東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私がいない間に魔界には数多くの都市ができ、それに負けないくらい滅んだり、廃れたりを繰り返した。

 

 魔法技術の発展の最中に不幸な事故に巻き込まれた、古き魔法都市……フォストリアも、もはやその面影はない。

 500万年という時の流れが、“魔法は忌まわしい”という考え方さえも、その根底にある人々の営みさえも、ゆっくりと風化させてしまったのだろう。

 

 訪れてみたはいいものの、神綺達の言っていた通り、フォストリアにはもう何も残っていなかった。

 荒れ果てた大地には草が生い茂り、樹木が栄え、微かな穢れから自然発生したのであろう、妖精らしき浮遊体が漂っている。

 かつての建造物の面影は、欠片もない。

 

「と、思ったら」

 

 そう、昔あったような面影はないのだが……フォストリアの近郊、少し離れてはいるものの、小さな村のようなものができているのを発見した。

 目についたのでサッと転移してみると、草を取り除いて移動しやすくしたのであろう、砂利道のようなものまで備わっていた。

 

 なるほど、ここはフォストリアというわけではなさそうだ。新たにできた、魔人たちの集落の一つなのであろう。

 

 平原にぽつんと存在する、寂れた村。

 しかしここにある広大な農地に実る作物達は、村を離れてどこか遠くの地へと運ばれてゆくのかもしれない。

 人の営みは、遠くまで繋がっているのだ。

 

「あら?」

 

 そんな風にのんびりとした気持ちで静かな農場を眺めていると、後ろの方から声がした。

 振り向くと、そこにはセーラー服のようないでたちの少女が立っている。

 

「わあ、怖い顔ね」

「……うむ。けど、怖いと思う人は大抵、この段階で物を投げたり、魔法を撃ってきたりするよ」

「そうなの? 物騒なのね」

 

 私のミイラな顔を見ても、ちょっとびっくりしたような顔を見せるだけで、ほとんど動じていないようだ。

 ここまで肝の据わった人は、これまで魔族、そして悪魔くらいのものだったのだが……彼女の見た目からは、そのような雰囲気や気配を感じられない。

 

「貴女は? そこの村の人かな?」

「いいえ、私は魔界の各地を旅して回っている、ただの魔人よ。出身は海沿いのクステイア。あなたは? ひょっとして、悪魔かしら?」

 

 ほう、旅。そして魔人だったか。これは意外である。

 

「私の名はライオネル・ブラックモア。通りすがりの、偉大なる魔法使いだよ」

「ふふ、自分で偉大って言っちゃうのね。でも、そっか。あなたも魔法使いなんだ」

 

 私が正直に名乗ると、彼女は糸目を更に細め、面白そうにくすくすと笑う。

 そして大きな白いつば広帽を抑えていた手を顔の前に寄せ……その手の中に、小さな赤い炎を灯らせて見せた。

 

「私の名前は、ルイズっていうの。旅は道連れ。魔法を使えるよしみとして、ちょっとだけ付き合っていただけるかしら?」

 

 

 

 

 鼻歌混じりに夕映えの田園風景の中を眺めるルイズは、楽しそうに私の前を歩いている。

 どうやら彼女は話し相手が欲しかったらしい。“少しで良いから一緒に歩いてくれない?”と頼まれたので、私はそれに“まぁ少しなら”と頷いたのだ。

 

 私に理解を示す魔人というのも珍しいし、魔法がしっかり扱える魔人というのはもっと珍しい。

 いや、私が留守にしていた間に様々なものが変わったのだろうけど、それでも彼女と共に歩くこの時間は、実に新鮮なものであった。

 

「こうして何年も、ずっと前から一人の旅を続けているの。色々な街に立ち寄ったし、色々な人に出会ったわ。魔人にも悪魔にもね。魔法もその時に教わったんだけど」

 

 砂利道の脇に伸びる背の高いすすきのような草の頭を撫でながら、ルイズは語る。

 

「私の出身はクステイア。海の見える綺麗な街だったわ。視界いっぱいに広がる大きな海。小さい頃は、それだけが私の世界の全てだった」

「小さい頃は?」

「ええ。けど……いつのことだったかしら。ちょっとした大冒険のつもりでね、その海岸に沿って、何日もかけて歩いてみたことがあったのよ。そうすれば、海に囲まれた私のいる世界を、一周できるんじゃないかなって」

 

 風が吹き、草を撫でる手を引っ込めて、ルイズは白い帽子を抑えた。

 

「一周、できたのかな?」

「んー、ええ。できたわ。意外とあっさりと、簡単にね。10年もかからなかったと思う」

 

 そう堪えるルイズの横顔は、どこか物憂げだ。

 

「……けどね、そうして一周した時、私は気づいてしまったの。私の周りに広がっていた海は、私のいた陸地に囲まれた……ただの大きな水たまりなんだ、って」

 

 水たまり。そう、その考え方は正しい。

 実際その“海”は海水と同じ成分に整えてはいたが、巨大な空洞の中に水を落とし込んだに過ぎない代物である。間近に見れば広大な海にも見えるかもしれないが、実際それは、ただの塩気のある池なのだ。

 

「この世界は、海に囲まれているわけじゃない。地続きで、どこまでも果てしなく続いているの。私はその果てまでを、この目に焼き付けていきたいのよ」

「……ルイズは、そのために魔界を旅しているんだね」

「ええ」

 

 朗らかに笑うルイズの金髪が、夕日に照らされて黄金に輝いている。

 未知なる世界を夢見る彼女は、小さなトランクを片手に歩き続け、きっといつか、魔界の果てまで踏破するに違いない。

 

 しかし、彼女はどう思うだろうか。

 

 この魔界の果てにあるものが、虚無でも、海の落ちる場所でもなく……ただ地面と同じ、無機質な石の壁が広がっている、その味気ない光景を。

 その果てを目にした時、この世界が巨大な石室であることを知った時、彼女は一体何を思うのだろうか。

 

 夢を見る魔人。それぞれの考えを持ち、各地に移り住む魔人。

 彼ら魔界の民は、魔法を得ても、精神的な自由を得ても、未だ魔界という籠の中から出る術を持たない。

 

 


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