「自らモニターを壊したか」
私に届く視線が失せ、次々にその他の媒体や能力による監視も消えた。
先ほど放った“贈呈”に恐れを成したのだろう。
まぁ、画面越しだと魔法も制限があるし、どうでもいいことだ。
どの道、画面越しで終わらせるつもりなどないのだから。
「月に手を出すとは、なかなか肝の据わった連中だ」
月の運行を阻害した。
月の魔力を絞り、地上に注ぐ魔力を大幅に奪った。
この状況が長く続けば、地上からは魔に類する者が次々に弱体化し、あらゆる術という術が衰退するだろう。
世界に満ちる神秘は薄れ、科学の力が全てとなる。
……それは私が危惧する中で最も恐ろしい世界。
神秘と魔法が否定され、0と1とその延長が認められるだけの、とても退屈な世界だ。
私はその世界を全否定するわけではない。
だがその世界を肯定するために、今まで私が培ってきた魔法を否定するわけにはいかないのだ。
少なくとも、今はまだ。
「……思い知らせてやる。魔法に楯突くことがどういうことかを」
私の足元に横たわるのは、二人の女神。
“逃れ得ぬ裁断”によって魂を引き裂かれたこの二人は、もはや先ほどまで私に立ちはだかっていた者とは全く別の存在だ。
彼女らはもう、私のことはおろか、この月面にある都市のことさえ覚えてはいない。
彼女らは一度、確実に“死に”、新たな生命として生まれ変わったのだ。
「同じ女神を殺すのでも、ここまで心持ちが違うとは」
私が最初に殺めた女神を思い出し、風の出ないため息を吐く。
あの時の失敗は今でも覚えているし、私が教訓として今なお胸に刻み込んでいる出来事でもあるが、先ほど行った“逃れ得ぬ裁断”に対する後悔はない。
この分だと、月の都とやらを陥落させても後ろめたさが湧いてこないのかもしれぬ。
まぁ、それはそれで構わないのだが。
「……さて。“血眼”で確認したのはあっちだったな」
砂漠のような月面を踏みしめて、遠方を見据える。
そこに目に映るような建造物や構造物は存在しないが、大方結界か何かによって偽装されているのだろう。
“血眼”で解除されなかったところを見るに、ただ認識を曲げるだけの簡単な魔法を使っているのかもしれない。適当な手順を踏んで突入するか、私の魔法で強引に突破すればいいだけの話だ。
当然ながら、時間も惜しいので強引な突破をさせてもらうがね。
「ん?」
しばらくのんびりと、しかし確実に歩みを進めていると、私の正面に火花が散った。
血の書初等防御系魔法“火花の加護”。“火花の守り”の上位に位置するであろう、表面積の小さな攻撃に対して防御を発揮する便利な魔法だ。
「遠くからちまちまと狙撃か。芸の無い」
遠方からは何らかの弾による狙撃が行われているらしい。
先程から私の周囲で火花が散り、その度に煩わしい輝きが破裂し、辺りに振りまかれている。
おそらくは光学系の弾丸であろう。実弾ではないエネルギー系の弾による連続狙撃だ。
火花の強さから威力や精密さを推測するに、月の都の神族はなかなかの科学技術を持っているらしい。
私としては術や魔法を使ってくる相手との戦いの方が楽で良いのだが……こういった力任せの戦闘というものも悪くはない。
能力を使え。
腕力で歯向かえ。
私はその全てを魔法で受け止め、かわし、いなし、そして叩き潰してやる。
二度と魔法使いを冒涜できないよう、貴様らの魂に恐怖を刻みつけてやろうではないか。
「来たれ、“血の書”。そして“涙の書”」
膨大な破壊と無力化を記した朱き血の書。
あらゆる無慈悲と残虐を記した蒼き涙の書。
現れた赤と青の二冊は左手側に浮き、私の望むページを開きながら待機状態へと移行する。
書物が無くとも魔法の発動は容易だが、この二冊が手元にあればそれぞれの魔法を同時に、かつスムーズに発動することが可能となる。
実際のところ本など無くてもどうにでもなるが、これは気分だ。
憂さ晴らし。怒りの発散。
そして全ての魔法使いの未来のために。
私はあらゆる術を以って、未だ見ぬ月の都と闘うのだ。
「“孤独の水面”」
血の書による新たな防御魔法を発動。
私の周囲に飛び交う火花が消え、かわりにエネルギー弾は空中に波紋を残しつつ消えてゆく。
まるで私の周囲だけが水面となり、攻撃がそこへ沈んでゆくような光景。
しかし“孤独の水面”はそれだけに終わるものではない。
「その手の攻撃は魔法使いには効かんよ」
私を襲ってきたエネルギー弾が再び水面から突き出し、飛び込んできた入射角をなぞるようにして反射する。
この防御魔法は異空間を取り入れた空間接続系の防御魔法だ。
やってきた低質量の攻撃は全て同じ波紋を通り、全く同じ角度によって跳ね返される。
実弾であれば重力に従い落ちてゆくので、完全に同じ位置へ跳ね返すことは難しいだろう。
しかし重力の影響をあまり受けない光学系の弾丸であれば、反射した際の着弾位置はほとんど発射時と同じだ。
「……ふん、止んだか」
光弾の狙撃が二十発ほど続けられ、それを私が反射し続けていると、ある時を境にパタリと射撃が収まった。
相手が反射を危険と判断したのか、それとも防御されている以上は無駄だと判断したのか……まぁ、どちらでも構わない。
相手の手段を一つ折ってやったのであれば上出来だ。
せいぜい他の手を打ってくると良い。
それも同じようにしてへし折り、あらゆる策を魔法で破壊してやる。
科学の魔法には限界があることを教えてやろう。
「そこのっ……止まれッ!」
私が月を歩いていると、白い丘陵地帯の陰から一斉に人影が飛び出してきた。
頭頂部から長い耳を生やした、ウサギ人間たち。
月の都などというものが存在するよりも以前からこの月で生きていた、懐かしの獣人だ。
「ほう……そうか。狙撃してきたのはお前たちか」
ウサギ娘たちは皆ブレザーのような服を着ており、その手にはアサルトライフルのような物が構えられている。
表情は皆どれも張り詰めたような、恐れるような強張ったものばかり。
少なくとも一斉射撃で私を仕留められると考えているようなウサギは、そこにはいなかった。
私は律儀に立ち止まり、彼女たちを観察する。
彼女らは銃を構えてはいるが、そのうちの何挺かは銃口部分から破損し、使い物にならないように見えた。
私が発動した“孤独の水面”の反射によって壊れたのだろう。それでもとりあえず得物を構える辺り、彼女たちがこの威嚇に込める必死さが伝わってくる。
「これ以上進めば……あなたを蜂の巣にする!」
「へえ」
銃を持つ手は震えているが、銃口は私に向けられたままあまり動いていない。
どうやらあの銃は、ある程度の照準に補正をかけてくれる優れ物らしい。
「この光学銃は、少しくらいなら弾の軌道を曲げて撃つこともできるのよ! さっきみたいな、跳ね返してくるような術なんて……!」
「ハッ」
「な……なによ……」
そのままそっくり跳ね返せないから何だというのか。
私の身の回りにある魔力が枯渇したわけでもないし、天上に星は煌めいている。
相手が使った弾を跳ね返すよりもずっと凶器になるものがそこら中を漂っているというのに、随分とまぁ無邪気なことだ。
「いや、別に……何でもない」
「だ、だったら……!」
「君たちには用はない。私の相手はここの支配者、神族だけだ」
「……! 総員、射撃――」
「“宵闇”」
ウサギたちが攻撃へと移るその前に、私は軽く右手を掲げ、青白い輝きを開放する。
血の書初級制圧魔法“宵闇”。
「ぁ――」
「うぁ……」
「な、に……」
その輝きを眼にした者は、ただちに昏倒する。
「そして魔力が私の手元にやってくる」
霊魂的に屈強でない生物はこの魔法を見ただけで即座に意識を失い、眠りに落ちる。
そして身にまとっていた術や魔力は全て破壊され、私が扱うための最適な形となって還元されるのだ。
神族相手には少々効きが悪い魔法だが、彼女らを相手にする分には丁度いい。
「眠っているが良い。その間に全てが終わる」
私は砂地に倒れ伏したウサギたちの前線を堂々と横切り、ひとつ目の丘陵を超えた。