東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔都。

 それは外来魔族を中心に構成された、超巨大な魔界都市である。

 

 ここの住民は私の“契約の呪い”を受けた悪魔が主であり、一度“契約の呪い”を受けてしまったならば、容易にこの魔都を離れることはできない。今のところ家畜動物以外の知的生物は棲んでいないようだ。

 

 私が作り上げたゴーレムの強制転移能力やメタトロンの協力により、今では沢山の悪魔が魔都に住み、悪魔としての生活を送っている。

 いきなり魔界にぶちこまれて不満を抱く連中も多い一方、意外と悪魔としての生き方を快く思っている者も多いとのこと。

 “契約”を上手く利用して立ち回れる者にとっては、結構肌に合うのだろう。

 

 魔都パンデモニウム。

 私はそう呼んではいるが、住民である彼らは単に“魔界”や“魔都”と呼ぶことが多い。

 ここではあらゆるものが契約によって取引され、契約によって全てが決定される。

 

 嗜好品の売買。

 賭博。

 情報交換。

 助力。

 魔術。

 土地。

 そして、位階。

 

 通貨らしいものは存在しないが、彼らはあらゆるものを対価と見なして交渉する。

 交渉違反は“契約の呪い”による死が待っているため、彼らは契約に対して非常に厳格な考え方を持っている。

 つまり、悪魔は契約を破らないのだ。

 

 

 

「純粋な黒い鮮血……なかなか良いじゃないか。それを大盃でいただきたい」

「はいよ。対価は?」

「四日後に暗がりの角を仕入れる予定だ。その小角を二十本。もちろん美品だ」

「よろしい。では、その契約で結ぼうか」

「喜んで」

 

 青い街灯だけが照らす薄暗い市場の一角で、またひとつの契約が成立した。

 

 契約は握手でも成立するし、目と目を見ただけでも成立する。口頭だけでも当然問題なく発動する。

 うっかり発動するなどといった暴発は無いのだが、契約を交わすこと自体は非常に気軽に行えるので、こうした市場の一角でも盛んに交わされ、悪魔たちの交渉に一役買っているのだ。

 

「……おい、そこのお前。何を見ている?」

「客かね。何のようだ」

「ああ、いや。なんでもない」

 

 おっと、少々悪魔達の様子をじっと見つめすぎていたらしい。

 失礼の無いよう、さっさとこの裏市場からおさらばしよう。

 

 ……個人的に、悪魔達の築く魔都の文明レベルは結構高めだから、わりと好きなんだけどね。

 

 

 

「あ、ライオネルさん。こんにちは」

「やあこんにちは」

 

 魔都パンデモニウムの中心地。

 ここは厳しい“契約”によって悪魔たちの暴力行為や取引などが大きく制限・監視されており、厳正な取引や交渉を行うための施設が多く集まっている。

 

 中でも特に重要な施設が、悪魔達の名簿を管理する館、紅魔館だ。

 そこでせかせかと働く彼女、小悪魔ちゃんは、その館の管理人を務めている。

 彼女は仮面を被った私が窓口に立っていることに気が付くと、ペンを走らせる手を止めて朗らかに微笑んでくれた。

 

「久しぶりだね」

「お久しぶりですー」

「小悪魔ちゃん、仕事はどう? 辛くない?」

「いえいえ。大変ですけど、楽しいですよ。手伝ってくれる人も、結構増えたので」

「ほうほう」

 

 この紅魔館は、小悪魔ちゃん専用の管理施設であり、他の悪魔が立ち入ることは決して許されない。

 故に、ここに他の悪魔が立ち入ることは全くないのだが、その周辺に立ち並ぶ他の施設には彼女を補佐する悪魔たちが住み込み、同じような仕事に精を出している。

 小悪魔ちゃんの補佐は面倒な作業に従事しなくてはならない代わりに、それ相応の位階と権利が与えられる。

 要は、公務員的な良い仕事なのである。

 

「あーでも、最近はあまり新しい悪魔が増えていないので、ちょっぴり退屈です」

「ああ……そればかりはちょっとね。多分、もうほとんど悪魔は増えなくなるかもしれないよ」

「そうなんですか?」

「うむ」

 

 メタトロンや人造ゴーレムの活躍により、地上に存在する魔族の多くはこの魔都へと押し込められた。

 特にメタトロンの働きは凄まじいもので、何万もの魔族が一度に魔都へやってきた時は、ちょっとした混乱が起きたものである。

 あれは凄かった。百鬼夜行ってああいうのを言うんだろうな。

 

 しかしそんな乱獲もあってか、今や魔都は十分に賑わっている。

 これ以上の拉致は地上の霊魂総量に悪影響を与えるかもしれないので、私としてはそろそろ“契約の呪い”の自動発動を解除しようかと考えているところなのだった。

 

「もう増えないんですかー……」

「はは、まぁ、地上の魔族が自分から望んで悪魔になるっていう稀なパターンもあるかもしれないから……そういう細々としたところで、小悪魔ちゃんの仕事は続いていくと思うよ」

「説明のお仕事、なくなりませんか?」

「きっとなくならないよ。きっとね」

「わーい」

 

 ……長い間この仕事に従事してきたからか、小悪魔ちゃんは自分の仕事に楽しみを見出したようである。

 魔都の仕組みや契約のルールなどを新参者に教える。想像してはみるものの、私からしてみれば面倒なだけなので、あまりやりたくはないのだが……それも人の好き好きか。

 

 ……だから私は、営業や接客に向いていなかったんだろうなぁ。

 

「ところで、刻印の方に不具合は無い? まだちゃんと使えてる?」

「ええ、全く問題ありません。傷ひとつついてないですよ」

「そうか、なら安心だ」

 

 大勢の魔族が悪魔へと変容し、新たな仕組みの下で生きることを余儀なくされた世界……魔都。

 しかしここはここで、ある種の整った秩序が形成されている。

 契約の上で生きる彼らの姿は、不思議な活力と誇りに満ちており、どこか楽しそうだ。

 

「お、地上からの召喚要請が来たぞ。……いや、また小間使いの短期使役か。やめとこう」

「またさっさと“戦闘特化”と“皆殺し”の条件で喚んでもらいたいもんだがねぇ……」

「ケケケ、んなうまい契約がそうそう舞い込んでくるかよ」

 

 召喚の石碑に浮かび上がった契約条件を眺めるため、大勢の悪魔が中央通りを賑やかしている。

 

 地上との繋がりらしい繋がりは、魔都のあちこちに作られた召喚の石碑のみ。

 召喚者の提示した条件を呑めばすぐにでも地上へ舞い戻ることはできるのだが、彼らの多くはすぐには動かず、選り好みをする。

 

 彼らの多くは、それだけ魔都に腰を深く下ろしているのだ。

 

 


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