東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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今日二回目の投稿




 洞窟に充満する金属性。

 分裂と破壊を繰り返すシンプルなこの魔術を使えば、奥深くに潜む硫黄系にも干渉できるだろう。

 もしも妖魔が硫黄を食べることで命を永らえる類の生き物であるならば、この一発で殺めてしまう可能性だってある。

 だが、殺せたら殺せたでラッキーだ。妖魔には悪いが、エレンにあげる100点満点のために死んでもらうしかない。

 

 エレンが“重い雨”……いや、“メタルファティーグ”を放ってから十秒ほど経過した。

 

「あら……なんだか、地響きが?」

「そのようだ」

 

 すると洞窟の向こうから、やたらと重量感のある足音が聞こえてきた。

 どうやら中に潜む妖魔をおびき寄せることには成功したらしい。エレンの魔法は成功したのである。

 

 ……しかし、どうもこちらに近づいてくる気配は……かなり大きいもののように感じられる。

 これが足音だとしたら、現れるのは巨人になってしまうのではないか。

 

「だ、大丈夫かしら……一応、触媒を2つ構えてるけど……」

 

 エレンは両手に触媒を持ち、洞窟から現れるであろう妖魔を待ち構えている。

 手にしているのは先ほどと同じ金属系の触媒と、鎮火と物量攻撃に秀でた水系の触媒だ。この2つの選択もなかなか良しである。

 

 が、迫り来る気配はその2つの触媒を使っても対処できるかどうかはわからない。

 

 私自身、現れてくるのはどうせ小さな子鬼くらいのものだろうと高を括っていただけに、この地鳴りは予想外であった。

 

 だがこれまでのエレンの様子ならば、きっと大丈夫だろう。

 多少強いくらいの巨大な化物が現れたところで、エレンの力量であれば神族や魔族が相手でも決して引けは取らないはずだ。

 

「大丈夫。エレンなら戦えるよ」

「えー……本当? 今はホントのこと言っても良いわよ?」

「本当だとも。貴女なら何が出ても戦えるさ」

 

 次第に大きくなってゆく地鳴り。

 鳴り響くごとに空想の中でどんどん膨らんでゆく、敵の強大さ。

 

 エレンは一度だけ息を呑んだが、私の言葉に一度だけ大きく頷いてみせた。

 

 

 

 そして、洞窟から怪物が現れる。

 煤けた硫黄の煙幕を突き破り現れたそいつは、まずは長い首を大きく真上に掲げ、煙混じりの咳を吐いた。

 

 デカい。目算で体高は5m……翼や尾を入れればその数倍は……ん?

 

「ライオネル、いくわよーっ!」

「あっあっ、ちょっと待った」

「えっ!?」

 

 白い鱗を身に纏った巨大な化物が、金切り音にも似た甲高い咆哮を響かせる。

 

 うむ、間違いない。

 

 こいつドラゴンだわ。

 

「エレン、私の後ろに」

「えっえっ、私は!?」

「触媒を持って待機、絶対に前に出ないように」

「どうし――」

 

 巨大な白竜が私を見据えると同時に、巨大な尻尾を勢い良く振り抜いた。

 音を置き去りにする速度で振るわれたそれは私の側面に迫り……。

 

「“火花の守り”」

 

 私の指から発せられた一粒の火花によって防がれた。

 

 私が魔法によって一撃を防いだと見るや、ドラゴンはほとんど悩む素振りもせずに地面を蹴って距離を取る。

 相手が小さくとも力量を見誤らない。流石、そこそこ頭のいいドラゴンである。

 

「わわわ!? な、何あの生き物!?」

「あれは、ドラゴンだ」

 

 白い鱗を持つ美しき竜。

 私が生み出した人造ドラゴンであり、地球に紛れたまま行方を晦まし続けていた十三頭のうちの一頭である。

 

 ……なるほど。硫黄を食べたり炎を吐いたり……そうか、まさかそれが、ドラゴンの仕業だったとは……。 

 

「……彼らは地上最強の妖魔の一種だ。覚えておくと、魔法使いは長生きできるだろう」

 

 白き竜は口から硫黄混じりの煙を零し、息苦しさからくる苛立ちによってか、目を真っ赤に輝かせていた。

 あれは完璧にキレている顔である。何度か見ているので間違いない。

 

「わわわ、来るっ!」

 

 白きドラゴンは翼を大きくはためかせると、一息で私の元まで接近を試みてきた。

 首を前に突き出し、顎の中には魔法陣を輝かせている。

 そこから放たれるのは間違いない――。

 

 炎だ。

 

「“月の盾”」

 

 体内の硫黄を触媒として放たれる強大な青い火炎魔法。

 ドラゴンにのみ扱えるよう私が魔法陣の施術を施した専用魔法“竜の息吹”が放たれた。

 

 その気になれば岩さえ熔かす強力な火炎が、私達の視界を青白く染め上げる。

 

「……!」

「エレン、私の後ろから離れないように」

 

 “竜の息吹”が巨大なバーナーのように私達へと吹き付けられる。

 だが“月の盾”はそれを難なく防いでみせた。

 

 火力自体は確かに強いし便利な炎ではあるが、あの魔法を作ったのも私だ。どの程度の防御性能で防げるかは、私が一番良く知っているつもりである。

 

「しかし、参ったな」

 

 十数秒後、炎が止まった。

 地面は白熱化し、私達の足元以外はドロドロに熔解している。

 いくら吐き続けても私の防御が崩れないと見て、向こうの白竜も諦めたのだろう。

 

 だが、それで大人しく引き下がってくれるほどあのドラゴンは大人しい性格をしていない。

 

 なにせ彼ら白い色のドラゴンは、そのほとんどが残忍で、好戦的な性格をしているのだから。

 なかなか負けを認めようとしないし、相手によっては死力を尽くすことだって珍しくはない。

 

「“火花の守り”」

 

 竜は再びこちらに接近すると、今度は細かく鋭い牙をむき出しにして、尾と腕を用いた接近戦を試みてきた。

 鋭利な爪と鱗を用いた質量攻撃は実に強力で、“火花の守り”でもやっと防げるような猛攻である。

 

「す、すごい凶暴ね!?」

「白い竜は気をつけるんだ。絶対に話が通じないからね。赤と青と緑はそうでもないんだが……!」

 

 凶悪な連打を火花で防ぎつつ、次第に火花を解除しながら地面の堆積物から杖を生成。

 杖に魔法をかけて反発力と強度を高め、直接ドラゴンの攻撃を打ち払ってゆく。

 

 私が杖で直接攻撃を防いでいることが信じられないのだろう。ドラゴンは驚いたように目を見開き、打ち合う間にも一歩一歩と後退していった。

 

「もしも竜と闘うようなことがあるなら……極力それは避けるべきだとは思うが……どうしても避けられないと思った場合には……自らの力を大いに見せつけてやるのが一番だろう」

 

 簡易生成した杖にさらに噴石を巻き込み、凝集し、より強固な杖へと変容させる。

 更に杖本体に“不蝕不滅の呪い”を込め、魔法的な力を付与。杖は殴打の度に水魔法“大いなる凍傷”を発動する氷結魔法武器へと変化した。壊れても自動的に修復するおまけ付き。

 

「魔法使いとしては少々納得いかないが……この手の生き物を相手にするときは、なるべく直接的な攻撃で優位に立つこと!」

 

 冷気を帯びた杖が、噛み付こうと首を伸ばした白竜の頭部を殴り抜く。

 杖が生み出す反発力によって竜の身体は真横へと吹き飛び、顎の中に形成しようとしていた魔法陣は私の妨害魔法によって中断された。

 

「……わあ、あんな大きいのが転がっていった……」

 

 白竜はもそりと緩慢な動きで起き上がり、私を睨んできたが……その左目は氷の礫で覆われている。

 付与した呪いが上手く発動している証拠だ。

 

「あれ? 様子が……なんだか静かになったわ」

「ああ、もう充分に力が認められたんだろう」

 

 一定以上の力を見せれば、いくら獰猛なタイプとはいえ、ドラゴンもそれ以上の戦いは避けようとする。

 彼らも生物である。相手の力量が自分よりも上だと理解すれば、それ以上手出しすることはないのだ。

 縄張り争いに負けたドラゴンは自ら巣を離れ、どこか遠くの新たな新天地を目指して去ってゆくのである。

 

 白いドラゴンはしばらく名残惜しそうに私達を、というか洞窟を見つめていたが、やがて踏ん切りがついたのか、大きな白い翼を広げて空へと羽ばたいていった。

 

「うわ、飛んでる……」

「ああ。あの巨体が飛ぶのはすごく大変なんだよ」

「ひゃー……」

 

 ドラゴンは火口の土や灰を巻き上げながら飛び立ち、ローマの夜空へと消えていった。

 

「……まさか、あんなに大きな妖魔が棲んでいたなんて……私だけじゃちょっと危なかったかも……」

「ん。エレンにもどうにかできた?」

「えーっと……どうだろ。あの炎は事前にわかってないと、防ぎきれなかったかもしれないわねー……」

「うむうむ。まぁ、初めて見る生き物だ。そこらへんは仕方ないさ」

 

 エレンは身体についた煤を払いながら、疲れたような苦笑いを浮かべている。

 途中までは順調に妖魔を追い詰めていたのだが、最後の最後でまさかドラゴンが飛び出してくるとは、さすがの私も盲点であった。

 

 手を出さないと言っておきながら、最終的にはドラゴンとの対決にはガンガン手を出してしまったし……やれやれ。エレンに師匠面しておきながら、この体たらく。

 私はあまり、先生として向いていないのかもしれぬ。

 

「……ねえライオネル。あのドラゴンって、もうこの山には戻ってこないのかしら?」

 

 藍色の空に浮かんだ白い月を見上げ、エレンが訊ねる。

 

「当分は大丈夫だと思うよ。硫黄が産出される火山なんてどこにでもあるからね」

 

 あのドラゴンが山にいた理由は、豊富な硫黄だ。

 硫黄が無ければ彼らは青い炎を効率よく扱えない。硫黄はドラゴンにとって、必須の物質なのである。

 

 とはいえ、硫黄なんてものは山に行けばわりとどこにでもあるものだ。

 あの白いドラゴンはそう遠くないうちに別の火山を見つけ、そこを自らの根城と定めて定住することだろう。

 願わくば、人の文化圏から離れた火山に居を構えて欲しいものである。

 

「じゃあ、これで事件解決ってことかしら?」

「うむ……」

 

 妖魔探し、妖魔退治。

 ……元を正せば私の不徳の致すところは多かったが、火事の原因であろうドラゴンを追い出すことはできた。

 

「ああ、これで事件は解決だ。良くがんばったね、エレン」

「ふふふ、ありがとう。ライオネルも凄かったわ。あなた、本当にすごい魔法使いだったのね」

「そりゃそうだとも。私は偉大な魔法使いなのだから」

 

 頬に煤汚れを付けたエレンが無邪気に笑い、マスクを外した私もミイラなりの笑顔を浮かべてみせる。

 

 ヴェスヴィオ山の麓に火災を齎した謎の妖魔事件。

 ローマ一の魔法使いの手により、万事解決である。

 

 

 

 

「うーん、それにしてもお礼かぁ。……うふふ、農家の人って馬鹿にされがちだけど、都会に住んでる男の子よりもずっと逞しいのよね」

「エレン……あまり若い女の子が……」

「別に若くないわよ?」

「うむ、そうだった。なんでもない。……いや、なんでもなくないよ?」

 

 火口縁で大人しく留守番していた猫のタレースと合流し、大きな満月の下、私たちは悠々と歩いていた。

 

 草木のないヴェスヴィオ山の山肌。

 吹き付ける冷たい風と、一仕事を終えた清々しい心地。

 

 私も今回、ほぼ初めて人間のために魔法を使った仕事に従事してみたわけであるが……こうして誰かの役に立っていることが実感できると、やはりどこか気持ちいいものである。

 

 思えば、私がやってきた魔法は人の役に立つ、とかではなく、ただ己の探究心を満たすためのものが多かったように感じられる。

 最初は私も、実生活の中で魔法をほとんど使わないエレンに対し、“魔法使いとしてどうなんだね”という感情を抱いたものであるが、それはエレンの方からも、私に対して言えることだったのかもしれない。

 

 魔法使いは、人の世に密接に関わってこそ価値がある。

 

 高度な魔法を操り、豊富な知識を蓄えることもまた魔法だが、エレンのように人を意識して魔法を使っていくこともまた、ひとつの洗練された魔法使いの姿なのかもしれぬ。

 

 ……それはおそらく、醜い顔で世間に溶け込めず、それを面倒だと直そうともしない私とは真逆の位置に立つ魔法使いだと言えるのかもしれない。

 

「……エレンと会えて良かったよ」

「え? 何?」

「いいや、なんでもない」

 

 ヴェスヴィオから見下ろす、発展途上のヨーロッパの街明かり。

 点々と疎らに輝く夜の煌めきは、あと二千年もすればより煌々とした、しかし風情のないものへと変わってゆくのだろう。

 

 その時が来るまでに、私はあとどれほどの事に気付けるだろうか。

 

 魔法使いとしてあるべき姿。魔法使いのもうひとつの可能性。

 

 地表が科学で覆い尽くされるその前に、もっともっと多くの魔法使いたちと出会い、彼らの魔法を見て、自らの魔法を見直していきたいものである。

 

 そして、私は長い時を経て……。

 

 長い……。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 は?

 

 

 

「ん? ライオネル、どうしたの? そんなところで立ち止まって……」

「……」

 

 なんだ、この感じは。

 

 当たりを見回す。

 何もない。誰もいない。

 

「ライオネル?」

 

 自らの身体に意識を集中させる。

 ……やはり、気のせいではない。明らかに魔力が減っている。

 

「ライオネル? ねえ、どうしたのよ?」

 

 ……エレンは、普通だ。変わった様子はない。

 いや、変わった様子はあるべきだ。

 

「エレン、貴女は気付かないのか」

「え……何に……あれ?」

 

 私が淡泊に訊ねると、彼女はそこでようやく異常な事態に気付いたらしい。

 最初は不思議そうな顔をして、訝しむように眉を歪め……そして、私と同時に空を見上げた。

 

「ねえライオネル……なんだか、おかしいわ」

「……ああ」

 

 空に浮かぶ満月。

 

 綺麗な、美しい、白い……いつもそこにある、不変であるはずの魔力の星。

 

「月から来る魔力が……ものすごく、減ってる……気がするわ」

 

 

 

 ……月の魔力が、減った……?

 

 

 

「……」

 

 言い知れぬ脱力感。

 体験したこともない晴れた夜間による魔力量の減少と、それによって顕著になる地表からの属性魔力。

 

 ……月の魔力が減った。

 月から地球に降り注ぐ魔力が、体感で……およそ……六割以上も減っている。

 

「ねえライオネル、これってあり得るの? 私、月の魔力が減るだなんて、……忘れなければだけど、今までに一度も……」

「ありえない」

 

 私はエレンの言葉が終わる前に激しく首を振った。

 

「ありえるわけがない」

 

 そう、このようなふざけた事象など、あり得るはずが無いのである。

 

「落ち着け私。落ち着くんだ。そう、冷静になろう。冷静に1つずつ検証していけばいいのだ」

 

 本当は今すぐにでも叫びたい。

 今すぐ絶叫し、この胸の内の不安と絶望を吐き出してしまいたい。

 

 だがそれでは駄目なのだ。まだそうだと決まったわけではない、かもしれないのだ。

 落ち着こう。冷静になろう。そう、私は偉大な魔法使いなのだ。何を恐れることがあるだろう。

 

 ……月。そう、月。天体だ。衛星である。そうだ“月時計”だ。“月時計”を発動させればすぐにわかることじゃないか。

 

「……“月時計”」

「わっ、なにこれ」

 

 私を中心として、巨大な宇宙の星々を辺りに散りばめ、天体図を生成する。

 周囲に現れた即席のプラネタリウムにエレンは慌ただしく顔を動かしているが、私にとって今重要なのはただ一点のみ。

 月。これだけだ。

 

「月、月の位置は……月の角度は……」

 

 “月時計”と同時に“算術盤”を発動。

 そして“精密な星々の測量”も発動。この際少しの誤差でも見過ごすことはできない。宇宙航行時に使っていた精密測量魔法も引っ張りだす。

 

「月……月は……大丈夫、大丈夫なはずだ……」

 

 “月時計”に浮かぶ小さな月。そして、空の彼方に浮かぶ……魔力の衰えた真実の月。

 双方を見比べて……誤差を確認し……もう一度見比べ、誤差を確認し……。

 

「位置がズレている」

 

 私は事の真相に辿り着いてしまった。

 

「え? ライオネル、ずれてるって何が……」

「月が……月の運行が、角度がずれているのだ」

 

 それに気付いてしまえば、私はもう手の震えを、脚の震えを止めることができなかった。

 

 乱暴に仮面を脱ぎ捨て、背負った荷物を投げ出し、包帯まみれの手で顔を覆う。

 

 

 

 なんたることだ。

 

 

 

 なんということだ。

 

 

 

「ライオネル、この月ってどういうことなの? 私には、魔力が減っていることくらいしかわからないんだけど」

「……簡単なことだ、エレン。とても簡単なことだよ、エレン」

 

 

 地上に降り注ぐやせ細った魔力を知覚する毎に、私の怒りが沸々と湧き上がってくる。

 

 

「誰だ……」

 

 

 狂った運行。封じられた魔力。

 ……月が起こした突然の異常。なに、答えは簡単だ。そんなこと、簡単なのである。

 

 

 

 

 

「――誰だァッ! 我々の月を冒涜したクズ共はァァアアァッ!」

 

 

 

 

 


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