かまくら。
雪で作られるその建造物は、風や降雪から身を守ってくれる。
そのため、周囲全てが例え雪の塊であったとしても、わずかに外よりも温かいのだ。
中央に七輪などを置いて、赤々と燃える炭などを投じておけば、真っ白な明るい壁面のお陰で、夜でもなかなか過ごしやすそうなものである。
さぞや心地よいものであろう。適温ならば。氷点下二十度くらいまでなら、そこそこの建造物だと言えるだろう。
私の人生はとてつもなく長い。
この先、雪の日なんぞに出くわした時には、きっと人間だった頃の記憶から、かまくらと七輪のセットを思い浮かべることも、多々あるだろう。
けど、私は断言できる。
私は、もうこれから永遠に、かまくらを作ろうなどとは思わないだろう。
「……暇だなぁ」
地下何メートルかもわからぬ、分厚い氷の中。
月の光はもとより、星々の輝きさえも一切届かず、環境魔力も砂漠のように枯渇した、氷の牢獄。
今私がいるのは、そんな氷の大地の中に作った、小さな空間である。
およそ二立方メートルほど。非常に狭い空間だ。けど私は、こんなに狭い一人用の空間を作るためだけに、何十年もの時間をかけなければならなかった。
地球へと再来した私は、何故か空中にいた。思えばこの時、地に足がついていない時点で、浮遊魔術を唱えておくべきだったのだ。
そうすれば真っ逆さまにクレバスに落ちる事はなかっただろうし、そのクレバスが閉じて、全身をガチガチに固められるなんて不運にも見舞われなかったに違いない。
まぁ、そんな考えも後の祭り。
哀れ、氷壁によってぺしゃんこに押し挟まれた私は、星々の輝きの届かぬ地下世界で何年もの時間を過ごす事となったのである。
その後、わずか数ミリ動く指を利用して少しずつ少しずつ氷を削ってゆき……上から氷の礫が落下して、その隙間を埋め立てる。
空間を得るために、壁を削る。すぐに埋まる。削るまた埋まる。
ただひたすら、その繰り返し。繰り返して、繰り返して……何十年も何百年も氷共と格闘し……。
そう、そして私は、その戦いについに勝利を修めた。
直立しても何ら不具合の無いスペースを確保し、近くに埋まっていた神骨の杖も回収済みである。
杖を自在に扱える場所さえあれば、後は問題ない。少しずつ内なる魔力を捻り出し、蓄積させ、脱出を図るのみ。
しかしまさか、氷河期だったとは。
氷河期なんてものを実際に体験し、その猛威を余すこと無く体感することになってしまうとは。あろうことか、まさか氷に押しつぶされたらどうしようもないなんて、すごくしょうもない自分の弱点を見つけることになろうとは。
私にもまだまだ、未知の領域があるということだ。
前回の地球探訪で英知を極めてしまったかと錯覚していたが、とんだ笑い話である。
石を彫れば、その美しさを極めるために何千年もの時を必要とし、氷に閉ざされれば、その掘り方で、また何千年もの時を必要とする。
美しい掘り方も、崩れない掘り方も、どちらも難しい。何につけても、極めるとはとても、大変に時間のかかるものだったのだ。
「随分と時間を潰してしまったが……これでようやく、地球旅行に乗り出せるな」
私は杖に力を込め、少しずつ氷を削りながら、氷河期の地球という未知の世界への想いを馳せるのだった。
「えっ」
そして、また氷の天井が崩れ落ちてきた。
「……もうやだ」
そろそろ私も、地球が嫌いになっても仕方ないと思うんだ。