東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 それからマーカスとは魔法談義に明け暮れた。

 彼はオーレウスに次ぐ、ほぼそれ以来初めてといっても過言ではない地上の魔法使いだ。私にとっては久しぶりに出会う高度な魔法使いなので、ついつい積りきった話も崩したくなってしまうのだ。

 というよりも、これこそが私がマーカスのもとを訊ねた主な理由でもある。

 

 マーカスもそれなりに長い間魔法の研究を続けているので、身につけた技術はなかなかのものであった。

 面白いところが、魔法の習熟過程が違うと魔法の完成形もかなり違うという事であろうか。

 

 私は月魔法から始まり、飽き飽きするほど多くの触媒魔法を経てから属性魔法の分野へゆっくりと推移していったので、“魔法で成し遂げたいこと”のほとんどは月魔法や触媒魔法だけでどうにかなっていた。

 そのため日常的な汎用性の高い魔法は、ほとんどを月魔法や星魔法に頼っており、属性魔法はかなり後々の応用部分でようやく日の目を見た経緯がある。

 つまり、日常生活をサポートするような細々とした属性魔法は、あまり本腰を入れて作っていなかったのだ。

 

 その点、最初から木属性魔法を集中的に伸ばし練り上げていったマーカスの魔法は、実に興味深い。

 私も長い時の中であらゆる魔法を体系化させたつもりになっていたが、マーカスの魔法を見てみると、それもひどい思い上がりだったのだということに気付かされる。

 木属性一つをとってみても、未だ私の思いつかないような使用法が存在していたのだ。

 

「なるほど、こんな部分も木属性で代用してしまうのか……」

「儂からしてみれば、事あるごとに月や星魔法を軽々使ってしまうお前さんの方が驚きじゃがな」

「いやいや、まぁそれはそれとして、この発想はなかった。マーカス、これは実に素晴らしい魔法だ」

「いやまあその、うむ……そうか?」

「そうだとも」

 

 当然、総合的な魔法の練度で見ればマーカスよりも私の方が圧倒的に上ではある。

 マーカスは私が語る魔法の理論や発展形を聞いて、何度も何度も唸っている。

 しかしマーカスが独自に発展させた魔法にも、部分によっては私の魔法の成果を超えるものが存在していたのも、間違いようのない事実。

 

 これが人の力である。

 人。いや、数……群の力というべきか。

 たとえ個人が五億年かけてもたどり着くことのできない領域でも、人の頭が少し増えるだけで、気付けなかった部分が明らかとなる。

 

 これからは、どんどん魔法使いが増えてゆくだろう。

 魔法使いが増え、そしてその数だけ独自の魔法が生まれ、それ以上に私を唸らせるのだ。

 マーカスが見せてくれた、新たな木属性魔法のように。

 

 私が人の時代の幕開けに望むのは、人類の歴史に望むのは、魔法だ。

 

 

 

 人よ、魔法を使うが良い。

 魔を求め、術を(ため)すが良い。

 

 月は震え、星は泣き、海はうねり、大地は響いている。

 魂の耳を世界に傾けよ。そこは魔力に満ちている。

 

 車輪も良い。鍛造も良い。蒸気機関も電気も良いだろう。

 だがこの世界は、科学の魔法だけが全てではないのだ。

 

 三色如きしか映らぬ世界に確かな真実などない。

 撓んだ水晶から見えるぼやけた遠景に存在理由など記されていない。

 

 

 

 人よ、どうか魔法の世界に足を踏み入れておくれ。

 やがて来る科学の未来を振りきって、どうか魔法の中に生きておくれ。

 

 この願いを、アマノがどう思うかはわからないが……これは五億年も生きた私の、心よりのわがままである。

 誰もが魔力を扱い、魔法を操り、互いに魔の深淵を求め合う……そんな世界が来て欲しい。

 

 

 

「ライオネル? どうしたんだ、ぼーっとして」

「ああ、うむ。なんでもない」

「そうか? まぁ、それはともかく。で、今の月魔法の話の続きなんじゃが……」

 

 ……紀元前五千年。

 人類が巨大な文明を興し、国を作り、地上生命の勢力図を大幅に侵略するのは……そう遠くない先の話である。

 

 


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