東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 悪魔の教育は紅に任せてしまったが、私までその厚意におんぶに抱っこされるわけにはいかない。

 私は私で、自分の姿の恐ろしさを認知しなくてはならない。魔人や悪魔から嫌われないようにする努力が必要だ。定期的にこれ言ってる気がする。

 

 近頃は一部の魔人は私を見てもそう大げさに驚かなくはなってきた。

 だが、生まれたてのあの悪魔ちゃん……仮に小悪魔ちゃんとしようか。彼女が私を怖がらないということにはならない。

 少々面倒ではあるが、オーレウスの里を訪ねた時のように、また変装まがいの格好を準備する必要があるだろう。

 

 要は、お着替えするってこと。

 

 

 

「ふーむ」

 

 浮遊図書館都市、ブックシェルフ。未だ前人未到の無人の書斎にて、私は着替えの作成に乗り出していた。

 図書館で着替えを作るというのも変な話に聞こえるかもしれない。

 だが、ここにある書物作成用の巨大マジックアイテム、“刻印のスフィア”を用いれば、結構簡単に洋服が作れてしまうのである。

 

 ただその場しのぎの服を用意したいのであれば、簡単だ。原初の力によって、服を作れば良い。

 しかしその場合だと質感が悪く、不織布っぽいというかテロテロしているというか、あまり着心地がよろしくない。

 故に、“刻印のスフィア”の繊維を織り込んで生地を作成する能力を用いるのが一番なのだ。

 

 “刻印のスフィア”は、書物作成用の巨大なマジックアイテムである。

 巨大な球体を本体とする、全自動製本機兼万能タイプライターだ。

 どんな形の、どんな材質の本でも作れるので、服の形をした1ページの布の本を作ることだって可能なのである。

 

「まあ、面倒だからどうせローブにするんだけどね」

 

 骸骨っぽい細身では、いくら着飾っても不気味なだけだ。

 結局服を作っても、体のラインを見せないゆったりとしたローブに収束してしまうのが、ちょっぴり悲しい。

 こうして今も出来上がったものは、厚ぼったい手袋に、頭部を覆い隠すいい感じのフード付きローブである。

 ……まぁ、生身だった頃から服に頓着してなかったし、別にいいんだけどさ。

 

「かといって、わざわざ全身に肉付けするのも気持ち悪いしなー」

 

 全身に生肉を貼り付けて生活する気持ちを想像してみれば、わかりやすいと思う。

 時々人と話したい気持ちにはならないでもないけど、さすがにそこまではしたくない。

 

 全身に包帯を巻いて、厚着して、仮面つけて、それでバレたら大人しく諦める。

 これこそが私の見出した、なんとも後ろ向きなコミュニケーション能力の結晶なのであった。

 

 

 

 

「うん?」

 

 全身に対小悪魔ちゃん用の衣服を装備した私は、ついでに刻印のスフィアで製本した“必携! 魔界の素敵な景勝地五百選”を片手に、空きのある本棚へと歩みを進めていた。

 どうせ誰もいない。魔人がここへ踏み入るのにも、まだまだ何百年も何千年もかかる。

 そんな油断した気持ちで、赤レンガの無人民家が立ち並ぶ大通りを悠々と歩いていたのだが。

 

『……!』

「おや」

 

 私は、半透明の女と遭遇した。

 

「確固たる像を持っている。高次自由魔力ではない。しかし……顕霊でもない」

 

 女は半透明だ。小奇麗なお洋服も、金髪も、赤い瞳も、全てが薄く、向こう側の景色が透けて見えている。しかし姿を持っているので、高次自由魔力とは言えない。

 しかし、霊魂でありながら姿を持った彷徨う顕霊とも言い切れない。先程から彼女は何かを言いたげに、私に向かって口をパクパクさせてはいるが、その言葉の一切がこちらに届いていないのだ。

 顕霊であれば、発声は可能である。それができないということは……。

 

「魔力の撓みが引き起こした、異界の像ということか」

『!? ……!』

 

 ありえないことではない。理論上は十分に起こり得ると結論した事だ。現に、私の目の前ではその証明がなされている。

 ラッキーな場面に立ち会えた。まさかこんな場所で、こんな珍しい現象に立ち会えるとは。

 

 ……と、私は内心で喜んでいたのだが、目の前の彼女はあまり嬉しそうではない。

 さっきから“ここはどこ?”とか“助けて!”とかそんな風に言ってるような、必死な顔つきだ。

 

 音が通じず、辛うじて光による姿が認識できる程度なのだ。存在からして不安定な相手である。あまり長くコミュニケーションは取れないだろう。

 けど、ふいっと見捨てるのは忍びなかった。なので、私は彼女と音のない会話を試みることにした。

 

「……“右手をあげて”」

 

 私は両手を軽く掲げ、その合間に原初の力によって、文字入りのプレートを出現させた。

 汎用魔界文字最新版。今最もアツい魔界文字である。

 

『……?』

 

 が、ダメ。

 女は突然現れたプレートにびっくりしたようだったが、そこに書かれた文字を見て私の意図を察したか、しかし首を横に振った。

 私の試みはなんとなくわかってくれたようだが、この文字は読めなかったようである。

 ふむ。ならばもう少しだけ遡ろう。

 

「“右手をあげて”」

 

 汎用魔界文字、地上神族版オーレウスの里風味。

 これは初代オーレウスがよく使っていた、地上の神族が度々用いるタイプの文字である。

 

『……』

 

 ところが、これも読めない。女は“オーノー”といったかんじで掌を上に向け、首を横にふる。

 なんだかベタなリアクションだ。

 しかし私とのコミュニケーションができそうだとわかっているからか、先程までの取り乱した様子は無かった。

 

 ……しかし、魔界文字と地上神族文字が少しでも解読できないとなると、この子は一体何者なのだろう。

 

 天界に住む、独自の文化を形成した神族なのか。それとも今荒れに荒れている地上に住まう、独自の文字を扱う魔族なのだろうか。

 

「……それとも」

 

 もしくは……。

 

「“Raise your right hand”」

 

 んなわけないか。

 

『……っ! っ!』

「うそん」

 

 元気よく右手を挙げて“はい!はい!”と飛び跳ねる女を見て、私はうっかり、英語で記されたプレートを地面に落としてしまった。

 

 


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