「ふざけているのか」
素早く一回転し、周囲の神族を尾で弾き飛ばした“離岩竜”。
だがその一撃を見舞ったすぐ後に、巨大蛇は全身をボロボロと崩壊させ始めた。
胴体に突き刺さっているのは、光り輝く無数の槍と剣。
神族特製の武器が、たった一度の反撃によって巨大な岩蛇を破壊してみせたのである。
砕け散った岩蛇の亡骸をぼんやりと見上げる私のすぐ目の前には、黄金に煌めく十拳剣を振り上げる武御雷が迫っていた。
「“離岩竜”は私から邪魔を遠ざけるためのゴーレムだ」
「……!」
今にも“隔壁”の距離にまで剣を振り下ろそうとしていた武御雷に、突如魔力を帯びた岩の礫が襲いかかる。
私の足元の水面から突風のように吹き付けられるそれは、一つ一つの飛礫が弾丸以上の威力を秘めたものだ。
「ほう……!」
無数に飛来するそれを、武御雷は一本の剣で打ち払ってゆく。
しかし岩自体の勢いが無に帰るわけでもない。武御雷は完全に防御してみせるが、その身体は瞬く間に後退を始めた。
「なんと、ただの岩ではないな!」
「妖力を込めたつぶてか」
石礫が吹き付けるのは武御雷ばかりではない。
私の足元からはじき出されるようにして飛び散る石は、私を取り囲まんと近づいた神族全てを対象にして放たれている。
「私に近づけば近づくほど、ゴーレムは手段を選ばなくなる。そして壊されれば壊されるほど、外敵のパターンを学習して強くなってゆく」
距離を取った神族達を見計らって、砕け散った蛇がその姿を元通りに再生してゆく。
今度の姿は、蛇の骨だけだったものに多少の骨格を追加した、更に頑強な姿である。
「決定付けられた激闘の末、僅差で魔法に敗れるが良い」
土魔法“離岩竜”。
二対の複雑な呪いによって駆動し、復活・再構築し続けるワーム型の大型ゴーレム。
邪魔を適当に払いつつ、腕の立つものを退けるには充分な魔法だ。
「おのれ! お前が直接かかってこないかッ!」
「“離岩竜”を破壊できたなら闘ってあげよう」
今の“離岩竜”は“頑強と復元の蛇”の形態を取っている。
再び神族達が私への接近を試みるが、先ほどよりも一回り以上防御能力を向上させたゴーレムは、一撃のもとには破壊されない。
私は彼らが手こずっているうちに悠々と移動を再開し、月の都へと近づいていった。
遠くから怒号と罵声が聞こえてくる。
“離岩竜”が六回ほど破壊され、形態は“不壊と結界と理論上の蛇”にまで発展した。
さすがは神話の軍神と言うべきか、壊し方がハイレベルかつ派手なので、強化のされ方も何段か飛ばしながらである。
しかしあの中で最も腕の立つ武御雷が率先して破壊を続けていたために、他の神族はまともに“離岩竜”と戦えなくなっているようだ。
今やゴーレムは武御雷との一騎打ちの様相を呈しており、そして武御雷の方もそろそろ、何段も強化されたゴーレムを相手に打つ手が無くなっている様子。
移動が結界に阻まれ、威力の弱い斬撃は刃が通らず、蛇から放たれる多様な魔法によって手痛い反撃を受け続ける。
もしかしたらあと何度かは破壊できるかもしれないが、武御雷が私とは真逆の月面で弾き飛ばされ続けるのも、そう遠い話ではないだろう。
「さて……」
露払いは済んだ。
私の近くにはもう神族の姿はなく、目の前には月の都へ続く結界が張られているだけ。
「……」
結界の向こう側では、無数の神族が弓を番え、最大まで引き絞った状態のままこちらを待ち構えていた。
向こうはある程度、私の位置を把握できているのだろう。矢の向かう先は正確に私を指しているようだったし、込められた能力も非常に大きいものであるように窺える。
私が結界の向こう側を認識できる魔法を使えるとわかっているのだろうか。わかっていないのだろう。神族とはそういうものだった。
ここを突破した瞬間に、私は集中攻撃を受けるだろう。
それを馬鹿正直に突破してやるのも良かったが、何度も同じような闘い方で魔法の多様性を披露できなくなるのも考えものであった。
魔法はただ強く叩きつけるだけが能ではない。“霧箱”や“平定の魔像”はそれだけで相手を萎縮させるほどの威力と威容を備えるが、振るう力は圧倒的な暴力でしかない。
魔法を解さない者にとって、魔法は未知なるものである。
魔法が及ぼす恐怖は圧倒的な力だけではない。その不可解さもまた、とても強い恐怖なのだ。
「“異形の煙”」
血の書を開き、私の周囲で薄れていた黒煙を再展開。
立ち込める暗黒の靄が広がり、その一端が月の都の結界に触れる。
同時に、“異形の煙”が効果を発揮する。
“異形の煙”は、触れた術を解析し、組み替え、私のものとして再発動させることが可能だ。
ある程度元の魔法の影響を受けた上で術を組み上げるが、自前の魔力をほとんど使わずに大きな術を行使できるこの魔法は、相手が魔法使いであればとても便利な代物だ。
「慌てても遅い」
結界の向こう側では、歪んでゆく結界を前にして神族達が慌てているようだった。
中には矢を放つものや、能力らしきものをこちらに投げつける者もいたのだが、結界は歪んでいるとはいえまだまだ継続中。攻撃がこちらへ届くことはない。
自らが仕組んだ防御機構のために手出しが出来ず、結界が持つ大きな力を利用され、大きな反撃を受ける。
彼らの状況を端的に言うならば、セキュリティもないスーパーコンピューターを私に投げ出しているようなものだった。
「“小法界”」
豊富な魔力と結界の性質。
無駄に多い隔壁層を強固に再構築し、認識系を撤廃。容量を180分の1に狭めた上で加圧する。
隠されていた結界の表面が虹色の幾何学模様に煌めき、姿を露わにする。
それは一時的な“法界”の再現。
月の都の結界は小さな“法界”へと変貌し、内部に存在する全ての生命を事実上“封印”した。
内部の神族は結界が放つ凄まじい圧力と、結界の外に出られない恐怖に怯えていることだろう。
自らを守るための結界が、逆に自らを封じる檻と化したなど、早々信じられるものではあるまい。
「さて……“通路”」
氷の杖を差し向け、法界の壁面に魔法的な穴を開ける。
トンネルはまっすぐ私の目的地まで貫通し、法界の中に都合の良い通路を形成した。
その際にいくつかの神族を法界から出すことになってしまうが、まぁ誤差のようなものだろう。
「ふん……」
穴を開けたことによって鮮明になった月の都の内部は、どこか中華的であった。
日本の神だと聞いていたが、これではまるで中国神話みたいである。
先程は武御雷という神と出会ったが、まさか武御雷とは、もともとは中国の神様だったのだろうか……。
「まあ、どうでもいいがね」
どちらにせよ関係ないことだ。
首謀者が大和の神だろうがギリシャの神だろうが、見つけ次第適当に“裁断”してやろう。
「止まりなさい」
ある程度法界に穿たれた通路を進むと、私の進行方向に女神が立ちはだかった。
平安貴族のような真っ白な衣に、大きな弓。艷やかな長い黒髪。
背中にはこれまた大きな矢筒を背負い、大量の矢を爪楊枝のように詰め込んでいる。
法界に穴を開けたのだ。多少、そこから漏れが出ることは承知の上である。
「止めたければ、止めると良い」
当然、私の足が止まることはない。
矢を向けられたからなんだというのか。
「射ちますよ」
二度目の警告は、無言で無視する。
私の歩みは止まらず、徐々に女神との距離が縮まってゆく。
「残念です」
女神が心底残念そうにそう言って……矢が放たれた。
「ほう」
その時、咄嗟に発動した魔法は“放浪”だ。
どうやらあの矢に時を司る力が込められていたらしく、ほとんど光と変わらぬ速度で私に放たれたようだったのだ。
矢は形を崩した、ほとんど光の塊のような状態で“異形の煙”に触れ、空中で静止している。
“放浪”発動中はほとんど停止した時の中を動くことができるため、このように見えるのだ。
「やはりサリエルと似た能力は、探せば他にも存在するということか」
矢に込められた能力は非常に限定的とはいえ、光に纏わるものだろう。ある意味では星界の書に分類されるべき力かもしれない。
本来ならば“旭日砲”などに変換されるべき類の術であるが、実体を持つ矢が一緒にやってきたために術の組み換えが“放浪”を選択した……といったところだろう。
「見事だが……“掌握”」
宙に止まった矢を掴み、運動エネルギーを握り潰す。
同時に“放浪”を解除して、私は顎をケタケタと鳴らした。
「なっ……!?」
光の速さで放った矢を片手で掴み、不気味に笑う骸骨。
その姿はさぞ、彼女の目に恐ろしく映ることであろう。
「馬鹿なっ」
第二射が来る。今度は二本同時に番えるようだ。
もう一度瞬時に掴むような芸を見せても良いが、同じマジックはかえって相手を飽きさせるだけである。
「“逃れ得ぬ宵闇”」
「あっ……」
それに、私を対象とせずに時間系の術を使われるのも面倒だ。
この手の相手はさっさと意識をそぎ落とし、魔力を没収してしまうのが一番である。
「だめ……」
私のかざした手が妖しく輝き、目にした女神の魔力を削る。
自身の能力によって抵抗を試みているようだが、逃れ得ぬ力を込めた魔法はそう簡単には解除も解呪もできない。
対象をはっきりと見定めなければならない弓矢を扱っていたのが一番の敗因だろう。
そうして私に集中した分だけ、この魔法から逃れるのは困難になるのだ。
「逃げ……」
数秒間抵抗された後、女神は力尽きてその場に倒れた。
同時に豊富な魔力が私の周囲に還元され、風を含みながら渦を巻く。
「……高位の神族だったな」
彼女がもう少し術に対する知識を持っていたら、苦戦することはないだろうが、長めの闘いにはなっていたかもしれない。
「さて……」
だが障害は去った。
次に現れる障害を退けるだけの力も奪い取った。
「月の異変を正すとしよう」
トンネルの先にそびえる、一棟の中華風建築。
月の都の結界のほとんど外側に存在するこれが、私がまず一番に見定めた“本拠地”である。
“血眼”によって確認できた月を司るであろう神族は二人。
そしてそのうち、霊魂に凄まじい稼働率と歪さが見られた魂が、この中に存在するのだ。
もちろん、移動してなければの話であるが……。
「……ああ」
月。
魔法使いにとって、決して無関係ではいられない母なる天体、月。
私が魔法に覚醒めたきっかけであり、途方も無い先にある未来を、魔法とともに寄り添っていこうと思わせてくれた……希望の星だ。
月。月。
……月!!
よくも月を! 魔法使いの月を!
「……“監査”!」
血の書初級魔法を発動。
それと共に建築物の外壁が全壊し、内部の全てが顕になった。
見せてもらおうか。
地上を踏み躙った邪法の全貌を。