東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 時が流れ、魔界の各都市は発展した。

 しかしそれは科学という方向ではなく、魔法ヘ向かうような気配が強いだろうか。

 悪魔たちの住まう魔都が現れ、悪魔を召喚する召喚魔法が広まったことで、魔界全域において魔法が一般的になったのかもしれない。悪魔たちとの交流も、きっと無関係ではないはずだ。

 

 私は十数日だけ、魔人のルイズと一緒に徒歩の旅を楽しんだ。

 彼女はほんの数十分ほどのつもりで誘ったらしいのだが、まぁ十分も十数日も同じようなものである。

 

「旅は道連れなんて言っちゃったけど、あなたって随分と付き合いが良いのね?」

「そうだろうか」

「そうよ。ずーっと旅するなんて可笑しいって、私は皆から笑われてばかりだもの」

「ふーむ」

 

 気さくに話しながら、まったりのんびりと歩き続ける。

 たまには“浮遊”だとか“上弦飛行”だとかを使わず、こうしてスローペースで散策してみるのも悪くはないものだ。

 

 それ故か、私とルイズが短い間に旅した範囲はほんのわずかで、訪れた魔人達の集落もたった二つ分ほどである。

 しかしその二つの集落を見て、私は新鮮な驚きと発見をしたのだった。

 

 

 

 まず、魔人たちが魔法を扱っていること。これは地味ながら、私を大いに驚かせてくれた。

 使っている魔法は極々単純な発火であったり、触媒の力を借りた洗浄や水撒き程度ではあるものの、そのどれもが彼らの生活の中で自然に溶け込み、見事に調和していたのだ。

 

「水の触媒となる植物の栽培か。へえ、なるほど。確かにこれなら水源を引っ張ってくる必要もないな」

「でしょう? 簡単な材料さえあれば、水なんて簡単に作り出せるもの。ていうか、これって常識じゃない?」

「うーむ、私は属性魔法で滝を作ってなんとかしてたクチだからなぁ……」

「え?」

「いいや、なんでもない」

 

 魔法と生活の融合。それはかつての私が通ってきた道である。

 “劈開”や“樵の呪い”によって石材を確保したり、海洋生物由来の触媒を用いて擬似的な水魔法を取り扱ったり。あるいは硫黄化合物や炭を消費することで、魔法の炎を生み出したりなど。

 現代の魔人たちの生活からは、かつての私の……ほぼ五億年前の魔法黎明期を思い起こさせてくれた。

 

 が、少し違う。

 魔法の良し悪しではない。根本的に、彼らの必要とする魔法と、私の必要とする魔法は違っていた。

 

 そもそも私は衣食住を必要としていなかったし、その当時には植物なんて気の利いた万能素材も存在しなかった。

 生活魔法といえば聞こえはいいが、私が行っていたのは結局のところただ魔法の研究を進めるための下準備的なものでしかなく、およそ生物らしい“生活”に密接したものではない。

 少なくとも、運良くクレーターの中で発見できた隕石をごっそりと抱えて不眠不休で持ち歩いては、100km近く離れた火山に赴いてマグマの上で隕鉄をこねくり回して鉄器を作るような頑丈ミイラに、“生活”などという刹那的な美しい表現は似合わない。

 

 その点魔人たちは、非常に生物的だ。

 極々少量でも生命を維持できるとはいえ、一応は食事も取る。水も浴びる。怪我もするし、当然死にもする。

 有限の命を持つ彼らは、自らの生に有益な魔法を獲得する必要がある。

 私のように順不同で、適当に今必要な材料を手に入れるためにだとか、そんな気の長く効率の悪い習得方法を採用していないのだ。

 

 私が生活魔法だと思っていた魔法は、厳密には生活魔法ではない。

 実際に息づいた生活の中で生まれた魔人たちの魔法こそ、真に生活魔法と呼べるものである。

 私はそれに気付かされた。

 

 ……だがずっと昔、オーレウスが地上にいた頃にも、同じ生活魔法は使われていた。

 私は当時の魔法使いというその希少性から、オーレウスの扱う生活魔法を特別な魔法の体系であると考えていたが……魔界に広まっている生活魔法と近似性から、あれはなるべくしてなった、極々一般的な魔法文化発展の形だったのかもしれない。

 まぁ、もちろんオーレウス自身の発明の速度は、他とは比べられないほど早かったけども。

 

 

 

 そして驚きの二つ目は、わりとどこにでも悪魔がいることだろうか。

 見た目が生物的というか、混沌としているものが多いので、遭遇すればすぐにわかる。

 どうやら私が思っている以上に悪魔召喚は魔界内でも多用されているらしく、そこかしこで働いている悪魔の姿を見ることができた。

 

「ルイズは、悪魔についてどう思う?」

「どうって? 別に普通だけど?」

「……そうか」

 

 どうやら魔人達は悪魔を全く恐れていないらしい。

 大抵は魔族としての力を継承している彼らの方が、暴力的な意味では力量が上である。それでも隣人とふれあうようにして接するのだから、魔人達もなかなかよくわかっているというか。

 

 かといって、彼らも奴隷のように扱われているわけではないし、変にヘコヘコしているわけでもない。

 悪魔たちは契約によって召喚者の命令を忠実にこなすが、交わされた契約通りの事しか行わないし、事前に示された対価はしっかりと要求する。

 例えるならば、ものすごくドライな派遣社員といったところか。まぁ、実際その通りなのだが。

 私がナイル河で見たマーカスとドルアスのようなちょっと親密そうな家族らしい関係は、あくまで特殊な事例なのだろう。

 ……悪魔だけに……いや、なんでもない。

 

 

 

「それじゃあルイズ、私はここでお別れとさせてもらうよ」

 

 そうして旅を初めて十三日後の夕時、私はルイズとの同伴をやめ、別の場所へと赴くことにした。

 彼女との魔界探訪も面白いが、私も私で、色々と見てみたくなった場所が出来たのである。

 

「あら……そう、行くのね、ライオネル。なんだかちょっとだけ、寂しい気もするけど」

「なに、きっとまた……多分、いつか会えるだろうさ」

「……ふふ、私はこれからずっと、旅を続けていくのに?」

 

 ルイズは普段から崩さない笑顔の糸目を、この時だけは僅かに開いてくれた。

 宝石のような青い瞳が、夕日の中で紫色に輝いている。

 

「会えるとも。別れも一瞬なら、出会いだって同じ。一瞬のうちに訪れるものだ」

「ふふ、やっぱりライオネルって、ロマンチストなのね。私が言えたものじゃないけどさ」

 

 ルイズはまた会えるという私の言葉を信じていないのか、くすくすと口元を抑え、上品に笑う。

 

「……そう、私はロマンチストだとも。なにせ、魔法使いだからね」

「あはは、そう言えばそうだったわね? ……結局、旅の間はあなたが魔法を使うところ、一度も見られなかったけど」

「おおっと」

 

 なんと。スローペースな旅に感化されてしまったのだろうか。

 彼女に言われて初めて、この旅で一度も魔法を唱えていないことに気付かされた。

 

 ……ふぅーむ。こうまで言われると、お世辞や社交辞令ではなく、意地でも再会したくなってしまうな。

 

 ……よし。ならば貴女に見せてあげようではないか。

 

 偉大なる魔法使いの、この私が長年をかけて培ってきた、非生活魔法の真髄を。

 私が旅し、追いかけ続けてきた、今なお輝ける世界のロマンを。

 

「では、また会おう。旅する魔人ルイズ。きっと私は再び、この別れと同じように、前触れもなしに貴女の前に現れるだろう」

「え? それって――」

 

 指を弾き、乾いた音を鳴らす。

 

 そして……私はそこから消え去った。

 

 原初の力による瞬間移動でもない。

 光を曲げるトリックでもない。

 

 私の培った魔法の知識を総動員して、たった少しの時間だけでその場から一気に遠ざかり、彼女と別れてみせたのである。

 

 

 

「……消えちゃった。……ふふ、そう。あなた本当に魔法使いだったのね、ライオネル。疑っちゃってごめんなさい」

 

「……また今度会う時に、お詫びの焼き菓子でも作ってあげるわね」

 

 


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