東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 巨大魔石を空きのものに交換し、完全に補充されたものは地下の最奥部へと格納する。

 十分に魔力的干渉を抑えた私の魔法でなければ、何千トンもある魔石は運び出しさえも困難だ。当初は転がして移動させることを前提に考えたうえでの球形だったのだが、実際に運び出しをやろうとすると、万が一の事故のことが頭にちらついて、そんな扱い方はしたくないものである。

 もし考えられる限りの最大級の事故が発生した場合、この魔界は私の建設した堅牢な人工物以外のほとんどが破壊されることは間違いない。真上にある時計塔などは、大爆発の勢いによって天高く上り、魔界の天井を何キロメートルも貫くことであろう。いかに堅牢な建築物であろうとも、根深い基礎ごと持っていかれればそんなものである。

 

 しかし私の入念かつ繊細な作業により、どうにか悪夢のような事故が起こることはなく、魔石の入れ替え作業は無事に終了した。

 

「これでしばらくは時計塔の中に入る必要もないだろう」

「一万年置きの定期点検は続けますか?」

「いや、もうやらなくても大丈夫」

「え? じゃあ点検の周期を広げると……?」

「いやいや、もう必要ないんだ。時計塔はもう、立ち入らなくても大丈夫だから」

「そうですか? なら、わかりました」

 

 小悪魔ちゃんは少々納得がいかないようだったが、別に納得する必要はない。

 時計塔はもうこのままでも充分に機能するし、何ら問題はないのである。

 

「さて、それじゃあ小悪魔ちゃんよ。悪魔の名簿の方を見せて貰おうかな」

「はい!」

 

 まぁ、こっちはこれでいい。

 久々に魔都へと立ち寄ったのだ。他にもやることや見たいものは、色々ある。

 

 

 

「ふむ、召喚者はなかなか多いな」

「でしょう?」

 

 紅魔館の執務室にて、一冊の大きな本を前に顎を撫でる。

 私のいない間に、悪魔達はかなり地上へ召喚されているようだった。

 

 ページの右上には“召喚履歴”の文字。両開きには沢山の名前らしき文字が様々な書体で並び、羅列している。

 その数は膨大で、とても数えきれるものではなかった。

 

「一日にどれくらいの悪魔が召喚されているんだろうね」

「おそらく、百前後かと思いますよ。一度に何千と注文が来ることもありますけど」

「ほほー」

 

 一日に百人が悪魔を召喚する。これはなかなか凄いことである。

 気持ちは軽く派遣会社の経営者だ。

 

「しかし、直筆の文字にしては読み辛いなぁ。これはもう魔界文字じゃないんだろうな」

「そうですね。私も読めないです」

 

 ここに羅列する名前は、召喚時に術者が魔法陣に描く自分の名前を転写したものだ。

 血や水銀、煤や塩など。描く触媒は召喚方式によって様々な種類が選べるが、大抵は楽なので血にする場合が多いだろう。

 ページをひょいひょいとスワイプして最初の方の召喚者に目をやれば、そっちの名前は馴染みの書体が多いのでわかる。だが最近のものとなると見慣れぬ文字が乱立し、どうにも読める気がしない。

 これで見知った名前が出てきたり、見覚えのある文字が来れば私も“おっ”となるのだが、文字の成り立ちからしてさっぱりわからん。

 

 あ、最初の召喚者はちゃんと私になっている。召喚対象は小悪魔ちゃん。

 うーむ、こっちの魔界文字なら簡単に読めるのだが……。

 

「召喚されて戻ってきた悪魔達の話では、建造物の工事、偵察、特定人物の暗殺など、様々な仕事を任されるみたいですね」

「そうみたいだね。契約内容は大抵みんな小間使いで、使いきりのようだ」

 

 魔法陣の作成には、各所に様々な触媒を配置することで契約内容とする。

 分量や触媒の種類によって悪魔を召喚するにあたっての代償や契約内容が変化するので、魔法陣の作成には入念な準備と確認が必要だ。

 

 最近の召喚の履歴では、目的を一つに絞ったコンパクトな召喚がブームのようである。

 役目を終えたら即帰還。代償や触媒も比較的少量で済むので、その手軽さが受けているらしい。本当に派遣サービスみたいだなぁ。

 

「うん?」

 

 小間使いのような召喚履歴をぼーっと眺めていると、突然一件だけ、やたらと大量の触媒を用いた大召喚が行われている履歴を発見した。

 思わずちょいちょいと操作して履歴を戻り、その場所を見る。

 

「おー、すごいな」

「あ、この人ですか。時々やってますねぇ」

 

 召喚対象は一つ。

 どうやら、植物関係に精通した悪魔を長期召喚するために呼び出したようである。

 期間はものすごく長い上、結構働かせても問題の無い程の代償を支払っている。

 かといって物騒な目的のために使役をしているわけではない。純粋に、悪魔の能力を使用するためだけに徴用したいようだ。危険が伴わないであろう条件付けが追記されている。

 宝石、希少植物の花粉、様々な動物の肝、血液……生臭い召喚現場だったんだろうな。よくやるわ。

 

「名前は……えっ」

「どうしました?」

 

 一体どんな物好きが、これほど大々的な召喚をしたのだろうと名前を見て、私は固まった。

 それは今まで羅列していた解読不能の文字とは違い、若干の可読性を持つ文字であったのだ。

 

 書かれていた召喚者の名前は、マーカス。

 

 マーカス・バオアー・オーレウス。

 

「……まだ、続いていたんだな」

「え?」

「ごめんよ小悪魔ちゃん。私はちょっと用事ができたので、ここでお暇させていただくよ」

「えっ、あっ、はい。またお越しください」

 

 この名を見たならば、のんびりと気長に過ごしているわけにはいかない。

 彼らの命は、とても短いのだ。

 少しでも早く、オーレウスの子孫に会いにいかなくては。

 

 


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