東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

211 / 625


 

 悪魔達が作り上げた無数の書物。

 それらは主に著者である悪魔自身についてまとめたものであり、いわゆる自伝の形式をとっているものが多い。

 

 悪魔達の間で広まり、今や魔都中で白熱しているブーム。

 それこそが、この製本であった。

 

 

 

 彼らが書物を書き、広める理由は様々だ。

 

 悪魔として自身の能力や逸話を喧伝するための自伝。

 悪魔として自身の魔法的能力を売り込むための魔導書。

 悪魔として、悪魔として……。

 彼らが本を作る目的。それはおよそ、自身の悪魔としての格を高めることにこそあると言っても良いだろう。

 

 悪魔は召喚されることによって外界へ移動し、そこで娑婆の空気を満喫できる。

 また何度も召喚される悪魔は“有能”であるとされ、位階的にもどんどん上へと昇ってゆける。

 地上であれ、魔界であれ、召喚されて魔都を出るということは悪魔にとって名誉であり、彼らの娯楽の一種なのである。

 位階が高いほどに魔都での暮らしは快適になるし、地上では使役されるものの、魔都にはない楽しみが待っている。あるいは、契約者をなんとか騙して野良の悪魔として生きることも可能かもしれない。

 

 が、それらは全て“召喚されれば”の話。自分が召喚されないことにはお話にならない。

 そのため、悪魔たちが考案したのが自らを売り込むための本だった。

 自慢話、武勇伝、俺様伝説。言い方を変えれば“うわぁ”となるような書物も非っっっ常に多いが、その悪魔の力を借りたい人間にとっては、その書物はなかなか貴重な“説明書”となるだろう。

 実際、今現在地上で働いている悪魔の中には、こうした妖魔本の手引によって繰り返し召喚されている者も少なくない。

 

 特定の悪魔を指定しない偶発的なゲートによって地上に出られるチャンスは、とても少ない。また、与えられる役目も安定しない。

 そんな呼び出しをされるくらいならば……と広められたのが、この書物達なわけである。

 

 

 

「“足の一駆けで百里を渡り、爪の一掻きで山を崩す”……はっはっは! 酷い書物だな!」

「ははは、面白いだろう」

「創作としては悪くない! いやぁ、荒唐無稽だが、なかなか悪くない!」

 

 そんな妖魔本の数々をクベーラに見せたところ、大笑いをいただけた。

 哀れ悪魔達。彼らは自らを大きく見せようと大言壮語が過ぎたばかりに、高位の神族達から嘲笑を戴いてしまったようだ。

 しかもそれが“創作として”とか、ちょっと変わった受け止め方をされているところがまた悲しい。クベーラにとって、あくまでこれらの書物は“ファンタジー”扱いのようである。

 

「ふむ、まぁ中には邪な意図でもって作られた書物もあるようだが……無秩序な魔族と比べ、悪魔は特に害もない」

「ほう。悪魔と対立したことが?」

「もちろんある。が、我々が組織であるのに対し、悪魔は基本的に単体だ。個々の能力はあっても、さほど警戒すべきものではない」

「なるほど」

 

 かつて魔族は神族達を脅かす存在だったが、その大部分が悪魔として魔界で管理されて以降、“魔族の群れ”のようなものは激減しているのだという。

 昔はその数の暴力こそが最大の難敵であったらしいのだが、悪魔として七面倒な召喚を介さなければならなくなった以上、神族たちの住処を脅かすことも減ったようだ。

 

 絶滅したわけではないが、地上に大きな災いを呼び込む存在ではなくなった。

 予定通りである。

 

「良し。本は出来る限り戴いておこう。魔界と言えば悪魔だからな、それなりの価値があるだろう」

「おお、ありがとうクベーラ。しかし、あの書物はそこそこ高いよ?」

 

 なにせ、魔都の市場では散々に吹っかけられた品々だからね。

 悪魔どもめ。奴らは商売が上手いというか、意地汚いのだ。

 

「うむ、問題はない。こちらの方も、今回は様々な品を大量に用意しているからな!」

「おおー! 見せてもらっても?」

「もちろんだとも! 長年にわたって集めた秘宝の数々、とくと見るが良い!」

 

 およそ500万年ぶりとなる神族との商取引。

 はてさて、向こうは一体どんなものを用意しているのだろうか。

 

 

 

 ログハウスの二階には、空きスペースが用意されている。

 元々クベーラからの品々は、こちらの大きなテーブルで検分する予定だったのだが……。

 

「うわあ」

「はっはっはっ!」

「すごいですねぇ」

 

 何十個もある大きなテーブルが、全て埋まってしまった。

 クベーラ側から用意された品の数々。それは驚くべきことに、私が用意した魔界の特産品をゆうに上回るほどの物量であった。

 クベーラが袋から取り出して、神綺がそれをテーブルに並べる。その作業でも一日以上かかってしまったのではないだろうか。

 

 ……なんか、魔界が品薄みたいな感じがして悔しい。

 けど面白い。

 

「これまた……随分と貯めこんだね」

 

 木彫りのタツノオトシゴの置物を手に取り、テーブルの向こう側でふんぞり返るクベーラに言う。

 彼は私が驚く様を見て満足しているのか、いつになく迫力ある笑顔を浮かべていた。

 

「うむうむ。伊達に俺も長くやっておらんのでな。取引は増して、財は増える一方だ。魔界からの品が底をついた時には焦りもしたが、こうして再び機会を設けられたこと、嬉しく思うぞ」

「まぁ、それはこっちも同感だ。長い時間を開けて申し訳ない」

 

 クベーラからの品は、多種多様。

 作った者が神族であるだけに、その品質や豪華さは魔界のそれの比ではない。

 

 ……あっ。このアクセサリー、大昔に私が作った奴だ。こんな所にあったのか。懐かしい。

 

「そういえば、何故こんなにも時間が空いた? 神綺に訊ねても、お前が留守にしている理由を教えてくれなんだ」

「言う必要無いもの」

「あー……まぁ、旅行に行ってたんだ。旅行」

 

 おお、なんだこれ。

 月の魔力で出来たフラフープ?

 軽いのは良いけど意味がわからない。何に使うんだこれ。何かの習作?

 

「旅行とはどこへ? 俺も常に旅を続けているが、お前の足跡などどこにも見つからなかったのだが……」

「あー、ちょっとカノープスとか、そっちの方」

「? ふうむ、知らぬ地名だ。なるほど、まだ俺も知らぬ土地があったか」

 

 あ、わかった。これ多分航行用の動力源だな。

 この魔力の輪を一気に分解して高圧魔力を生成し、異界に突入して距離を稼ぐ。サイズと潜在魔力量的にも、光年単位は厳しいだろうが、様々な場面で億キロ単位の移動はできるかもしれない。

 

「ライオネル、気に入ったものはありましたか?」

「おー」

「はっはっは! 夢中だな! まぁじっくり見るが良いだろう!」

「おー」

 

 でもなんでこれ輪っかなんだろう。

 他の動力源にしたって、球体で良くない?

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。