透明化したまま蔦の橋を渡っていると、その構造がはっきりと見えてきた。
衣服の裾に沢山の木の実や果実を貯めこんだ人々が笑顔で行き交う中、私は丁度橋の中央に立ち止まり、顎を擦る。
『なるほど。予想はしていたが、両端から伸ばして繋げていたというわけか』
橋の中央に見えたのは、沢山の蔦によって隠れてはいるが、つなぎ目のようなものが窺える。
もちろん全てが全て両端だけから伸びてきたものではないだろうが、蔦のほとんどはこの中央部で接合されているらしい。
まずは橋の“芯”となるものを架けてから、そこに蔦を這わせて橋を作る。次に上部から吊り、しっかりと固定して完成。こういったところだろうか。私も何度か似たような橋を作っているので、この製作者もそういった工程を踏んだのかもしれない。
まぁ何にせよ、この橋は魔法もしくはそれに近い力が無くては制作不可能だ。蔦を新鮮なまま組み上げるには、どうしても木属性魔法のような超自然的な手法が必要になるだろう。
『この橋を作ろうとする者が、“浮遊”程度の魔法を使えないはずはないだろうな。少なくとも、わざわざ自分自身で大掛かりな橋を作る意味は無い』
橋は、近辺の住民のために架けられた可能性が高い。橋のサイズも目的も、人間を対象としているとしか思えない。
ならば、その者は社交的であるはず。ある程度の力を持っていながら、力を持たない人々のために力を振るう。
それは穢れの影響を強く受けた魔族ではあり得ないことだ。
相手は神族。または魔法を修めた人間に近いもので間違いない。
『もう少し見回るか』
これから上に浮かび上がって見下ろしてみるのも良いのだが、人々の営みにも興味はある。
どうせ辺りは乾燥地帯で、森の規模もそう大きくはない。ゆっくりと見まわってから、目的の人物を見つけるとしよう。
河の向こう岸へ渡った人々は、主に木の実などを採集しているようだ。
開拓しに向かうなどといった大掛かりな様子はなく、自然の恵みをある程度摘んで持ち帰ろうと言う程度に考えているらしい。
ナイル河から離れると途端に自然が減って砂漠だらけになってしまうので、彼らの気持ちはよくわかる。彼らに必要なのは、とにかく目先の食料なのだ。
橋も植物製だし、そう何ヶ月も保つとは思えない。彼らもそれに気づいているのだろう。とりあえず早め早めに、食料を確保したいのかもしれない。
橋を架けた人物は、そういった事を踏まえて橋を架けたに違いない。
“半界歩行”を解除した私は変装姿を表に晒して森を歩き、魔力の残滓を追跡する。
「こっちだな」
火魔法、“鋭敏な揺れ火”を人差し指の先から灯し、細長く揺らめく火の傾いた先へと歩を進めてゆく。
特定の波長の魔力に反応し、その魔力を燃やすようにして傾く魔法の炎である。結構厳し目の距離的制限はあるが、近場に潜む特定の生物を発見するには最適な魔法である。
この揺らめく火が反応しているということは、私の探している相手も近いということだ。
「……ここだなぁ」
そうしてしばらく炎に従って歩いていると、あからさまに怪しい樹木のバリケードが目に映った。
マングローブを所狭しと隙間なく林立させたかのような、過剰過ぎる樹木の密集地。それが左右にどこまでも広く続き、私の行く手を遮っている。
「なんかもう、怪しすぎて逆にわかりやすいというか」
私ではなく、野生生物や人であったら諦めるかもしれない。多分、このバリケードの目的もその程度のものなのだろう。
乾燥地帯どころか熱帯雨林でも見られない木々の長蛇の列を前に、私は指に灯る魔法の火を掻き消した。
「さて」
まぁ、この先に誰かがいるというのはよくわかった。
防壁を築いている中で少々申し訳ないとは思うが、多少強引にでも侵入させてもらおう。
「“破滅の息吹”」
私は自らの口から、万物を灰塵へと葬る灰色の煙を噴き出して……あっ。
「いっけね」
思惑通り、私が吹きかけた吐息によって目の前の植物防壁は消え去った。
しかしなんたることか、同時に私がつけていた仮面までもが塵となって消滅してしまったではないか。
……これだから装備品は困るんだよなー。
まぁ、“破滅の息吹”をわざわざ手からじゃなくて口から出した私も迂闊だったのだが。
「うーん……この辺りの樹木じゃ小さすぎて仮面も作れないしなぁ……」
“精密な劈開”を使えば、ものの数十秒で樹木から仮面を作ることが可能だ。
しかし辺りの樹木はそこまでの太さがなく、材料には成り得ない。
石や土から作ることもできるけども、それではかなり見栄えの悪い、完成度の低い仮面となってしまう。
「そのままでいいか。どうせ相手は魔法に近いものを使うんだし」
人間だったら怯えさせてしまうかもしれないが、これから会おうとするのはきっともっと別の存在だ。
だったらあまり気負わずとも、そのままの顔を晒しても大丈夫かもしれない。
根拠の希薄な自信ではあったが、元々顔を隠すという事自体も好きではないのだ。
私はそのままミイラっぽい顔を晒したまま、植物の壁を抜けたその先へと歩き始めた。
「“閉じよ”」
「!」
その瞬間、私の後ろにあった植物の壁の破壊された箇所が、瞬間的に元通りになる。
植物が急成長することで、私の穿った穴を補修したのだ。
直前には、詠唱らしき声も聞こえた。
私の近くに、何者かがいるのだ。
「“絞め殺せ”」
「“火花の守り”」
真横から五本の太い蔦が私に襲いかかってきた。
が、それが到達するよりも早く発動した私の防御魔法は効果を発揮し、人間の腕のように大きなツルは瞬間的に放たれる火花にぶつかって弾き返される。
「“押し潰せ”!」
五本全てのツルによる攻撃が効かないと判断するや、姿の見えぬ相手は更に強力な攻撃を再開する。
今度放たれたのは、私の周囲を取り囲むように伸びた無数のツル。
十や二十ではない、まさに数えることも困難な量の植物が一斉に牙を向いたのである。
が。
「ちょっとだけ押しが弱い。本当に、あとちょっとだけ」
私の周囲に閃いた眩いばかりの火花は、それら全てを一度に跳ね除ける。
一瞬だけではあるが、非常に強い衝撃を生み出す火花の衝突は伊達ではないのだ。
とはいえ、見たところこのくらいの衝撃に対処するのがギリギリなのだ。今回は上手く防御できたが、あと少し強い攻撃であったならば押し負けていたかもしれない。
「おいご主人! やばい奴が来た! 手伝ってくれ!」
「あ、ちょっと待」
私は手を伸ばして姿の見えない何者かを止めようとしたが、声は遠ざかり、気配が薄れてゆく。
このままではまずい。私自身には敵意など無いのだが、放っておいたら確実にこの後“こじれる”のは間違いない。
「おーい、ちょっと話を聞い……」
「どれどれ。おや、悪そうな顔だ」
私が魔法で周囲の木々をなぎ倒しながら脱出すると、すぐ傍から男の声がして、一本の木材が伸びてきた。
いや、木材というには正確ではない。
それは、紛れも無く“杖”と呼ぶべきものだったのだから。
「“大木の矢”」
「!」
私の顔面に、膨大な魔力を纏った巨大な丸太が襲いかかる。