東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 さて、何年かかけて魔界の新システムは構築できた。

 過去、無駄に魔界の規模を拡張しすぎてしまったために力の伝播に細心の注意を払わなければならなかったが、その問題も解決済み。とりあえずは、“悪魔の派遣サービス”システムも完成といったところだろう。

 

 しかし、せっかく“契約の呪い”などという面倒な呪いを自動付与するような機構を拵えたのだ。機能を地上と魔界相互間に限定するのは実に勿体無いことである。

 なので私は、“契約の呪い”が掛けられた悪魔の住まう魔都においては、地上だけでなく、魔界全域やその他特殊な異界についても繋がりを持てるように設定した。

 要するに、準備さえ整っていれば、どこでも悪魔を呼び出せるということである。

 具体的にどのような場面で役立つのかは私にもわからないが、自由度は低いよりは高いほうがいいだろう。

 魔力の収集についても、機会は多いほうがお得だしね。

 

 だが、完成とはいえまだ実際の動きを確認していない。

 本当に魔族は魔都へ転送されるのか。

 転送された魔族は呪いを受け、ちゃんと悪魔となるのか。

 地上で特別な召喚を使い、実際に召喚できるのか。

 また、召喚後契約が終了した後で、魔都へ強制帰還させる術が発動するのか……。

 

 魔力単体で動かすものであればともかく、この仕組は単純ではあれど、霊魂を何度も介するものだ。

 霊魂が関わると事が少々面倒になるので、何度か実験してみる必要があるだろう。

 

 が、それにはまずそれなりに多い穢れを持った魔族が必要だ。

 

 穢れの多い魔族は大抵の場合、自らを蝕むはずである穢れの消耗を跳ねのけるほどの力を有しているので、一般的な魔族と比べると長大な寿命を持つのが特徴であるとのこと。

 だがこの魔界において、ゼンのように霊魂を大きく組み替えた魔族モドキは数多くあれど、純粋に穢れの多い魔族というものは全くいない。

 穢れの量が中途半端で悪魔には適していなかったり、オイタが過ぎて私達によって制裁されたり、とにかく“強く汚れた魔族”というものが存在しなかったのだ。

 

 ゼンのような一度霊魂を再生させた魔族は、魔族としての性質を霊魂単位で失っているところが大きいので、たとえ穢れの量を操作させたとしても不適格。

 また魔界に住んでいる霊魂を操作されていない魔族も、穢れを増幅すればできないことはないかもしれないが、耐久性や精神面で様々な課題が残る。

 

 ……魔界の住民から、魔都の悪魔を募ることはできない。

 

 ならば、地上にいる多くの悪しき魔族を強制的に呪いでしばいて魔都に突き落とせば良いだろうか。

 ……落ち着いて実験をしたいとは思っているが、あまり強引に魔界へ連れ込んでも、魔族は快く引き受けてはくれなさそうだ。

 神綺とサリエルは“適当に引っ張ってくればいいじゃないか”と言うのだが、倫理を抜きにしてそれはどうかと思う。

 

 できれば私の魔法の余波などが現れない環境を整え、穢れの量を調整して何度も往復を試しながら実験したいのだ。

 それには、自らの穢れの値が操作されることさえも厭わないような、献身的で協力的な魔族が必要不可欠である。

 

 どこかにいないものだろうか。

 そのような都合の良い生物が……。

 

「そうか、ならば創ればいいじゃないか」

 

 いつもの結論である。

 無いなら創れ。カンブリア紀から変わらない私達の職人根性に火が付いた。

 

 というわけで早速神綺を呼んで、一緒に都合の良い魔族を創ってみよう。

 

 

 

 

「穢れを増減できて、基本的には協力的でおとなしい魔族、ですか」

「そう、魔族を創ってほしいなーって」

「うーん」

 

 神綺にこれからの作業計画を伝えると、彼女は顎に指を当てて、赤い空を見上げた。

 

「魔族を見本にして魔族を創る、というのは何度か試しましたけど……ゼンの場合はほとんど鳥の怪物が出来上がったり、魚人たちの場合は気持ち悪い巨大魚が出来たりして、失敗が多いんですよね」

「ああ……魔族の創造は難しいんだっけ」

「はい。なかなか魔人のような人型は生まれないんですよ」

 

 実は神綺の生物創造も、万能というわけではない。

 サリエルを元にしても様々な個性豊かな魔人が生まれるような創造なのだ。元々精度が高いというわけではないし、そもそも精度という言葉でどうこうなる次元の話ではないのだろう。

 

 神綺は過去、魔族を見本として魔族や魔人を生み出そうとした事があったが、そのどれもが異形の怪物を生み出したりだとか、不完全な魔族を生み出すばかりで、うまくいった例がほとんどなかった。

 上手く人型の魔人のようなものができたとしても、短命かつ知性のない粗暴な初期魔族のようなものが出来上がるばかりで、“魔族はやめておこう”という結論に達したのは記憶に新しい……わけでもないが、周知の事実である。

 

 かといって、魔人ならばうまいとこ利用できるのではないかといえば全くそんなことはなく、彼らに対して急激に穢れを増幅したり減少させたりすれば、霊魂に負荷が掛かってすぐに死んでしまうだろう。

 神族は元々の性質上、穢れを魔族ほど抱え込むことができないというのが難点だ。

 

 できれば素体は地上の魔族であることが望ましい。

 かつ、協力的で、どうにか知性を保持できそうな魔族が……。

 

「うーむ……」

「そんなうまくいかないですよ、ライオネル」

「そう、かなぁ……やっぱり強制拉致で根気よく実験していかないとだめか……」

 

 異界への扉へ魔族を蹴り入れ、穢れを溜め込んだ魔石を一個ぶつけてやって、とまぁそんな過酷なシャトルランを延々と、強引に、強制的に繰り返してゆく。

 やられる方はたまったもんじゃないだろうが、やる方もやる方で多分もっと大変だ。

 いや、でもこれをやらないことには詳細な詰めの設定に不備が出るだろうし……ううむ……。

 

「あ、でしたらライオネル、(コウ)に手伝ってもらうのはどうでしょう?」

「……紅? 今法界にいる、紅に?」

 

 地上の魔族。

 ドラゴンの霊魂と意志から形成された魔族、紅。

 彼女は今、アマノの残滓が眠る法界にて、穏やかに瞑想を続けているはずだ。

 

 ……これは完全に私の贔屓だが、彼女にはあまり、穢れを増幅させたりといった実験には協力してほしくないなぁ。

 

「紅はちょっとなぁ……」

「彼女本人じゃなくても、彼女を見本として私が魔族を創造すれば良いじゃないですか」

「……あ」

 

 ああ、そうか。なるほど。

 

 確かに普通の魔族を見本にした場合だと、動物的特徴を引き継いだり害性や野生味を強くしたりで、協力者としては向かないが……。

 

 動物的特徴をほとんど引き継いでおらず、先天的に善性が強い、魔族の特異個体とも言える紅を見本とすれば。

 

 ……穢れを大きく操作しても問題のない、協力的な魔族……悪魔が創れるかもしれない。

 

「……ちょっと、やってみる価値はあるな」

「ですよね? じゃあ、早速紅に会いに行きましょうよ」

「うむ……彼女の休眠を妨げるのは少し気が引けるが、少しだけ神綺に観てもらうだけだし、大丈夫だろう」

「やったー」

 

 久方ぶりに紅と再会できるからか、神綺はどこか上機嫌である。

 まぁ、元々神綺は紅に対する好感度が高かったからね。

 私だって、アマノにまつわる生い立ちをもった彼女には特別な想いを抱いているし。

 

 ……実験への協力を抜きにしても、紅を元にした創造悪魔というものに、興味が湧いてきた。

 

 どれ、では早速法界へ行ってみようではないか。

 

 

 

 


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