなり不安になってきた。
調査する後から後から、追加で生物が生まれてくるのではないか。そんな懸念も出てきてしまう。
生物ひとつに限っても、部位一つ一つを対象とした総当り的な触媒の実験を行い、人工的な進化を促せるか調べなければならないし、そこまでするなら片手間で属性の調査を行う必要も出てくる。
陸上植物が現れたとはいえ、黎明期の今ではそれを燃料に火属性の触媒実験を行うなど、生物進化の観点から見て、非効率極まりない。私の手で生物の進化を遅らせることだけは、なんとしても避けなくては。
「時間がかかりそうだ」
やることは多い。
月も星も出ているし、魔術の研究にも意識を向けなければならないだろう。
それでも、久々に充実しそうな地球生活の予感に、私は内心で微笑まずにはいられなかった。
いつも通り、触媒の保管は海洋生物由来の袋の中。
純金の道具類は全てパイライトに変化し朽ち果ててしまったので、一から岩を削って作り直しだ。
掘削用の土魔術、“精密な劈開”を使うことで以前よりも格段に加工は楽になったけど、それでも石製は石製。寿命が短いのは、相変わらずどうしようもない事だった。
ならば植物を燃やして鉄鉱石や銅から金属を取り出せば良いじゃないか、と思われるかもしれないが、まだまだ火を扱うには難しい。水を沸騰させる程度の熱を保つのがせいぜいで、金属を熔かすまでのものにはなかなか至らない。
火属性魔術の触媒となる硫黄化合物も数は限られるし、持続性のある火魔術“呪いの火”も、研究不足故にまだまだ完全とは言い難い。
私の研究は総当りだ。こうして掻い摘んでダイジェストにまとめてはいるが、実際には人間の命では捉えきれないほどの長い時間を以って、長い研究に没頭している。
自作の工房を構え、自作の道具類に囲まれ、日がな観察と研究と実践を繰り返すのだ。
月の浮き沈みと、星の運行と、生命の脈動を見守りながら、私はここで日々を繰り返す。
私の居場所は、ここではない。
けど、これもまた一つの平穏だ。
いつか私にも、ずっと安心して居続けられる場所ができると良いな。
そんな事を思いながら、私は石鍋の中をかき混ぜるのであった。