東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 というわけで、妖魔退治が始まった。

 何時の世も魔族は嫌われるものであるが、相応の事をしでかすのだから仕方がない。

 

 が、しでかされる対象は、神族から人間へと移り変わった。

 魔族たちのイタズラの対象が神族だった頃ならともかく、人間では何らかの特殊な技能を持ち合わせていない限り対抗策がない。

 人間にとって、妖魔が及ぼす影響は非常に大きいだろう。それこそ、我々魔法使いを頼らなければ手の施しようがない。

 

「さっさと解決しないと、お酒の値段が上がっちゃいそうね」

「うむうむ。お酒は大事だな」

 

 私達は今、ヴェスヴィオ山を登っている。

 同行者はエレンのみで、それまで一緒だった商人とは別行動である。

 既に山火事の犯人探し、ひいては犯人退治は始まっているのだ。

 

「ちなみに、ライオネル?」

「うん?」

「あなただったら、どれくらいで犯人を見つけられる?」

「私だったらかぁ」

 

 ふむ、そうだな。

 

 犯人が放ったと思われる火からして、自然現象でないことは明らかだ。魔法が及ぼした結果で間違いない。

 使われた触媒の最たるものが硫黄であろう。量は相当だ。原料自体はこのヴェスヴィオで手に入ったものであることは疑いようもない。

 噴火があれば同じような結果になりそうにも思えるが、小規模な噴火ではこのような表面を焦がすような火事にはならないし、何より噴火と同時に確実に堆積されるべき火山灰も見当たらない。

 

「犯人がまだこのヴェスヴィオ山にいるなら、五分以内に特定して捕縛もできるかな」

「五分! 早いわねー!」

「山の外にいるなら一分はかかるね」

「……なんで山の外にいるほうが早いのよ?」

「外なら大掛かりで強力な魔法を使って、強引に探し当てるからね。結果的に早くなるんだよ。山にいるならもっと楽なやり方で、ゆっくり探すよ」

「ああ、そういうことなんだ」

 

 別に時間に追われているわけでもないし、見つかるならば手段はなんだっていいのだ。

 大きく高性能な大魔法を使えば事も解決するだろうが、魔力を無駄に消耗して利便性を求めるのはせかせかと生きる現代人のようで、あまり美しくない。

 真に腕の立つ魔法使いであるならば、適切な場面で適切な魔法を使うのが最良である。

 

「しかし……エレン、これは君が請け負った仕事だ。なので……」

「ええ、わかってるわよ。もちろん妖魔は私が見つけて、びしっと退治するわ」

 

 おや、早いからといって私に頼むわけではなかったか。

 これはこれで意外な反応である。

 

「そうじゃないと、お酒作ってる若い人たちから直接お礼を言われないものねー♪」

「ああ、なるほど、そういうことね……」

 

 エレンの原動力はそこらじゅうに転がってていいなぁ。

 

 

 

 

 さて、私の見立てでは……まだ犯人は山にいるだろう。

 エレンは現在、私の前でえっちらおっちらと山を登っている最中である。一応犯人の居場所に近づいているので、私からは特に口出しはしない。

 こうして魔法を使って事件を解決へと導くことも、立派な魔法の練習だ。これを機に、エレンの対処能力をよく見てみようと思う。

 

「うーん、やっぱり上の方から魔法臭いのが来てるのよねー」

 

 しかし……エレンの探索方法はかなり独特だ。

 

「匂いでわかるのかい」

「ええ、大体わかるわよ。魔法は独特だし、普通の匂いよりも簡単かもねー」

 

 エレンはまるで犬のように、時々立ち止まっては鼻をスンスンと鳴らし、進行方向を微調整している。

 魔法の匂いがわかるというのはなかなか便利な体質である。これもまた、静電体質とよく似たものなのかもしれない。

 おそらく、微弱なものはまず匂いで感知でき、より強いものには髪の毛が反応する……といった具合だろうか。まるで人間魔法アンテナである。

 

「うん、ずっと登っていったほうが良いかも。ライオネル、結構歩くけど平気? 骨折れない?」

「折れんて」

「うーん、なんだかポキッといっちゃいそうで不安になるわ……」

 

 いや、気持ちはわかるけどさ。私骨だしね。

 

「不安なら一度、鉈で思いっきり私の腕を斬ってみるといい。鉈が刃毀れするから」

「えー、そんなに丈夫なのー?」

「ああ、ものすっごく丈夫だとも」

 

 仮にヴェスヴィオの噴火エネルギーが一点集中で私の腕に衝突したとしても、傷一つつくことはないだろう。

 この頑丈な体質がなければ、私はカンブリア紀でアノマロカリスの餌になっているに違いない。

 

 

 

 そんな話を途中までしていたが、次第に山道も険しくなっていった。

 ある程度の登山道はあったが、そこはそれ、昔のものである。この時代に登山をスポーツ感覚でやろうというのは宗教マニアかよほどの物好きだけであり、上にゆく程に道は険しく、荒れたものへと変わってゆく。

 全く人の手が入っていない山道というのは人間にとってかなり険しいものであり、エレンにとっても油断ならないものであった。とてものんきに干物談義をしていられる状態ではない。

 

「タレース、道は見つかった?」

「ニャ」

 

 が、さすがは魔法使いである。

 エレンは飼猫……使い魔の猫、タレースに通りやすい道を探させ、快適なルートを選んで山を登っている。

 ヴェスヴィオ山の標高は1200m程であるが、もう既に登頂寸前だ。

 “浮遊”も使わない地道な正面突破であるが、これはこれでスマートとも言えるので良しとしよう。

 地面もほとんど植物の陰を無くし、歩きやすくなってきた。

 

 

「うん、すごく魔法くさいわ。ライオネル、きっと妖魔はすぐそこよ」

「そのようだね」

 

 エレンからは見えないようにこっそりと“鋭敏な揺れ火”を発動させてみたが、私が出す答えもエレンと同じ。犯人はすぐそこまで迫っているだろう。

 

「しかしエレン、これはヒントではなく私からの忠告になるが……犯人は非常に上手く触媒を使うようだ。妖魔を見つけても、すぐには手を出さず警戒するようにね」

 

 足元の土を手で掬い、手の中で揉んでみる。

 それは仄かに硫黄臭く、焦げ臭い。そして硫黄はほとんど完璧に近い形で触媒としての属性が消費されていた。

 

 犯人は実に上手く触媒を用いて炎を扱えるらしい。

 触媒だけでなく、火魔法も扱い慣れている。

 相手はそこそこ学んだ魔法使いか、性質の偏った魔族か……。

 

「うう、あまり物騒な相手だと嫌だなぁ……」

「不安かね」

「うん、髪がパチパチするし……」

 

 そっちか。

 ……いや、つまりは何が出ても対処する自信があるということだ。気の抜けるような心配ではあるが、なかなか頼もしい一言である。

 

 

 

「……さて、どうやら妖魔は火口にいるみたいだけど……」

 

 歩き通し続け、ついに私たちはヴェスヴィオ山の頂上へとやってきた。

 エレンが立つのは、深い火口を望める広大な火口縁。

 

 私の懸念通り、火遊び好きな犯人はこの中に潜んでいるようだ。

 


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