東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 宇宙旅行は駄目だ。話のネタがない。

 というわけで、私は地球上の各地を旅することにした。

 

 時間というものは、大抵の場合逆戻りすることはない。

 私は長い時間を歩いてきたが、それでもいつか必ず、未来はすぐ傍にやってくるのだ。

 紀元前というこの残り僅かな時間はまだまだ残っているように思えるが、今なお狭まっているのである。

 

 今、日本は縄文時代。

 人間の歩みは不可逆だ。せっかくならば、今から見守っておくのも悪くはない。

 

「もしかしたら、日本の神様に会えるかもしれないしね」

 

 イザナギ、イザナミ、アマテラス。あとツクヨミとかスサノオなんてのもいたっけか。

 サリエルは日本の神様の……ヤゴコロとかいう無名なマイナー神様にベタ惚れだったから、日本の神様が実在しているのはまず間違いないだろう。

 ひょっとしたらそのヤゴコロさんと会えるかもわからんね。会えたら、サリエルへの良い土産話になりそうだ。

 

 

 

 既にこの時代では世界各地に人間が生息しているが、同時に神族も大勢いて、今なおその勢力は幅をきかせている。

 人間を従え、自らを信仰させ、一種の魔力を徴収しているのだろう。現代ではそういった穢れ対策がブームのようだ。

 信仰されることによって力を増すのも、元々がアマノであったことを思えば何ら不自然な流れではない。むしろ、よりアマノに近づいたと言えるだろう。

 

 かといって、彼らの内面までもがアマノのように慈悲深くなったというわけでもないらしい。

 神族の中には、まるで恐怖政治のように脅して信仰を強要している者も多い。

 人間に恵みを与え、敬われるようなタイプの神様はむしろ少ないくらいであろう。

 

 まぁ、明らかに原始的で力の弱い生物が相手なのだから、人間を軽んじるというのも自然な流れではあるのだが。

 まさか今こうして草植えたり槍投げてるようなひ弱なサルが、将来的に魔法瓶で空を飛ぶとは、神族たちは夢にも思わないだろう。侮る気持ちはよくわかる。私も五百万年前はそうだった。

 

「おー」

 

 そんな私は、今日本にいる。

 さて、人間に対してちょっと辛辣な、排他的神族の支配域によっこいせと踏み込んだわけであるが、しかし私が危惧していたほどの騒がしいことは起こらなかった。

 

 衛星軌道上から日本大陸に降り立ってみても、神族やら魔族やらが飛び出してくる気配はない。

 至って平穏で、長閑な自然が広がるばかりである。

 

「日本の神様も、寛容になったのだろうか」

 

 クベーラの話では、高天原は穢れを嫌う、かなり排他的な神族の集まりだと聞いている。それはこの日本にとっても同じであるはずなのだが……こうして見てみる限りでは、どうも魔法的な警戒はなされていない。

 

 よそ者を嫌うのであれば、日本全土に結界を巡らせ、防衛機構を整えるべきだ。

 または日本全体を異界に隔離するなり、警備のゴーレムを沿岸部と上空に配備するなり、やり方は色々あるだろう。

 

 ここまでノーガードだと……もしかして日本は、もう誰でもウェルカムな状態になったのだろうか?

 そこそこ年月も経っているし、きっとそんな感じだろう。そうであってほしい。

 

「ま、駄目って言われても諦めないけどね」

 

 仮に出てけと言われても、日本は私の故郷である。

 ようやく大陸移動も気を利かせて、日本らしい日本が出来たのだ。

 縄文時代も始まったのだし、たとえ日本の神族から妨害されようと、私は日本旅行を敢行してやるぞ。

 

 竪穴式住居と貝塚と縄文土器をじっくり見てやるのだ。

 

 

 

 そう意気込んで日本を歩いてみたが、これが思いの外地味である。

 歩けど歩けど、出会うのはエジプトらへんでも見かけたような原始的な人々ばかり。

 多少の耕作紛いや狩猟紛いの事はしているのだが、そこに私が求めていたような知性は感じられなかった。

 

 貝塚もどんなものかなーと思ってそっと見てみたけど、あれは見て楽しいものでもない。

 ひたすら強烈な腐臭が漂い不快害虫が蠢くばかりの、とんでもなく劣悪なオブジェでしかなかった。貝だけで作られた素敵な小山を想像していた私が馬鹿だったと言っても良い。

 

 なんというか、当然なのではあるが、すごく不衛生だった。

 ……魔界のそこそこ進んだ文明を先に見ていなければ、私もちょっとは感動できたのかもしれないが……こればかりはもう、順番が悪かったとしか言いようが無い。

 

 

 

「あーあ……まだ魔法を覚えるっていう感じでもないしなぁ……」

 

 狩猟と採集に夢中な今の日本人には、どうも魔法を扱える未来が見えてこない。

 下手したら弥生時代に入っても望みが薄いかもわからん。大和が出来てから考えるようにするべきだろうか。

 

 古き日本の景色は起伏に富み、牧歌的で、実に美しい。

 しかしこの険しい自然が切り拓かれるまでは、まだまだ時間がかかるだろう。

 

 ……まぁ、その時間を楽しむのもまた、これからの楽しみではあるんだけど……。

 

「うん? 魔力だ」

 

 私が茅葺きの粗末な小屋を“望遠”で遠目に眺めていると、風に乗って、一抹の面白い魔力が紛れ込んできたようだ。

 属性でも星々でもない。もう少し濃密な、人為的な魔力である。

 

「ふむ……“鋭敏な揺れ火”」

 

 私は特にすることもなかったので、魔力の出処を調べる魔法を唱え、えっちらおっちらと歩き始めた。

 

 

 

 森を歩き、林を歩き、邪魔する枝葉を強引に突っ切り、斜面を登る。

 木々の真上を飛ぶなりすれば話は早いが、こうして徒歩で旅をすることもまた一つの醍醐味だ。

 それにせっかく全身に包帯を巻いた上で仮面までつけて変装しているのだから、行動のひとつひとつを素朴に統一したいという狙いもある。……どれほど効果があるかはわからないが。

 

「……おお?」

 

 そうしてわざわざ悪路を突き進んでゆくと、私は変わったものに遭遇した。

 

 

 

 森を抜けた先にあったもの。

 それは、あまりにも巨大な岩であった。

 

「ほー、これまた見事な」

 

 そこにあったのは、まるで岩盤を砕いて大地に突き立てたかのような、とても巨大な岩である。

 端から端までは、百メートルほどはあるだろうか。接地面積が少ないことから、まるごとひとつの大岩であることは間違いない。

 

 しかし、岩は奇妙なもので、一体どこから湧き出したのかと思ってしまうほどに、風景に溶け込んでいない。岩の持つ色合いが、辺りのものと全く馴染んでいないのだ。

 その上、この謎の大岩は魔力を帯びているようで、それが反発力を生んでいるのだろう。岩は少しも苔むしている様子が見られない。

 

 この手の魔力的保護は何者かが破壊しようと思えば容易であるが、逆に誰も手を出さなければ、あと数千万年はこのままの岩の状態を維持するだろう。

 

「……魔力的な呪いの保護かと思ったけど……いや、違うか? これは……ああ、神族の能力か何かか。相変わらず便利なものだ」

 

 一瞬そこそこ高度な保護の呪いかとも思ったが、どうも魔力の組成は適当で、魔法的ではない。おそらくは神族か魔族が施した能力の効果が持続しているのだろう。

 だとすると、この岩は一体何なのだろうか。

 岩を刳り抜いて家を作っているのであれば保護をかけていることも納得なのだが、そもそもこれは何故ここに……。

 

「ん?」

 

 私が切れ目の仮面の頬を掻きながら悩んでいると、視界の隅にちらつく“それ”と目があった。

 

『……!』

『!? !?』

 

 ぼんやりと横に首を向けてみると、そこにはいつの間にか、二人組の半透明な女性が立っている。

 何故音もなく、気配もなくここまで来れたのか。何故私に気付かれずにすぐ傍にいるのか。

 

 色々彼女らに言いたいことや聞きたいことはあったが、私はその全てを飲み込んだ。

 

「……貴女達、一体何してるの」

『……!』

 

 女二人組は、なんか片方の金髪の子が、もう一人の黒髪の子の目を手で覆い隠しているという、わりと真剣に意味がわからない状態で、私を見てびっくり仰天している。

 何を言っているのかわからないと思うが、私もよくわからない。なんでこの子たちはいきなり現れた上に目隠ししながらびっくりしてるんだ。

 さすがの私も、そんなよくわからない驚かれ方をされたのは五億年生きてて初めての体験だよ。

 

「あれ、よく見たらあの時の日本在住の子じゃないか」

『! ~!』

 

 しかし訳の分からない中にも少しは救いがあったらしい。謎の目隠しを今なお続けている女の子のうち、金髪の子の方には私も見覚えがあったのだ。

 彼女は確か、魔界のブックシェルフでも出会った半透明の子である。見た目が完全に外人なのに日本在住であることにはびっくりしたものだ。

 そんな彼女もまた私を見て思い出したようで、“あー!あの時の!”みたいな風に口を動かして喜んでいる。

 

 ……彼女はまた性懲りもなく、変な時空に紛れ込んでしまったようだ。

 

「そしてもう一人の方は、こっちは完全に日本人的だ」

『……?』

 

 理由は定かでないが、目隠しされている黒髪の子は、髪もつやつやした若い黒。

 こうして仲睦まじく不完全なタイムトリップをしているところを見るに、仲の良い友人か何かなのだろう。しかも今回は、どうやってかは知らないが、自ら時空を飛んできたように見える。

 

 そして相変わらず音だけは向こうに伝わらないようだったので、私は今回も魔法によってパネルを生み出し、彼女たちと筆談を交わすことに決めた。

 

「やれやれ……日本に来て最初にコミュニケーションを試みるのが、時空を超えた観光客になるとは」

 

 とはいえ、彼女たちにも興味がないわけではない。

 二人の女の子もどこかワクワク顔で私のパネルを待っているようだったので、私はせっせと魔法メッセージを作成した。

 

 


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