東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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昨日は二話投稿されている。




 月の都を襲撃し続ける純狐は、ついに緩衝防衛機構をも突破した。

 

 威力を分散するタイプの防御機構はあまりにも受け身過ぎたということだろう。

 純狐が持つ異能をもってすれば、装置の防御能力を貫くことなど容易だったのである。

 それこそ、数年かけて対処するまでもなく。

 

「ああ、ヤゴコロ様、どうすれば……」

「ヤゴコロ様、綿月の方々が自ら赴かれると……!」

 

 さて、そうなると考えなくてはならないのが次の手だ。

 私の予想では、純狐が防衛機構を突破するにはあと十五年はかかるものと見立てていたのだが……。

 

「なるほど。かの魔族はそれほどの力を持っていたということですか」

「ヤゴコロ様! 何を悠長な……!」

 

 これは素直な賛辞だ。

 地上の魔族達はゆっくりと時間をかけて弱体化していくものと思っていたのに、純狐の力は弱まるところを知らず、むしろどんどん強く、鋭利に尖ってゆく。

 敵なれど、その優秀さでいえば私の目の前にいる役立たずの彼らを遥かに上回っていると言えるだろう。

 全く。相手に敵意さえ無ければ、ここにいる一人と交換したいくらいだというのに……。

 

「慌てる必要はありません。綿月を動かす必要もないでしょう。防衛機構を突破されたとはいえ、月の都を覆う結界が突破されたわけではありません。しばらくは彼女も、幻の都を懸命に攻撃し続けてくれることでしょう」

「それは……そうですが」

「問題はその後、彼女が結界に気付いた後となります」

 

 私が考えなければならないのはそこだ。

 目の前の彼らが私に求めているものもそれだろう。

 

 純狐が月の都の結界に気付き、月面へ直接乗り込んでくる前に対策を打たなければならない。

 

 結界や機構を使わずとも、純狐をいなす方法はいくらでもある。

 しかし、純狐の能力は非常に厄介だ。思わぬ失態が即座に我々月の民の死を招くこともあるだろう。

 なので、可能な限り私の教え子たちを動員したくはない。

 かといって、呑気で臆病な兎たちに役目が務まるとも思えないし……。

 

 さて、今回はどういった手を打とうかしら。

 

「騒々しいわね」

 

 考えていると、奥の襖から輝夜が現れた。

 来客中には滅多に顔を出さないのに、珍しいことである。

 

「! 姫様!」

「姫様、ご機嫌麗しゅう……!」

「ええ。……エイリン、何事?」

「純狐ですよ、姫」

「ああ……」

 

 来客中の姫は表情をほとんど崩さないが、私にはわかる。

 彼女は“またか”とでも言いたげな、呆れた顔を浮かべていた。

 

「エイリン。純狐は何度も月を襲い、貴女はその度に見事に退け続けているわね。けど、その都度対処していたのでは彼らの心もなかなか安らがないのではなくて?」

 

 彼ら、などという言葉を使ってはいるが、要は彼女自身が鬱陶しいと思っているのだろう。

 姫様は私に、“いい加減しつこいから二度と襲ってこないようにしちゃってよ”と言っているのだ。

 

 長い付き合いである。こんなわがままも聞き慣れたものだし叶え慣れたものではある。

 しかし、今回ばかりは少々難題だ。

 

 何せ相手は、死んでも殺しきれない神霊のような生物だ。

 いくら肉体を破壊しても魂は一切欠けることも劣化することもなく、逆に相手の攻撃を少しでも受けてしまえば、後に待つのは確実な“死”だ。

 彼女の能力は月の都の神々ですら殺し得る力を持っている。容易に手は出せないし、その手段は最初から限られている。

 

 一度撃退して先延ばしにするだけならば方法はあるけれど、恒久的にとはなかなか難しい問題だ。

 確かに彼らにとっては煩わしい襲撃だろうが、その都度撃退を続けていても良いのではないか。

 無理に根本的な解決を図る意義もないのではないかと、私は思ってしまう。

 

 が、しかし。

 

「エイリン、もしかして貴女でもできないことなの?」

 

 私は輝夜から意外そうな顔でそう言われると、何故か……意義や効率を排してでも、彼女のわがままを叶えたくなってしまうのだ。

 

 ……これって、負けず嫌いということなのかしらね。

 

「まさか。とんでもございません」

「なんだ、やっぱりできるんじゃないの」

「おお、なんと……!」

「流石は月の賢者……!」

 

 ああ、全く。外野がうるさいわ。

 別に私は貴方達の要請を聞き入れて対策を講じるわけではない。

 あくまでも、輝夜のお願いを叶えるために頭を働かせるのである。

 

 ……しかし、恒久的に純狐の襲撃を遮断する方策か。

 見栄を張って安請け合いしたものの、これが難しい問題であることに変わりはない。

 

 そうね……純狐……地球からの魔族……。

 

 ……うん。

 前々から考えてはいたけれど、“あれ”を使えば後顧の憂いを全て断ち切ることができるわね。

 

 使うのは、万策尽きてからになると思っていたけれど……時期が来たのだ。

 純狐との知恵比べが終わってしまうのは少し残念だが、姫様の意向であれば仕方あるまい。

 

「では、これより月の運行と周期を大きく変更することとします。これによって地球の監視が容易になり、地球側からのあらゆる問題を即座に対処することが可能となるでしょう」

「なっ……ヤゴコロ様、そのようなことが?」

「月の動きを変えると仰るのですか!? それは、さすがに……月夜見様の力をもってしても難しいのでは……?」

 

 確かに、月を司る力を持っているとはいえ、月自体の動きを変えることはかなり難しい。

 それは月夜見でも、他の月を司る力を持った神々にとっても現実的ではないことだ。

 

 しかし、それは可能なのである。

 

「月が自発する魔力を利用すれば可能です。月を操る能力に加えて、莫大な魔力。この二つを合わせれば決して難しいことではないでしょう。これによって月から地球へ流れる魔力も大幅に減少し、地上の穢れは弱体化します」

「おお……同時に地球の穢れの首を締めると……!」

「なんと、これは……!」

 

 月の動きを変え、地球の監視を強化する。

 同時に月から外へと溢れ出る魔力を消費することで、地球に生きる穢れの活力源を搾取する。

 

 直接こちらから攻撃する必要などない。

 相手の力の源を削り、守りを盤石にするだけで充分なのだ。

 

「へえ……じゃあ、エイリンに任せて大丈夫なのね?」

「ええ。もちろんですよ、姫様」

 

 輝夜は……わかっているんだかわかっていないんだか、なんともいえない顔をしている。

 でも、なんとなく私の策は信用してくれているようだ。

 彼女はそれでいい。彼女がわがままを言い、私が粛々と解決する。それだけで何も問題はないのだ。

 

 この一手を選択するだけで、月の都は地球に対する強固な要塞へと変貌するだろう。

 これは純狐だけではなく、地上に潜むあらゆる穢れを同時に牽制できるので、しばらくは月の都も安泰のはずだ。

 

「しかし、ヤゴコロ様、お言葉ですが……」

「何でしょう」

 

 策は完璧だ。

 しかし、そこにいる男は何か抜けでもあったかのように、申し訳無さそうな表情で訊ねてくる。

 

 が、質問の内容は凡そ想像がつく。

 

「……月の莫大な魔力を使い、月を操る……確かにできるかもしれませんが……その方法は、月夜見様に常に負担を強いる事となってしまうのでは……」

「ふ」

 

 ほら、やっぱりね。

 まぁ、普通はそう思うのでしょうけど。

 

「大丈夫です。確かに多くの魔力を常に使い続けるため、身体に負担のかかる術ではありますが……」

「で、では……」

「それでも、月夜見に負担がかかることは一切ありません」

「それは一体……?」

 

 この策は、常に多くの魔力を使って月の起動を修正し続けるという強引なものだ。

 当然、これは月を司る術者に負担を強いるだろう。

 しかしそのようなことは百も承知。それでも懐が傷まない方法を、私は知っている。

 

「月を動かす術を扱うのは、月夜見ではありません。術を使うのは……嫦娥。月夜見と同じ月を司る力を持った彼女にやってもらえば良いのですよ」

「……!」

 

 身体に負担がかかる?

 

 さあ。私は全く構わない。

 

 傷つくのは、全て嫦娥だ。

 強制的に嫦娥の能力を発動させ、月の制御をすればいい。

 

 どうせアレは死なないのだ。

 死なないのであれば、ずっと働いてもらえばいいでしょう。

 幽閉されているだけの今よりもずっと過酷な状態で、永遠にね。

 

「……ねえエイリン。その、月の魔力を弱めるのって……大丈夫なの?」

 

 輝夜がどこか心配そうな顔で私を見つめている。

 もしかして、彼女はまだ私を疑っているのだろうか。ここまで内容を披露すれば、満足してもらえると思ったのだけれど。

 

「ええ、大丈夫ですよ。何も問題はありません。月から外に向かう魔力が減少したところで、月を司る月夜見が弱体化するわけでもありませんからね」

「……」

 

 少し輝夜には難しかっただっただろうか。

 しかし、この方法を使えば間違いないことは、後々になってわかることだ。その時は輝夜も納得してくれるだろう。

 

 

 

 

 どうせ、もう地上には何もない。

 地上にあるのは穢ればかりで、大陸も大八島も、全ては過去の遺物となったのだ。

 

 月の変化が及ぼすその他雑多な影響など、もはや月が関知する必要はない。

 そもそも私は、サリエル様の居ない地球がどうなろうと、最初から知ったことではない。

 

「輝夜、安心してください。すぐに月の平和をご覧にいれますからね」

「……ええ」

 

 私に残されたのは彼女だけだ。

 輝夜の平穏さえ守れれば、私はそれだけで構わない。

 

 


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