東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 そんな感じで、約束の日はあっという間に訪れた。

 クベーラが膨大な収束魔力による転移を行い、魔界へとやってきたのである。

 

「おお? 久しいな、ライオネル! あまり変わらんな!」

「やあクベーラ、久しぶり。そっちは……結構変わったね」

 

 クベーラの服装がちょっと変わっていた。

 前もそこそこシンプルな装いではあったはずだが、今回現れた彼の姿は、なんというかもう薄着とかそのくらいの次元であろう。

 ものっそい長い羽衣を巻いたような、そんな風体といえばわかりやすいだろうか。時代も時代だが、なんとなくインド辺りにいてもおかしく無さそうな格好になっていた。

 時も流れれば、神族の格好も変わるものである。

 

「久しぶりね」

「おお神綺よ、来てくれたか。ライオネルがいるということは、取引も問題ないのだろう?」

「ええ、既に用意してあるから、存分に見ていってもらいたいわ」

「うむ、楽しみだ!」

 

 相変わらずどこか気迫のこもった笑みを浮かべ、クベーラが頷く。

 しかし彼の意気込みと同じかそれ以上に、私達だって入念な準備を進めてきた。

 魔界は既に、外界との交易を万全に整えているのである。

 

「それじゃあ早速、クベーラ。こっちの列車に乗り込んで」

「おお? なんだこれは。見慣れぬ乗り物であるが」

 

 私が腕を差し向けて示すと、クベーラは言われてからようやく、そちらに鎮座していた巨大なものを視認した。

 

 彼のすぐ側にあったものは、いわば大きなSLとも呼ぶべき乗り物だ。

 蒸気ではなく魔力で動く上、線路がなくとも平地であれば快適に走行してくれる。いわば、魔界観光列車である。

 クベーラがいつも現れる法界付近の跡地は距離的にもかなり遠いので、せっかくなので作った乗り物なのだが、これが無くとも原初の力で転移はできるので、全く必要性はない。

 しかし魔界全体の文明としても、そろそろ都市と都市を繋ぐ列車が現れても不便はないだろうと思ったので、せっかくなので一週間くらいかけて作ったのだった。

 魔界の未開拓地のほとんどは石の平地なので、そういうところは交通に便利である。

 

「では、しゅっぱーつ」

「おー」

 

 そんなこんなで、魔力列車は発進した。

 目的地はいつものログハウスである。

 

 

 

 

「これはこれは、なんとも……」

 

 いつもクベーラとの商談に使っていたログハウスへ案内すると、彼は顎髭を擦って唸りを上げた。

 ログハウス一階を占める最も広いロビーには、数多の品々が山と積まれ、クベーラを威圧するかのように聳えている。

 どれもこれも魔界の各都市から取り寄せた工芸品、逸品ばかりであり、少なくとも地上の人間たちが生み出す未熟な土器、陶器や呪物とは一線を画す品揃えと言えた。

 

「おお、おお……」

 

 その品々を見やすいように彼の前に差し出すのは、魔都から雇った十数人にも及ぶ悪魔たちである。彼らは神族や外界からやってきた者達との商談に応じ、このログハウスの商品を交換する権利を有している。計算高く利益を最優先に考えて取引に応じるところは、さすがは悪魔といったところ。

 クベーラに限って偏見はないだろうが、一応神族たちを相手に商売することを前提としているので、悪魔たちの外見は一応人間っぽいものを中心に選抜している。とはいえ、角や翼程度は勘弁して欲しいものだが。

 

「どうやら、クベーラの他にもちょくちょく神族らが訪れるらしくてね。複数の商談に応対しなくちゃいけなくなったから、こういう施設に改装してみたんだよ」

「様変わりし過ぎで驚いたぞ」

「いやぁ、張り切って作ってしまったよ」

「ふふふ、楽しかったですね」

 

 こういう会社みたいな組織を構築していくのは、なかなか面白いものであった。

 人間だった頃は同じような組織で働いていたものだが、こうして経営側に回ってみるのも悪くはない。

 

「「「いらっしゃいませ、クベーラ様」」」

「おお」

 

 クベーラが玄関口からある程度の距離まで歩いてゆくと、悪魔の従業員たちが一斉にマニュアル通りのご挨拶を述べる。

 よく訓練された息のあったお出迎えに少しはびっくりするかと思ったが、意外とそういうところには物怖じしない。クベーラは自身の派閥の中では結構高い位置にいるらしいので、そういうところも関わっているのだろうか。

 

「ほうほう、これまた良い品々が……む、この名札は……産地か?」

「いかにも。魔界各所に存在する魔人たちの住む都市だよ」

「魔人の都市? ほう……平凡な物も多いが、なるほど。特色はあるな」

「都市によって発展の歴史も速度も違うからね。まぁ、色々見て楽しんでもらいたい」

 

 魔界都市ごとに分けた特産品たちは、どうやらクベーラの御眼鏡にかなったらしい。

 中には歯牙にもかけられずにスルーされる物もあるが、相手は結構高い技術を持つ神族だ。そんな反応をされるのもまぁ仕方ないことである。

 しかし元クロワリアで作られた茶碗であったりだとか、少し思い入れのある場所で作られた品が“ふーん”と流されるのは、ちょっぴり悲しかった。仕方ないんだけどさ。

 

「……むっ」

「おお、気付いたかい」

「そりゃあ、な」

 

 魔界都市からかき集めたいくつもの商品の小山を通り過ぎて、クベーラはある一点を前にして足を止めた。

 

「明らかに、他と比肩できぬほどの力をこの一角から感じるのだ。俺でなくとも、顔をしかめるだろうさ」

「お目が高いねクベーラ。今、魔界でイチオシの商品だよ」

「……これらが、か。俺の目には、禍々しく映っているがな」

 

 ログハウスの奥側に設けられたコーナーは、魔都専用の商品スペースである。

 魔都から寄せ集めた膨大な数の特産品……“書物”の山が、そこにちょっとした妖気の壁を作っていた。

 

 クベーラの目が魔都のコーナーの本に向けられ、店員役の悪魔たちもニヤリとほくそ笑む。

 

「この書物達は、魔界に棲まう悪魔たちが記した妖魔本。あるいは自伝。あるいは物語。あるいは魔導書……」

「……嫌な気配ばかりを感じるのだが?」

「そういう“仕掛け”もあるからね。悪魔たちは常に、読者を介して利を得ようと、本の向こう側で手招きしているのさ」

「罠ではないのか」

「罠とも言える。しかし、表紙が持ちかける“取引”とも言えるだろうね」

「……悪魔、か」

 

 クベーラは悪魔を知っている。

 外界においても悪魔の召喚は行われており、人間だけでなくいくつかの神族だって悪魔の召喚を行うほどなのだ。

 彼は天界在住だろうけど、だからといって悪魔と無縁ではないだろうし、かかわらずに長い間生きて行けるとも思えない。

 少なくとも、最低でも彼らの活躍や性質を耳にしたことくらいはあるはずだ。

 

「悪魔は本と共に知恵や楽しさを提供してくれる。しかし、同時に分け前や報酬を要求するだろう」

「いくつかの本には錠のようなものが掛けられているからな。それはわかる。……だが、扱いにくそうな商品だなぁ」

「でも魅力的でしょ」

「もちろんだとも。そもそも書物自体、滅多に見られぬものだからな」

 

 悪魔の一人が記した“盛りに盛った自らの英雄譚”を手に取り、クベーラはどこか嬉しそうに微笑んだ。

 

 


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