東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 手足と頭部に包帯をぐるぐる巻いて、外行き用のローブを羽織って、仮面を装着。

 仮面は切れ込みのような薄い目を作っているだけの簡単なものである。

 変に顔に似せて作っていないので、現実感が薄い造形でも気味悪がられる事も少ないだろう。その思惑は以前に変装してオーレウスの里を訪れた時には有効だったので、今回もまた通じればいいのだが。

 

「あれ、ライオネル? お出かけですか?」

 

 私がいそいそと着替えていると、すぐ隣に逆さまに浮かぶ神綺が転移してきた。

 

 ううむ、本当は私も宇宙旅行について話したい事があるのだが、相手は地上に住むオーレウスと思われる人物だ。

 宇宙の小話をうっかり十年続けるだけでも、地上の人々にとっては長い時間経過である。神綺にはすまないが、こればかりは地上の事を優先するしかないだろう。

 

「ごめんよ神綺。ちょっと、地上にオーレウスらしき人物がいるようだから」

「オーレウス? なんだか懐かしい響きですね」

「うむ。もしかしたらその親戚かもしれないからね。久々に会って、確かめてみるよ」

「わかりました。……ちょっと残念ですけど」

「ごめんよー」

 

 何か色々と火急の用が被って申し訳ない。

 後でしっかり埋め合わせしなくてはならないだろう。

 

「お詫びに、帰ってきたら美味しいお酒でも作っておくよ」

「本当ですか? やったー」

 

 まぁ仕方ない。神綺のためならえんやこらだ。

 彼女がご満悦顔になるようなお酒でも作って、機嫌を取るしかないだろう。

 

 

 

 

 地上の状況は、詳しく見て回っているわけではないのでよくわからない。

 だが、紀元前およそ五千年前である。現代から数えて七千年程度ともなれば、もはや大きな地質や地形のレベルでいえば、地球の形はある意味で“完成”されていると言っても良いだろう。

 オーストラリアもあれば、日本の姿もある。

 各地を指差して、ここはアメリカ、こっちはロシアなど、そういった表現も可能になるはずだ。もうよくわからない私だけの造語で表現せずとも良いのである。

 

 だから私は、これを期に古き日本の姿というものをじっくりと見物してみたかったのだが、今回はそれは後回し。

 オーレウスらしき人物が悪魔を召喚した場所はある程度わかっているので、今回はそこを目指して行きたいと思う。

 地理的に言えば、そう。

 そこはおそらく、地図上で言うところの、エジプト辺りであろうか。

 

 

 

「まじか」

 

 地上に赴き、エジプトっぽい場所へと急行した私は、その光景を前にして思わず声を出してしまった。

 “浮遊”によって見下されるエジプト、長大なナイル河の景色の中に、どう見ても人が作ったっぽい集落があったのである。

 

 どこか原始的な、土塗りの粗末な家。

 石で補強したり木材で補強したりと、補修の跡はあちこちに見られる。

 神族たちは持ち前の力や能力もあり、最初から簡単に石の家屋を作ってしまうことが多い。

 なのでこの家々を見る限り、集落の住民は神族ではないのだろう。

 

 すぐ近くを歩くぼろっちい服を着た人々を見ればわかる。

 あれは、紛れも無く人間だ。

 

「第一村人はエジプト人だったかー」

 

 いや、考えてみれば別におかしなことでもない。

 エジプトといえば立派な古代文明のひとつである。紀元前五千年前からその片鱗があったとしても、なんら不思議はないだろう。

 実際、この地球をぐるりと回ってみれば、エジプト以外にも沢山の文明に出会えるはずだ。

 日本だって、今でこそ集落や王朝なんてものはないだろうが、多分石器を使ってそこそこ良い暮らしを始めているに違いない。

 

「……しかし、さすがにこれだと私の格好は身奇麗すぎるか」

 

 私は自分のローブ姿を見つめなおし、考えこむ。

 およそ現代的ではないシンプルなこの格好だが、それでも今のエジプト人らしき彼らのものと比べると、格は何段階も上がってしまう。

 そもそも、細かい場所に入っている刺繍がオーバーテクノロジーだ。私が何食わぬ顔であの集落に飛び込んでも、人目を引くのは間違いない。

 

 というか、神族相手ならともかく、あそこにいるのは人間だ。

 向こうさんは旅人という概念を持っているのだろうか……期待できないかもしれないなぁ。

 

「うーむ……それでもまぁ、行ってみるしかないんだけど」

 

 だが、オーレウスの召喚が行われていたのはこの近辺であることは間違いない。

 彼らと接触し、少しでもこちらのジェスチャーが通じればしめたものだ。

 ちょっとした魔法を使ってみれば、もしかしたらオーレウスを探すヒントになるかもしれない。

 異端扱いされて石とか桃とか投げられる可能性も無くはないが、その時はその時だ。

 駄目で元々、集落の彼らと接触してみよう。

 

 

 

 

「△△△~ッ! △△!」

 

 投げられる石つぶて。

 

「△△ッ!」

 

 唾と共に吐き出される罵声。

 

「はいはい、すみませんでした。帰りますよ」

 

 うむ。言葉が通じない。

 向こうさんも罵声らしいものを浴びせてくるが、聞き取れない。

 めっちゃ石投げてくる。めっちゃ警戒してくる。

 

 もはや美しいほど型に嵌ったいつもの迫害を受け、私はナイル河付近の集落をそっと後にした。

 

 


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