東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 怖がられているのはわかった。

 もはや慣れっこである。次にやらねばならぬことも、悲しいかなマニュアルとして染み付いてしまっている。

 

 私が怖がられるのは、要は親しみを感じられないからであろう。

 もしも私が親しみを持たれるような姿で彼らにお近づきになれたなら、石を投げられることなどなかっただろうし、話し合いまで持ち込めたはずだ。

 親しみを感じられないのは、私の姿が異質であったからである。

 

 昔は簡素なローブなどはありふれた衣服で、様々な神族や魔族の間で親しまれていたが、彼ら地上に生きる人間にとってこのローブというものはあまりメジャーではないらしく、ポンチョやサリーのような、より簡素なものが多いように見える。

 黒っぽい色も、良くなかったのかもしれない。

 

 また文化や宗教によって、女性は顔を隠さねばならないといった地域も現代には残っているが、少なくともここでは違うようだ。仮面が通じないのだから。

 

 もしかしたら神様か何かと勘違いされてうまい具合に話が進むかなーとも思ったのだが、どうもそういうわけにはいかないらしい。

 私の姿は、彼らの親しみを得られなかった。

 残念だが、これはこれで受け入れるしかないだろう。時代が悪かったのだ。

 

「仕方ない。彼らの営みから、ちょっとしたヒントだけもらうとしよう」

 

 私は遠目から古代エジプト人らしき人々を眺めつつ、一人寂しく頷いた。

 

 

 

 

「“半界歩行”」

 

 こんな場面で使うような魔法でもないけど、“迂回反射”や“風の循環”で擬似ステルスした上に“眼差し”で視界を確保する面倒臭さを考えると、どうせならひとつに纏まっていたほうが美しいというものだ。

 

『ふむ』

 

 魔法を発動し、自らを別の世界へと放り込んでやると、私の世界からは私以外の全ての音が消え去った。

 心なしか景色もぼやけ、半透明というか、暗く霞んでいるように見える。

 今の私の状態は、外側から見ればかなり希薄な見た目になっているはずだ。

 さしずめ、触れることも見ることもできない、限りなく透明に近い半透明人間といったところか。

 もちろん高圧の魔力的な衝撃であったり、特殊な方法によって解除することは可能なので、ものすごく無敵状態という程でもないのだが。

 

『“明瞭な感覚”』

 

 透明人間になりました。かわりに聴覚と視覚のほとんどを失いました。

 ……なんて中途半端な効果で魔法使いが満足して良いはずがない。

 

 中途半端な異界において魔法を発動し、すぐさま掠れていた視界と音を回復する。

 少々の魔力的気配を外側に残してしまうが、最適化しているので充分に無視できるレベルだ。おそらくサリエルでも感知はできまい。

 

『さて。ノーヒントはあまり好きじゃないから、集落の視察でもはじめようかな』

 

 この状態では物質的に密度の高いものに対して干渉することはできないが、盗み聞きや室内の様子を確認することはできる。

 ドアを開けたり本をめくったりなんて文明的なものがあるとは思えないが、どうしても干渉したい場合は魔法でなんとかすればよい。

 

 もしもこの近辺に魔法使いがいるならば、魔法らしい品物があるはずだ。

 都合良すぎるくらいに事が運べば、オーレウスに直接会える可能性だってある。

 

『それじゃあ、お邪魔します』

 

 私は原始的な農業を営む彼らの集落に、今度は真正面から堂々と入ってゆくのであった。

 

 

 

『ふむ、河から水を引いていると。作物は色々やってるみたいだなぁ』

 

 やり方はあまり見慣れないような、ちょっと的を外している方式ではあるが、つい数万年前まで植物を植えたことすらない生き物のやることとは思えない。

 やはり人間の進歩や進化というものは、実に目まぐるしいものだ。サルだと思っていたら突然人間になるのだから、見てるこっちがびっくりしてしまう。

 農業を発明したのが人間自身ではなく、魔族や神族である……という可能性ももちろんあったかもしれないが、それにしてもここまでの発展や文化の形成は、さすがにそれだけとは思えない。

 

 人の強さは、頭数だ。無数に存在する頭数が一斉に物事を考え、発明し、実践する。その可能性の膨大さにある。

 人口の急増による文化の発展及び進化の目まぐるしさは、まるでカンブリアの大爆発のよう。

 あと七千年もすれば月行ってジャンプして戻ってくるのだから、やはり数とは凄いものだ。

 

 ……まぁ、私の記憶にあるアポロの月面探査は海のない所をピョンピョン跳ねているようだったから、ひょっとしたらアレは嘘かもしれないんだけどね。

 

『ふーむ、家の中は……魔力反応は見られない』

 

 農業は普通だし、建築も普通。

 いくつかの民家に無断でおじゃましてみたが、その中も普通。金持ちの家も、特に何らおかしな品物はない。

 

 ここに住む彼らも至って普通の人間的な生活をしているようだし、ひょっとしたらこの地域は、未だ神族や魔族の影響を受けていない場所なのだろうか。

 ……その可能性は低いが、短期的に見ればありえないことではない。

 

 オーレウスがこの付近で悪魔召喚の儀式を行ったことは間違いないのだが、それも少し前の事である。

 場所を移しているという可能性も、無くはない。

 

 ……宛が外れてしまっただろうか。

 いや、かといってこのまま大人しく引き上げるのもちょっとなぁ。

 

 

 

「△△! △△!」

 

 私が道の真中で首を傾げて悩んでいると、突然背後から女性がやってきて、私の透明な体を突き抜けた。

 何か必死に叫んでおり、道の向こう側を指差している。

 その声に釣られて、辺りの家からも様々な人が飛び出して、叫んだ女性と一緒に、どたどたと走っている。

 

 はて、向こう側で何が起こるというのだろうか。

 ちょっと興味をそそられた私は、彼らの騒ぎについて行くことにした。

 

 


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