東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 かつて俺は、ヨウェンという強大なるお方に仕えていた。

 

 地上の荒くれ者共をはっ倒しては傘下に加え、脅しかけては縄張りを奪い、その数は万にも登る程の大勢力として、一時はひとつの陸を支配するまで膨れ上がっていたこともある。

 だが、魔族というものは本来、勝手気ままな連中だ。同族であればまだしも、種族の違う連中と仲良くしようなどと考えるものは、まず居ない。

 俺たちがひとつの集団として成立できていたのは、全て頂点に座したるあのお方、ヨウェン様あってのことであろう。

 

 圧倒的なまでの力。一時の仲間など何の価値もないとばかりに打ち捨てる冷徹な処断。

 ヨウェン様は強かった。真正面から巨人に喧嘩を売られようが、夜間に百人ほどで寝首を掻こうが、あの方は少しも傷つくこと無く生還し、そして歯向かう全ての者共を抹殺していった。

 中には俺のように、その強さに惹かれてついていった者もいるだろうが、ほとんどの者はその力にひれ伏す形で、ヨウェンの旗の元に頭を垂れる。

 

 しかし事実その強行的な制覇によって、ひとつの陸地がヨウェン様一色に染まったのだ。

 

 自分自身は最強にはなれない。

 自分自身は王にはなれない。

 

 だが、死ぬことはない。負けることもない。

 ならば、ついていくのも悪くはないものだ。

 圧倒的な勝利によって、付き従う全ての魔族がこの地上全てを手中に収めようと熱気に包まれるのは、ほとんど必然であった。

 

 だから誰も疑いはしなかったのだ。

 ヨウェン様が“魔界を制覇する”と宣言し、それがそう遠くないうちに実行されるであろう、確かな未来を。

 

 

 

 魔界へ赴いた我々は、敗北した。

 いいや、敗北などというものではない。惨敗と言って差し支えないだろう。

 なにせ、魔界へ押し寄せた一万近い軍は半分以上が死に絶え、総大将たるヨウェンが瀕死の状態にまで追い込まれてしまったのだから。

 

 ……あの時のことは、思い出したくもない。

 宙に浮かぶ歪な満月……襲い来る質量の暴力……そして、悍ましいドクロの……。

 

 

 

 ……奇跡的にも地上に生還できた俺達を待ち受けていたのは、休息でも更なる軍拡でもない。

 俺達は魔界より帰還した所を他の大陸の巨大勢力による不意打ちを受け、それまでの栄華など欠片も残らぬかの如く、あっけないほどに容易く呑み込まれた。

 

 見せしめに首を跳ねられたヨウェン様の姿は、今でも鮮明なままに、俺の記憶に残り続けている。

 

 

 

 ミトラ。それが、俺が新たに仕えることとなった魔族の名だ。

 大規模な征伐によって元々いた数よりずっと少なくなってしまった俺達だが、ある程度、数千程度の生き残りはいる。

 しかしこうして併呑されていった兵は決して珍しいものではなく、新たに加わった集団の仲間たちの多くは、俺と同じような境遇にある者らしい。

 

 元いた組織を解体され、頭数だけを接収され、そうして膨れ上がってゆく、ひとつの巨大な組織。

 もちろん、新たに属したここには愛着なんてものは無い。

 だが、新たに属することになったここの魔族の長……ミトラ。

 おそらくはヨウェン様よりも遥かに強大であろうあの方に反旗を翻すような気分には、とてもではないが……なれなかった。

 

 幸いなるかな、俺はこのミトラ率いる大組織から他の場所に呑まれることはなく、どうにか二度目にして、勝ち組の方に属せたらしい。

 

 

 

 ミトラ様は、通常の魔族とは全く異なる姿を持っている。

 言うなればそれは、金属の多角形。宙に浮かぶ、不可思議な銀色の金属塊。

 それはおよそ生物的でも魔族的でもない姿ではあったが、確かに男のような言葉を発するし、自らの意志をもって動いている。

 姿からはとても想像できないことではあるが、ミトラ様はいざ闘いとなると、その姿は変えぬまま、敵対する勢力の尽くを悪夢のような早さで鎮圧してしまう。

 ミトラ様を中心に展開される巨大な魔法らしき陣は、味方さえも巻き込む規模の大火炎を生み出すし、逆に何かしらの攻撃を受ける際には、攻撃に対して最も適切らしい魔法によって対抗し、無力化する。

 

 実に悔しく、認めがたいことではあるが、ミトラ様の力は全盛期のヨウェン様をも遥かに上回るだろう。

 彼の強さは、複数の陸地を制覇することによってわかりやすく証明されてしまったのだから。

 

 新たな支配者。

 新たな暴君。

 

 俺も一介の、身勝手な魔族の端くれではあるが、圧倒的な力の差というものは覆し難い。

 届き得ない頂きが存在することは、この頭でも魂でも、しっかりと理解している。

 

 地上で暴力に満ち、法はなく、全てが開放的ではあったが……。

 それはどうあっても、力ある者だけに限られた事だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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