東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔都パンデモニウムは、もはや魔界にとって無くてはならない魔界都市である。

 

 ここは悪魔たちの拠点であり、故郷であり、あこがれの都市だ。

 魔界中の魔人や魔族や悪魔がこのパンデモニウムを、間接的にであれ利用しているのだ。

 魔都を蔑ろにすることはできない。仮に私や神綺のいる大渓谷の塒が蔑ろにされたとしても、魔都だけは軽々しく扱ってはならないだろう。

 

 故に、魔都を移設するにあたっては、移設先が中途半端な場所では許されないのである。

 

 しかし、であるならば魔都はどこへ移設すれば良いのだろうか。

 魔界の中心は大渓谷や古代森林によって埋め尽くされているし、その周辺には意外と都市が少ない。

 かといって魔界の各都市の近くに絞ってみても、あっちに近づければそっちが遠ざかってしまい、なんだか一部の都市を贔屓するような形になってしまう。

 

 さて、これは困った。魔都は一体どこに移設すれば良いのだろう。

 そう悩んで魔界の空を見上げた時、答えは出た。

 

「そうか。空中に移設すれば良いんだ」

 

 

 

 というわけで、魔都パンデモニウムの移設が完了した。

 神綺の協力もあり、準備期間の3日だけで全てが済んでしまったのだから、実に楽な作業である。

 

「おー、よしよし。設計通りに航行してるな」

「わー」

 

 魔都は巨大な浮遊大陸として、魔界の空を彷徨ってもらうことにしました。

 そう、これは浮遊大氷土など空中建築物と同じ技術を利用して、魔界の空を漂わせているのだ。

 大陸そのものを移動させてしまえば、どこかが遠いだとか近いだとかいう心配もない。魔界の各地(の上空)を勝手に動くのだから、魔都に用がある人は近づいてきた時に上陸すれば良いし、魔都在住の人々もまた同じである。

 

「結構大きい大陸になりましたねー。氷土の次くらいのサイズになるんでしょうか?」

「うむ、だいたいそのくらいだろうね。さすがは魔都だ」

 

 魔都の規模は非常に大きいので、必然的に大陸も大きくなってしまった。

 余剰分の陸地もあるので、まぁ仕方ないといえば仕方ないのだが。

 

 ちなみに移設する作業を行った直後の魔都の様子は、それはもう凄まじいもので、まさに大混乱という言葉が相応しかった。

 前もって看板を立てて移設の宣言はしておいたはずだけど、やはり大きな動きは心していてもそれなりの動揺を誘うのかもしれない。

 まぁ、騒ぎの収拾に当たった小悪魔ちゃんは結構楽しそうだったし、良しとしようか。

 

 

 

 

 空を旅する大いなる魔都。

 そこに飛び乗ろうと空を飛ぶ魔人や悪魔たち。

 私は魔界のそんなほのぼのとした景観を眺めながら、今日ものんきに酒造りに励んでいた。

 

 地上でやれなくもないことであるが、敷地やテクノロジーなどを一切気にしなくてもいいので、魔界での酒造はとても楽ちんである。

 もはや米とすら呼べない超古代米を使った日本酒や、超古代麦を使ったビール。

 また微生物を休止状態にさせたまま長期間洗練させたワインのような謎の酒など。

 ほとんどは神綺と一緒に楽しむためのものに過ぎなかったのだが、人間たちがまともに出現し始めているとなれば、酒作りにも精が出る。

 特にビールに関してはそこそこ思い入れもあるので、納得のいく品を完成させたいところだが……。

 

『ライオネル、客人が来たぞ』

「うん?」

 

 何かと忙しい最近は、こうした単純作業も長く続かない。

 

 

 

 サリエルに呼び出されるがままに現地へ瞬間移動すると、そこには一人の老人が立っていた。

 焦げ茶色のローブ。整えた銀髪。厚ぼったい眼鏡。そして綺麗に生えそろったふわふわな口ひげ。

 

 流木の杖を手にしたその姿は、間違いない。

 いや、まさか本当に彼だとは思わなかったのだが。

 

「マーカス。魔界に来ていたのか」

「来ちゃいかんか?」

 

 いや、駄目とは言わないけれども。

 

「初めて魔界に来たが……ドルアスの言っていた通りの場所だの。赤い空、平らな地平……」

「おお、そうか。マーカスは初めてだったか」

 

 マーカス・バオアー・オーレウス。

 彼は地上の魔法使いであり、オーレウスの子孫に当たる人物だ。

 そして私の知る限り、魔界にいる悪魔や魔人以上に魔法に精通している立派な魔法使いでもある。

 

 しかし、地上から自発的に魔界への扉を開いてやって来たのは実質ほとんどが神族だけであったので、多少の神族的性質を持つとはいえ、人間であるマーカスがやってこれたことにはちょっと驚いた。

 私が最初に魔界へ帰還した時には神骨の杖の助力もあったので簡単だったが、まさかそれもなしに、神の力無しに移動を成し遂げるとは。

 さすがはオーレウスの子孫といったところか。

 

 ……あれ、よく見たらマーカスの腕に猫が抱かされている。

 

「ああ、こいつはワシの相棒じゃ。ドルアスや悪魔との契約も良かったんじゃが、自前で使い魔を用意する方が安く済むからの」

「なるほど……」

「にゃ」

 

 眷属化、というほどではないが、それなりに意思疎通はできるようだ。

 確かにマーカスの言う通り、この猫ならば多少のおつかいくらいはこなせるだろう。

 

 ……うむ。悪魔を喚び出すよりもかなり安上がりな方法だ。

 とても優れた技術ではあるが、これからは商売敵になりそうなシステムである。

 

「ところで……マーカスは魔界の観光に? 私も色々と名所を調べていたから、案内はできるけど……」

「ああ、それには及ばんよ。魔界にはもちろん興味はあるんじゃが……」

「うん?」

 

 どういうことだろう。

 マーカスはどこか言い辛そうにしているが……。

 

「実は折り入って、ライオネル。お前に頼みたいことがあっての」

「頼み。猫の世話とか……」

「いいや猫ではなくてだな」

 

 一つの咳払いを挟み、マーカスの細い目が私を真摯に見つめる。

 

「ちょいと、姪の手助けをしてやってほしいんじゃ」

「……姪?」

 

 なんと。姪なんていたのか。

 いや、そういえば以前もマーカスは兄弟がいると言っていたな。別に不思議なことでもないか。

 オーレウスは魔法使いの一族なのだから。

 

「ああ。愚弟の一人娘でな。彼女はエレン・ふわふわ頭・オーレウスというのだが……」

「え? なんて?」

「エレン・ふわふわ頭・オーレウスじゃ」

「ごめんもう一度」

 

 おかしいな。私の耳にまた砂とか土でも詰まっているのか。

 

「……エレン・ふわふわ頭・オーレウス。彼女を探し、手助けしてやってもらえんか」

 

 ……真剣な話だというのはわかる。

 マーカスの態度からも、声色からもそれは伝わる。

 

 しかし、なんだろう。その名前は。

 

 エレン・ふわふわ頭・オーレウス……。

 

 いや……うん、別に良いんだけどさ……うん。

 

 

 


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