「あーっ、本当だわ。“ライオネル・ブラックモア氏から魔法を教わるように”ってちゃんと書いてあるー」
その後、エレンは部屋の中を慌ただしくひっくり返して、一通の手紙を掘り当てた。
少し黄ばんだ、お世辞にも綺麗とはいえない古めの手紙である。どうやらそれはエレン宛に送られた、ちょっと昔の手紙だったらしい。
どうやらマーカスは、きちんとエレンにも通達を出していたようだ。
エレンにはアポ無しかと少しだけ疑ってしまった。申し訳ない。
「信用してもらえたかな? こんな顔と体と声だけど、今日からエレンに魔法を教えようと思う。改めまして、どおぞよろしく」
「こちらこそ、改めましてよろしくね、ライオネル」
机を挟んでお互いに改まってペコリ。
これでようやく、腰を据えて魔法について話を進めていけるわけだ。
「でも、意外だったわ」
「うん? 何が?」
「とてもダンディな声だったから、素敵な渋めのおじ様かと期待……じゃなくて、想像してたんだけど……」
「はは、期待に応えられず申し訳ないね。人は長生きすると枯れるものなんだ」
「ひゃー、そんなの嫌ー」
エレンは笑いながら大げさに手をわちゃわちゃと動かして、自らの老いをどこかへ遠ざけようとしている。
なに、そんなに嫌わなくとも今のエレンであれば全く問題にはならないさ。
「うん? 老いというと、エレン」
「ん、何?」
「エレンは今、老いを止める魔法を使っているのでは?」
「え?」
エレンは不思議そうに首を傾げ、視線を天井の角にやった。
「うーん……そうなのかしら?」
「えー」
……何故こんなにも他人事なのだろう。
いや、エレンとのこれまでの応対を見るに、とてもではないが彼女が十かそこらの少女には見えない。
「失礼」
「あら?」
私は簡単な魔法を使い、エレンのそばに置かれていた手紙を自らの手元に移動させる。
マーカスから届いた手紙。
この手紙のくたびれ方から見ても、エレンの最低年齢は半世紀以上であることは疑いようがない。
ローマの街の人からの信用のされ方や、知名度だってそうだ。彼女は少なくとも、六十年以上はこのローマで生きているはずなのだが。
「……いや、まてよ」
もしかして、彼女は……。
「エレン。幾つか貴女に質問しても良いだろうか?」
「質問? ええ、良いわよ。何でも聞いて?」
おそらく、私の疑念は当たっているはずだ。
その上で、ついでに魔法に関わる質問を色々と投げかけてみるとしようか。
「まずひとつめ。エレン、今の君の年齢はいくつだろうか?」
「さあ? もう忘れちゃったわねー」
はい、早速確定。この忘れっぷりは、きっとそうだ。
彼女が身につけている不老の魔法は、“研忘の加護”で間違いないだろう。
まさか、彼女もかつてオーレウスが使っていた不老の加護を使っているとは……。
しかし彼女の様子だと、その魔法を自分にかけていることも忘れているのだろうか。
……魔法使いにとって、記憶障害は大敵だ。
マーカスはもっと洗練された延命魔法を採用していたが、何故エレンは“研忘の加護”を使っているのだろうか。
“研忘の加護”にも、その特異なリスクの分だけ、消費魔力が少なく済むという利点はあるにはあるが……ほとんど呪いとして恒常的にかけ続ける魔法であれば、別の形態を選ぶべきである。
……これは後で詳しく調べるとしよう。
場合によってはマーカスから直接訊かなければならないかもしれない。ちょっと気になる。
「えー、では次。エレンはどのような魔法を扱える? 魔法の分類は貴女が知っているもので構わないので、教えて欲しい」
「うーん、結構色々使えるけど……分類って言われると、ちょっと困るかも。ぱっと出てこないわ」
エレンは困ったように頬を掻き、ボリュームのあるふわふわな金髪を揺らした。
……物忘れはあっても、色々と扱えはするようだ。
であれば、魔法が下手というわけではなさそうだ。ますます“研忘の加護”の意味がわからん。
「……では最後の質問」
「あら、結構早い」
「まぁ、最初だしね」
あまりくどくどと面接するのも感じが悪い。
どうせこれから、聞きたいことは折に触れて訊ねることになるのだ。今はひとまず、最低限の質問だけで十分である。
しかし、これだけは聞いておかねば。
気になって仕方がない。
「……エレン。どうしてこの部屋には、魔法由来の物が少ないんだ?」
「え」
「それに、家自体も保護魔法がかけられていないようだし……」
「あー、それはその」
エレンは“たはは”な感じで後頭部を擦り、可愛らしく舌を出した。
「……魔法って、使う必要がなければ……使わないのが一番じゃない?」
「……」
な、なるほど……。
そういう考え方も……あり、か……?