東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「ただいま、神綺」

「おかえりなさい、ライオネル」

 

 私がしばらく旅を楽しんで魔界へ帰宅すると、いつものように神綺がお出迎えしてくれた。

 

「八百年くらい前にクベーラが来てましたよ」

「え、本当に」

「はい。すぐに帰っちゃいましたけど、ライオネルとの次の待ち合わせを望んでいましたね。そうでなければ取引が出来ないので」

「ほー」

 

 どうやら私の不在に、クベーラが訪ねてきたらしい。

 そして私が地球に戻っているというわけで、次に会う機会を持ちたいとのこと。

 

 しばらく彼の顔を見ていなかったので、なんだか楽しみだ。

 

「次の機会には是非会いたいな」

「でしたら、あと百二十年後の新月ですね」

「おー、了解了解。じゃあそろそろ準備しないとまずいか」

 

 なるほど、クベーラが来るとなれば商品を用意しなくてはなるまい。

 久々に天界神族たちの工芸品を蒐集できる良い機会だ。

 同時に魔界の特産品を差し出して、観光地をアピールもできる。人間たちも現れた今、このチャンスを逃す手は無いだろう。

 

「よし! ならば魔界の各都市から伝統の品々を集めるとしよう!」

「わー」

 

 魔界の都市数は膨大だ。そこから特色ある品を集めるとなれば、かなりの時間がかかってしまうだろう。

 市場調査や交渉の時間も考慮すれば、百年以上とはいえ油断はできぬ。

 

 私達はすぐさま行動を開始して、ひとまず魔界の中央部から攻めていくことにした。

 

 

 

 

 魔界の都市は、現在の紀元前縄文世界とは違い、非常に文明のレベルが高い。

 車輪、冶金、土木技術。既に様々なものが発達し、発明され、立派な発展を遂げている。

 

 なるほど、ここまで様々な文明都市があるとなれば、この世界を旅するのはさぞ楽しいことだろう。魔界を旅したがる人の気持ちがよくわかるというものだ。

 

「魔神様だ」

「おお、神綺様だー」

「神綺様ー」

 

 魔界の都市を神綺と一緒に訪れてみると、その度に魔人たちは笑顔で駆け寄ってくる。

 どうやら神綺の顔は広いようで、だいたいどのような場所に出てみても好意的な歓迎を受けた。

 人受けしない素顔の私を隣に伴っていても、おそらくは悪魔の付き人か何かと思われているのだろう。大した諍いもなく、速やかに交渉事を進められている。

 

「魔神様、離れた場所に山地を作ってはいただけないでしょうか!」

「神綺様ー! 採れたての野菜がありましてー!」

「しんきさまー! 歩いてきましたー! しんきさまー!」

 

 が、基本的には神綺が中心である。

 ちやほやされるのも、食べ物を振る舞われるのも、だいたいは神綺に向けたもの。

 

 当然だ。私はあまり魔界都市を訪れていないし、訪れたとしてもそこに魔法が根ざしているかどうかの調査や確認しかしていないのだから。

 

「あらあら、こんなに貰っちゃって悪いわねぇ。それじゃあお返しに、山でも作ってあげないといけないわ」

「おおー!」

 

 さすがは神綺様。神望が篤いや。

 

 これで五都市目。彼女がちょっと訪れるだけで勝手に特産品が集まってくるので、私はとっても暇である。

 

「……それじゃあ神綺、私は特産品をログハウスに運び入れるから……」

「あ、はーい。お願いしまーす」

 

 こうして運搬役と受け取り役を分担し、着々と品は集められていった。

 

 

 

 

「やあ小悪魔ちゃん、久しぶり」

「あ、ライオネルさん。お久しぶりです!」

 

 魔人の住まう都市は、もうほとんどが神綺の領域だ。私が行ってもなんだか暇で暇でしょうがない。

 なので私は、せめて自分の顔がききそうな魔都を訪れることにしたのであった。

 

 ここでなら私も活躍できそうだしね!

 

「起きてるなんて、珍しいね。以前はしょっちゅう寝ているって話を聞いていたけど」

「はい。近頃は外界からの呼び出しも多いので、あまり暇をしないんですよ」

 

 紅魔館で務める小悪魔ちゃんは、どうやら仕事が充実しているらしい。

 魔法書物もそこそこ積まれており、ある程度は事務仕事に追われているようであった。

 そこにはやはり、人間たちの出現も大きく関係しているのだろう。私が地上を見て回った限り、一部の文明では悪魔召喚を試した痕跡が見られたのだから。

 

 もちろん悪魔も、ただ使われるだけではない。

 彼らには叛意があるのだ。

 あの手この手で召喚者をだまくらかして、地上での自由を勝ち取ろうと悪知恵を働かせているに違いない。

 “契約の呪い”にはいくつかの逃げ道があるし、そこを突けばかつての地上の魔族と同じような生活に返り咲くことも不可能ではないのである。

 悪魔召喚は自由であるが、未熟な契約者は悪魔を御しきれないことも多いだろう。

 

「地上に未帰還の悪魔は多いかな?」

「あ、はい。地上にて契約を遂行中の悪魔は多いですが……」

「ふむ……契約の変更によって、長く地上に滞在している悪魔はどれくらいになるだろう」

「それだと多少は絞れますね。大体、百程になると思いますよ」

「ほー」

 

 神族か、人間か。

 どうやら既に地上においては、知恵比べに勝利した悪魔たちもそこそこの数だけいるようだ。

 契約者を逆に従わせ、言いくるめ、地上における恒久的な活動権を得た賢い悪魔たち。

 さすがは元魔族である。いくらか代替わりはしているだろうが、ずる賢い面も健在なようである。

 

「……悪魔の契約権って、商品になるかな……?」

「はい?」

「いや、なんでもない」

 

 期間限定の悪魔達の利用サービスをクベーラとの交渉に使えないかとも思ったが、それはちょっと悪魔たちにも悪いかもしれん。

 中には神族達に取り入ろうと考える者もいるかもしれないが、わざわざ厄介事になりそうな種を土産にすることもないだろう。

 これは廃案、と。では、一体どのようなものであれば魔都の特産品になり得るだろうか。

 

「小悪魔ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるのだが」

「なんでしょう?」

「この魔都の特産品といえば、何があるだろうか」

「えー……なんでしょうね?」

 

 まぁ、普通はわからないか。魔都は他の魔界都市からは離れてるし、その性質から交流もほとんどない。

 あまり外に出る機会のない小悪魔ちゃんからしてみれば、特産と言われてもピンとこないだろう。

 

「うーん……魔都で作られるもので、貰ったら嬉しいなっていうものがあればいいんだけど……」

「あ、それでしたらありますよ! 私も今、ほしいものが結構あったりするんです」

「えっ、本当?」

「はい! 今魔都のあちこちで作られてるものなんですけどねー……あ、見てもらったほうが早いですね。私、いくつか持ってるんですよー」

「ほうほう!」

 

 そう言うと、小悪魔ちゃんはパタパタと翼を動かしながら、別室の方へと小走りしてゆく。

 

 私のいない間に、どうやら魔都では見知らぬものがブームになっているようだ。

 

 それは果たして、どのような品なのであろうか。

 魔都の技術力は尖った部分もあるので、ちょっと楽しみである。

 

 

 


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