東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

19 / 625


 

 人の芸術の歴史といえば、数千年程度。培われた結果として一万年に達するものではないのは、確かである。

 しかし、人はその数による淘汰と洗練によって、技術の進歩を飛躍的に推し進めてきた。

 結果、たかだか一万年とは言い切れない程の芸術を、世に多く残して見せたのである。

 

 人の強みは、資料の中に残される知恵や経験と、師だ。

 私には師といったものが無い分、出遅れたような感があるのは否めない。

 事実、私は何万年経っても、ロココだかロマネスクだか、記憶にあるような華美な造形を生み出せなかったのだから。

 

 が、数千万年となれば、話は違ってくる。

 人の歴史の及ばない、数千万年の研鑽。数千万である。これはもはや、師だとか積み重ねだとか、それどころの単位ではない。

 私と神綺は探究心の赴くままに彫刻を続け、忘れることのない経験を積み、技術を高めていった。

 

 長い時さえあれば、技は磨かれる。芸術は花開く。

 私達はお互いの作り出す造形に見惚れ合い、高め合う内に、私の記憶にある芸術を遥かに超えた、新たな高みへと上り詰めてしまったのだ。

 ちょっくら墓廟を作るだけ。そんな気持ちから始まった彫刻が、一大ブームになってしまった。

 後になって“墓廟の出来がイマイチだ”と改修工事も行い、もはや迷走を振り返ることもなく、私達は我が道を突き進んだ。

 

 結果、出来上がったもの。

 

 

 

「……なんだか、すごいの出来ちゃいましたね」

「……そうだね」

 

 大渓谷に、街が出来上がってしまった。

 いや、街と言っていいものだろうか。私と神綺のノリとしては、気長に進めていくレゴブロックっていう感じではあったんだけども。

 いざ熱中し、ここはこうだ。これはこうだ。ここにはパン屋を。ここには市場を。そんな試行錯誤を続けていくうちに、ヴェネツィアも水没してしまうくらいの美しさを誇る超美麗都市が完成してしまったのだ。

 

「街はいいけど、人がいないんじゃなぁー」

「人?」

「うん。あ、人っていうのは……ええと、まぁ、見た目は神綺とか、私のような感じの生き物だよ」

「そうなんですか」

 

 当然、街は無人だ。内装から家具に至るまで、素材から造形まで凝りに凝りまくったのであるが、しかし人がいなければ、イメージの中で躍っていた活気は欠片も見られない。

 そう思うと、せっかく作ったものが完成しないので、ちょっと残念だ。

 

 原初の魔法では、生物を生み出すことはできない。

 以前に何度も試したことはあるのだが、出来上がったのは人型の肉の塊で、ぴくりとも動きやしなかった。

 作り出した当初はあまりのグロテスクさに神綺が悲鳴をあげたほどで、それ以来は一人でやるようにしている。とはいえ、成果は見られない。

 見知ったものなら作れるのではないかとアノマロカリスを生み出してみたのだが、エビっぽい鉤爪のような何かができるばかりで、やはり生物は生まれない。

 

 しかし、神綺が作る場合は、少々挙動が違った。

 彼女が原初の力の扱いに慣れているせいなのか、彼女にダメ元で生物の創造を頼んでみたところ、なんと、神綺はちゃんと動くものを作ってみせたのだ。

 

 ただ、出来上がったものは、奇妙としか言えないものである。

 私のアノマロカリスの説明が悪かったのか、多分、“フックのように曲がっている部分がある”というのが変に伝わったのだろう。

 神綺が創り出した生物は、銀色のフック状の髪の毛のようなものに二本足が生えた、奇妙な……何かであった。

 奇妙な、やけに逞しい何かは、私が唖然とする間にどこかへ走り去ってしまい、今でもその行方は知れていない。

 ただ、創り出した時の神綺の輝く笑顔は、大儀を成したような、やけに充実感に満ちたものであったことを覚えている。

 

 

 

 神骨の杖を祀る墓廟は出来上がった。

 ついで、と言っては少々時間が経ちすぎてはいるが、街もできた。

 

 あとは、こうなれば、住人が欲しくなるというものだ。

 魔界の住人。地球ではない、全く未知である、魔界に棲む者達。

 

「……地球から、持ってこようかなぁ」

 

 神綺が次々に謎の生物を創る姿を眺めながら、私はなんとなく、そんなことを考え始めたのであった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。