東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

189 / 625


 

 地上の散策は後回しにして、ひとまずは魔界へ。

 さっさと扉を開き、私は久々に大渓谷の塒へと降り立った。

 

「おかえりなさい、ライオネル」

「ただいま、神綺」

 

 するとすぐさま神綺がお出迎え。

 軽く手を上げて挨拶を済ませ、辺り一帯を見回してみる。

 

 刺々しい岩山に、合間の渓谷を縫うように迸る濁流。

 赤っぽい魔界の空には、何匹かのドラゴンが律儀に周辺の見回りをしているようだ。

 

 どうやら魔界の中央、セムテリアは何ら変わりないようである。

 善きかな善きかな。何事も平穏が一番だ。

 

「長い旅行でしたね。宇宙に行ってたんですよね?」

「ああ、ざっと五百万年くらいか。結構遠くまで行ってきたよ」

 

 宇宙はものすごく広い。

 宇宙の誕生、ビッグバンと呼ばれるであろうその瞬間はだいたい137億年前であり、宇宙の年齢は137億年である。

 しかしだからといって、それに光年を付け加えた137億光年が宇宙の果てまでの距離というわけではなく、ましてそれを二倍にした274億光年が宇宙の直径というわけでもない。実際のところはもうちょっと広い。

 

 じゃあ、五百万年程度だと全然遠くまで行けないんじゃないか。

 せいぜい行けたとして、往復合わせて二百五十万年が限度じゃないか……と思われるかもしれないが、そういうわけでもない。

 わざわざ光の早さで移動しなくとも、魔力と異界を上手く利用してやれば、簡単に長距離を移動することが可能だ。

 私が魔界を経由して地球上のあらゆる場所に降り立つことができるように。“栞”魔法を使って望みの本の近くに移動できるように。いわゆる瞬間移動を用いることで、宇宙旅行の旅程は大幅に削減できるのだ。

 

 が、もちろんそれには精密な魔力的計算が必要であるし、異界の位置や性質を掴む観察眼も要求される。慣れていなければ、異界を見つけるためにその場で何千年も待ちぼうけるなんてこともザラにあるだろう。仮に待つとしても航行中の魔力を常に補充する器用さも必須となる。

 

 つまり、宇宙の遠方を目指す魔法使いの旅行というものは、かなり高度で、気の長いものなのである。

 カノープスだって、ほんの最初の休憩地点に過ぎないのだから。

 

「ライオネル!」

「おお、サリエル。ただいま」

「ただいま、って、お前な……どれだけ長い旅だったんだ。もはやお前の声すら懐かしいぞ」

「そう?」

「よくあることだと思うけど」

「……なるほどな。長く付き合っていて全てを理解したと思っていたが、まだまだ私も新参者というわけか」

 

 私が神綺に宇宙旅行の某を話していると、サリエルもお出迎えに来てくれた。

 彼女も変わり無いようで良かった。

 

「サリエル、魔界の様子で何か変わったことはあるかい?」

「……色々な事がありすぎて、何をと表現するのは難しいな……お前にとって重要なものといえば、外界から魔族や神族が何度も訪れたくらいだろうか」

「おお、そうなんだ。移民ということかな?」

「そうなるな。新たに出来た都市や集落がいくつもあるし、魔人達の活動領域も広がっている」

「ふむふむ」

 

 さすがにこれだけ時間を空ければ、魔界も様変わりするようだ。

 一億年前だったらちっとも変わらなかっただろうに、神族が生まれてからというもの、世の中は随分と動くものである。

 

「あ、そうだライオネル」

「うん?」

「魔都の小悪魔ちゃんが、ライオネルにお話したいことがあるそうですよ」

「それっていつの話?」

「確か、七十万年前くらいですね。それから数万年置きに、私と会う度に言ってましたけど」

「そうか、それじゃあひとまず魔都に寄ってみようかな」

「後で宇宙のお話も聞かせてくださいね」

「うむうむ、楽しみにしておくれ」

 

 私もクェーサージェットストリームごっこについて早く話して自慢したいけれど、呼んでいるのなら仕方ない。

 そっちを優先して、用を済ませてしまおうか。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。