東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 エレンの髪に掛けた呪いは無事に解除され、静電気騒動は幕を閉じた。

 彼女が大怪我をせずに済んで良かった。あのまま放置し続けていれば、エレンの頭部が完全に……いや、これ以上はやめておこう。

 

 あの静電気の暴走の原因は言うまでもなく、私のかけた呪いであろう。

 静電気を抑える呪い“輝きの沈黙”が持つ汎用的な魔力収集機能が仇となったのだ。静電気を抑えるはずの呪いが、その稼働によって静電気を起こしてしまうなどとは、まったく厄介な体質である。

 

 どうやらエレンは、自身で魔法を使うばかりではなく、魔力を収集するタイプの様々な呪いや加護とも相性が悪いらしい。

 つまりは自分で魔法を扱う以外にも、魔法を掛けられることによっても帯電してしまうのである。

 

 “輝きの沈黙”程度の軽微な呪いでさえあの調子だったのだ。

 周囲から魔力を集めて自らの命とする“不蝕”などに代表される呪いや加護は、その尽くが扱えないのだろう。

 それこそ、自らの記憶を命に変える“研忘の加護”くらいの低燃費でなければ発症してしまうくらいには。

 

 

 

「いらっしゃーい♪ あ、お薬はできますよー♪」

「おお、これはこれは。いつもありがとうございます、オーレウス殿」

「いえいえー♪」

 

 エレンは共和制ローマの市民権を持っている。

 優秀な魔法使いであり、薬師。市民からの人望はあるし、金を集めることも全く難しくはない。きっと市民権など、向こうから勝手にやってきたのだろう。

 

「どうぞ、お茶でも♪」

「あっ、これは。わざわざありがとうございます」

 

 今も彼女はイケメンローマ人のお客さんを招き入れ、今までの検証を纏める私の傍らで薬の商談を進めている。

 エレンが長命な魔法使いであることはローマ市民達も知っているようで、相手の態度は非常に低く、誰もが目上の相手に対するそれだ。

 エレン自身は対等かつ友好的かつ親密な関係を求めているのだろうが、このままでは男女の関係どころか友人関係にすら発展しないのではなかろうか。

 

「では、今後ともそのように……いつもありがとうございます」

「ううん、いいのよ♪ また来てね♪」

 

 ……うむ。

 やはりエレンは、格好良いローマ人男性に対しては猫なで声でメロメロな感じだ。

 媚びに媚びて、相手の男に気に入られようとすごく頑張っているのがひしひしと伝わってくる。

 間違っても、静電気でふわふわでパチパチした頭などは見られたくはないのだろう。

 魔法を極力使わずに生活してきたのも、なんとなく頷ける。

 

「今後とも、ですって。ふふふっ」

「エレン、……いや、なんでもない」

「え? 何よライオネル。何か言いたそうだったけど?」

「何でもないよ。エレンが幸せならそれで良いとも思うから」

「……なんか馬鹿にされてる気がするー」

 

 ……ふむ、難儀な体質と事情であることはわかったが、これで私のすべき事が見えてきたぞ。

 マーカスが私に頼みたかったことも、はっきりと形を成してきた。

 

 

 

 静電気騒動の後、エレンの頭に残る静電気を処理するため、私はいくつかの検証を行った。

 全ての根本的な問題は“魔法を使う・または掛けられると帯電する”というものだ。

 帯電体質によって生まれるものは主に静電気で、頭部や毛髪から発生することがわかっている。

 

 なので私はまず最初に、電気を“科学”によって除去することを試みてみた。

 具体的に言えば、よくある“静電気除去キーホルダー”を使ったようなアレである。

 

 私はエレンに、髪がパチパチしたままの状態で地面に触れてみるように促した。

 地面は電気を都合よく逃がしてくれる。人体に溜まるような静電気であれば、これだけで簡単に除去できるはずである。

 

「うーん……?」

「んん?」

 

 が、駄目であった。地面にベタリと触れてみても、エレンの髪はパチパチしたままである。

 同じように家の壁や樹木に触らせてもみたが、結果は同じ。エレンの髪に蓄積された電気は、全くと言ってもいいほど減らなかったのだ。

 

 これは推論であるが、静電気が容易に外へ漏れ出ないのはエレンの魔法的な体質が関わっているのではないかと思っている。

 彼女の頭部から発生する電気は魔法的でもあるが科学的でもあり、非常に不安定なのだ。

 魔法と科学が入り混じって少しややこしい話になってしまうが、簡単に言えば直接地面や生物的なものに流そうとすれば科学の作用が生まれ、属性魔力や星の魔力に影響を及ぼし流れが……うむ、この話もこれ以上はやめておこう。

 

 ともかく、エレンは非常に除去しにくい静電気を生み出してしまう体質なのである。

 

 

 

「うーむ……」

 

 静電気が後から対処しにくい以上、最も魅力的な解決法は静電気を作らないようにすることだ。

 が、それはきっとエレンの霊魂に関わることであるし、作用ですらも不明瞭だ。

 正直今の段階では、一体どのような物を使ってどう対処すれば静電気が落ち着いてくれるのか、全くもって予想がつかない。

 

「ライオネルー」

「ん?」

 

 私がテーブルの上でクチバシを撫ぜながら悩んでいると、外からエレンが戻ってきた。

 足腰の立たない遠方の老人の家まで配達に行くと言っていたが、それも既に終わってしまったのだろう。

 私は長年生きてきたおかげで考え事はいくらでもやっていられるが、逆に時間の掛け方が下手になっているのかもしれない。

 

「ほらほら見て、おばあさんから茜の根を貰ってきたの。こんなに沢山」

「おお……すごい量だ。それは確か呪いの強化と土魔法に使えるはずだが」

 

 エレンが抱える大きな笊の中は、沢山の根っこで満たされていた。

 細く長めの植物の根である。食用にするのは難しい。

 

「触媒じゃないわよ。染め物に使うの、染め物っ」

「染め物……あー」

「あーって、もう。そんなに無頓着だからライオネルは、全身灰色のお化けになっちゃうんじゃないの?」

「……」

 

 頭を下げて、私の姿をじっと見つめてみる。

 なるほど確かに、灰色ではあるが……。

 

「お化けは酷くないかね、お化けは」

「そのマスク取ったらお化けじゃないのー」

「一応これでも人間なのだが」

「そんなことより、ライオネルも暇だったら手伝ってよ。根っこを臼ですり潰して、粉にしておくの。後でお洋服を染めようかなーって思って」

「……」

 

 ……やれやれ。

 まぁ、具体的に静電気をどうにかする手段も、今はあまり考えつかないのだが……。

 

 ……仕方ない。今日は大人しく、エレンのお手伝いとして仕事に励むとするか。

 

 ごりごり、ごりごり。

 たまには魔法を使わず、初心に帰って石臼で植物を挽いてみるのも悪くない。

 

「エレン、私もこの茜色は似合うだろうか」

「……さっきはああ言ったけど、ライオネルが赤い服を着てたらものすごく怖いと思うわ」

「さいですか」

 


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