人の案内に従って数十分ほどぽくぽくと歩いてゆくと、石造りの道を外れ、森へ出た。
まだまだ人の手が完全に行き届いていない場所であるが、土は平坦で下草も殆ど無い。自然が残ってはいるが、多少の手が入った領域である。
不自然に固まった土や倒れた草を辿るようにして更に数分ほど歩いてゆけば、拓けたそこに、私の求める場所は見えた。
「……なるほど、わかりやすい」
森の中には、小さな家が立っていた。
ローマに多くあるような、アーチ構造を取り入れた石造……らしき要素も見られるが、やはり細かい部分を見れば、それはどこか懐かしい“オーレウス”の建築技術が加わっている。
私の記憶力が優れていて助かった。懐かしいと思えるような箇所がとても繊細すぎて、注視しなければ全くわからない程である。
……しかし、気がかりだ。
この建築技術や様式はオーレウスの頃にそっくりなのだが、これには魔法が掛けられていないようである。
住居に保護の魔法を掛けるのは、ある意味魔法使いにとって最低限の技術だと思うのだが……。
まぁいい。
どうせ今日からはそれを含め、魔法を教えるためにやってきたのだ。
「ごめんくださーい」
ドアの前に立ち、作法は知らないが、ドンドンと扉を叩く。
すると間を開けずに“はーい”という子供の声が聞こえ、駆け寄る音が聞こえてきた。
「どちらさまー……って、あら?」
扉が開くと、そこで金髪の少女が私を見上げていた。
……若い。
少女というか、十といくつもないような容姿である。
ふわふわと波打ったボリュームのある金髪に、シミひとつない白い肌。
グリーンの眼は私の鳥顔を映し、ぱちくりと大きく開かれている。
年齢も性別も、オーレウスとはかけ離れているが……彼女を一目見て、私は直感的に理解した。
彼女こそがオーレウス。
マーカスが言っていた、“エレン・ふわふわ頭・オーレウス”に間違いない。
「……え? 鳥?」
「一応、人間なのだが」
「あらホント。変わったお面を付けてるのね」
その表情に恐れは見られ無い。
この鳥仮面を見ても怖がらないのであれば、外した時に大騒ぎされず済みそうだ。
「私は偉大なる魔法使い、ライオネル・ブラックモア」
「偉大……」
「失礼。貴女はエレン・……オーレウス殿で間違いない?」
「ええ、私はエレン・ふわふわ頭・オーレウスよ」
あ、ふわふわ頭って本当にミドルネームだったのか。
マーカスが悪戯心で勝手に付け加えたんじゃないかと内心ずっと疑ってたんだけど。
「はじめまして、ライオネル……あ、ブラックモアの方が良いかしら? 私はエレンって呼んでね♪」
「わかった、よろしくエレン。私はライオネルで良いよ」
やはり彼女がエレンだったか。
背は低いが対応がしっかりしているし、見たままの歳では無いのだろう。きっと既に、何らかの延命の術を備えているに違いない。
「マーカス・バオアー・オーレウスからの紹介でやってきたのだが……話は聞いてる?」
「マーカス叔父さんから……?」
私が訊ねると、彼女は可愛らしく首を傾げた。
マーカスは知っているようだが、話が伝わっているような気配は見られない。
うーむ、おかしいな。
……魔法を教えるという頼みだったから、既に彼女にも話が通っているものかと思ったのだが……。
「一応、マーカスからの紹介状も預かっている」
こんな時のために、マーカスには紹介状を書いてもらっている。
シダ製の紙には私の安全性を示す文章と、私にやってもらう予定のことが丁寧に書き込まれており、“不蝕”による保護もかけられているので破損や劣化することはない。
本来は私の骸骨な姿を見て取り乱すことがないように、という予防線のために書いてもらったのだが、まぁよくよく考えて見れば、本来の使い方はこういうものである。
「うーん……確かに、筆跡はマーカス叔父さんみたいだけど……」
エレンは手紙を両手に取って難しそうな顔で見つめているが、いまいち納得がいかないのか、悩んでいる様子。
ここで“結構です”とお断りされると私としてもショックというか困ってしまうので、手に汗を握る瞬間である。
しばらく紙とにらめっこしていたエレンだったが、不意に思い出したように私の顔を見上げ、苦笑いを浮かべた。
「ああ、ごめんなさい。とりあえず中に入って? マーカスさんの紹介だったら、きっとちゃんとした人だろうし」
「うむ。お邪魔させてもらうよ」
まだ何か釈然としない様子らしかったが、私はエレンに促されるがままに家の中へと踏み込んでいった。
内装はシンプルで、調度品も普通のものばかり。
一応彼女も魔法使いのはずなのだが、魔法関係の品はびっくりするほど少なく、普通の民家と言われても信じてしまえるほどだった。
「お茶お茶、お茶いれなきゃ」
「ミャァー」
「タレース、火を使うからどいてどいて」
「ミャミャァ」
湯を沸かすだけのちょっとした火を熾すにも、細い薪を使って普通に行っている。
マーカスも使い魔として猫を飼っていたけれども、ストーブの近くにいるあのふてぶてしい猫も使い魔なのだろうか。
魔法使いっぽいような、魔法使いっぽくないような。よくわからない子だ。
「はい、お茶どうぞー♪」
そんなこんなで、様子を伺っているうちにお茶が出てきた。
オーレウスの家系特有の癒やされるおもてなしである。ありがたいことだ。
「どうもどうも。あ、マスクを外すとちょっと不気味な顔が出てくるけど、驚かないでね」
「そういえば、叔父さんからの手紙に書いてあったわね、“すごい顔してる”って。どんな顔なのかしら?」
二人分のお茶をテーブルに置き終えると、エレンは私の向かい側に座って、どこかわくわくしているような顔でこちらを見つめてきた。
両手で頬杖をつき、にまにまと私がマスクを外す瞬間を心待ちにしているらしい。
……確かにすごい顔をしているという自覚はあるけど、多分、そう楽しめるようなものではないと思うのだが……。
彼女が何を期待しているのか知らないが、さて、私の顔はどのように映るのだろう。
「ばぁ」
「ぎゃふ!?」
ちょっとした出来心でサッとマスクを外して素顔を晒すと、エレンの顔は驚きのあまり頬杖からずり落ちて、テーブルの上に落下した。
「いたぁい……」
「ははは」
鼻を抑えて涙目になる彼女を、私は骸骨の顔でケタケタと笑った。
エレン・ふわふわ頭・オーレウス。
明るくて、優しくて、なかなか面白い子だ。