東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 マーカスについてゆけば、すぐに小さな草庵にたどり着いた。

 小さいと言ってもそれは私基準で、ちょっとした魔法の研究をするには充分な広さはあるのだが。

 

「まぁまぁ、とりあえず中へ」

「どうもどうも」

 

 庵の屋根は草葺きだったが、思いの外しっかりした造りである。元々この地方が乾いているということもあるだろうが、一見して雨漏りしていそうな気配はない。

 部屋は魔法の研究のための道具で満たされており、触媒魔法以外にも属性関連の品も多く見て取れた。

 手作りらしい鉄製の器具も豊富で、文明レベルの高さが感じられる。紀元前五千年前で鉄器ってどうなのよ。いや、もちろん私が一番言えたもんじゃないってことはわかってるけど。

 

「美味しい麦茶を淹れようかの。ああ……ところでライオネル。君は……飲めるのかね?」

「一応飲めるし、味わえもするよ。ただ受け皿が欲しいかな」

「なるほどな。ほっほっほ」

 

 私の顔を見てマーカスは面白そうに笑い、鍋をぐらぐらと煮始める。

 麦茶と言うとさっぱりしたイメージが先行するが、ここには冷やす器具も無いので、出来上がりはもうちょっと別のものになるかもしれない。

 まぁ、熱い麦茶というのもそれはそれで美味しいものだが。

 

 

 

 私は案の定アツアツなお茶と、ちょっとしたパンのようなお菓子をいただきながら、ひとまずオーレウスに纏わる話をした。

 

 つまり、私がとても古い存在であるということ。

 オーレウスと出会い、彼と共に魔法の話で盛り上がったこと。

 その後オーレウスの一族を少しの間だけ見守ったこと。

 もちろん私の経験した全てを話せるわけはないので、あくまで話の内容はオーレウスに限ったことだけだ。

 彼との馴れ初めと、マーカスの先祖が歩んできた魔法の歴史についてが中心である。

 

「最初のオーレウス、か。ふむ……なんとなく、最初は人間ではなかったのではないかと……そんな気はしていたよ」

 

 私の思い出話をひとしきり平静な態度で聞いたマーカスは、ふさふさな口ひげを撫でながら言う。

 

「だが儂らオーレウスの人間も、時代とともに神々の頃の記憶を忘れていった」

「そう。最初は純粋な神族だった一族が、時と共に命を狭めていったのだ」

「いや、面白いものじゃのー。今ではいくつかある不老の魔法を使わない限りには、森の外にいる人間たちと大して変わらないのじゃから」

 

 当然、命を削る穢れという存在もある。

 だが地上の限りある生命と共に生きることで、神族や魔族の持つ“真似る”性質が根本的な部分を取り込んでしまったという要因も無くはない。

 彼らが人間化した理由は様々なものがあるが、とにかくオーレウスは“地上の生命”であることを選んだがために、人間へと変容したのだろう。

 もちろん彼らは根本的な部分では神族なので、ナイル川の近くに住んでいる彼ら人間とは根本的に違う部分もあるのだが。

 とはいえ既にオーレウスの一族は何度かサル由来の純粋な人間との間に生まれた子から派生して結構経っているようなので、神族的な性質が消えようがどうなろうが、消滅する心配はない。

 

「ん、ところでマーカス。今いくつかある不老の魔法と言った?」

「ああ、言ったが。別にライオネルから見れば、珍しいものでもなかろう?」

「まあそれはそうなんだけど」

 

 不老不死の術。そんなものは、それこそ数えきれないほどのやり方が存在する。

 けどそれはあくまで私から見た場合の話であって、他の誰かがポンと生み出すとは思っていなかったのだ。

 なにせ、あのオーレウスでさえも妥協の末に編み出した不老しか成し得なかったのだから。

 

「時と共に技術は進歩するもんじゃよ。かつては、この川沿いに住む人々もひどく原始的であったしの」

「……たとえば、どのような魔法を?」

「うむ。儂の場合は周囲を樹木で満たした上で、そこから少しずつ属性の魔力を得る方法じゃな。草木のお零れに預かる、というべきか」

「まるで仙人だなぁ」

「ほほほ、そんな者もいるという話は聞いたことがある。見たことはないが」

 

 なるほど、生命の魔力からその欠片を受け取る。実にシンプルな方法と言えるだろう。

 これを魔力ではなく、もっと純粋な霊魂の欠片を摂取する形を取れば、多分私が昔イメージしていたような仙人の姿と完全に合致するのだろうが。

 

 周囲の魔力を集めて自らの身体と命を保つやり方は基礎の基礎だ。

 私は今こんな身体であるから必要としていないが、これは生身の生物が魔法使いとして生きるためには必要不可欠な“不蝕の呪い”の一部分でもある。

 

「しかしな、この方式はどうも顰蹙を買うようなのだ」

「ひんしゅく? 一体何故? 何から?」

「さあ。それは儂にもよくわからん。だがどうも、どこぞの神族だかなんだかの定める基準の下限に近い、危うい方法なのだとか」

「うーん……?」

 

 何が危ういというのだろうか。特に危険もない魔法のはずだが。

 呪いの形式だとしても解除はそこそこ容易だし。

 

「ま、要はこの方法による不老は、どこぞの者に不都合があるということなんじゃろう」

「そうだろうか……誰がいつどこで魔法を使おうとも勝手だと思うんだけどなぁ……」

「向こうさんでも協議も重ねている最中らしい。どこまでが良くて、どこまでが駄目か」

「ふーん……」

 

 神族、定める基準、協議……ちょっとキーワードを集めてみても、具体的なビジョンは見えてこないな。

 一体どこぞのどんな勢力が他人の魔力にケチをつけているのだか。

 

 思い当たる所を見つけたら、“別に魔法なら良いだろう”とでも言っておこうかな。

 魔法は自由であるべきなのだから。

 


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