さて、強大な魔族の出現。それは確かに恐ろしいことである。
しかし、それはあくまで私の目の届かない場所に被害が及んだ場合であって、決して私を含んだ危機感ではない。
目の前にいれば、たとえそれが魔族の大軍勢であったとしても、私はそれらを無力化することが可能である。
だから何が怖いかっていうと、やっぱり私の目の届かない場所で起こる事なのだ。
これからはメタトロンが上手く根回しすることで、続々と敵対的な魔族がここへとやってくるだろう。
それ故、私達は大勢の敵性魔族をどうにか掌握する策を講じなければならなかった。
が、以前やっていた魔族の受け入れとは違い、今回は流入する魔族達を相手に接待する必要などはない。
私達は連中を全て抹殺して霊魂を魔力に変えてしまっても良いし、彼らを拘束して延々と漏出魔力だけを食い物にしてやっても良い。
調理法に縛りはないので、結構気楽なのだ。
しかし、ただ殺してしまうというのも勿体無いことである。
どうせなら有効利用したいし、あわよくば害性を可能な限り取り除いて、特殊な住民扱いにしてしまいたいところだ。
魔界には魔力が豊富に存在し、魔力の不活性状態である魔素も数多く漂っている。
月の影響を受け、星々の恵みを受ける地球上もかなり魔力に恵まれてはいるが、魔界の魔力は性質こそ淡白だがそれ以上のものがあるだろう。それには魔界そのものが強い魔力を呼びこむという性質も関わっているはずだ。
けど、私は諸々の事情により、魔界にもっと多くの魔力を呼び込みたいと考えている。
それには外部からの接続によって流れこむ魔力や、強い力を持った神族や魔族による漏出魔力を流入させなくてはならない。
今回、魔界へ侵攻してくる魔族たちには、そこのところを協力してもらおうと思う。
「ライオネル、本当にここに力を置くだけでいいんですか?」
「うむうむ。ずれたり重なったりしなければ大丈夫だから、ゆっくりでもいいから正確にね」
「はーい」
魔界の上空にて。
私と神綺は原初の力によって、空中に輝く特殊な魔法陣を敷いていた。
複数の円盤が互いに突き刺さったような形の、立体構造の魔法陣。
立体魔法陣というものは決して珍しくはないが、大抵はゴーレムや大規模設備の機能として作るものが多いので、こうして空中に大規模魔法陣だけを構築するのは法界以来の事だったりする。
やっていることも同じようなものだ。
私達はかつて魔界を広げたり、輝きを持たせた時のように、原初の力で魔界に新たな“法”を構築しようとしているのであった。
「それにしても……これを完成させれば、本当に魔族達が転移する場所が一箇所に固定されるのですか?」
「理論上は間違いないはずだよ。大質量・大エネルギーの転移先を法界にしているのと同じように、穢れの量が基準を超えた霊魂を一箇所に転移させる……それもまた、ちょっと法則をいじるだけで変更できるはずだ」
魔力飽和による転移先を、一箇所に誘導する。
魔族が攻め入ってきた際に、彼らをこちらが構築した空間に陥れるわけだ。
これさえ完成してしまえば、あとは誘導先にマグマを敷けば楽に駆除ができるし、拘束装置を確立すれば魔力の搾取も全自動である。
が、どうせ魔法を用いて誘導するのであれば、ただ殺したり拘束したりでは芸がない。
できれば複雑な呪いを付与してやり、彼らに特別な役割を与え、更に魔力の呼び込みに協力してもらいたいものである。
相手が強いかどうかなど、事前に準備を整えた魔法使いの前では何ら意味を成さない。
新たに敷かれるこの理不尽な法は、そんな常識を植え付けるものでもあった。
「穢れを多く持った魔族が魔界へやってくると、自動的に間接転移魔法が働いて対象を特別地域に転送させる。同時にその魔族に“契約の呪い”を付与することで、こちらの管理下に置かせてもらう」
「契約の呪い、ですかぁ」
“契約の呪い”。
涙の書に分類されるであろうこの呪いは、対象の行動を束縛する。
精神的な根本の部分に干渉することはできないが、霊魂の表層を全て覆うことによって、擬似的に魂そのものを掌握することが可能である。
この呪いをかけられた魔族は勝手に魔界で暴れることはできなくなり、その禁を破れば霊魂に大きな負担が加わる。
霊魂を直接分解して魔力に変えてしまうので、やられる側は生きながらにして“神秘の蝋燭”を受けている気分になることだろう。魔族とはいえ、自らの霊魂が分解されるのは嫌な筈だ。
魔族が他者を眷属化しても、この呪いは強い穢れを持つ者に対して感染するように発動するので、次世代が生まれたとしても呪いが消滅することはない。解除をするにせよ、相当に高度な魔法の知識を必要とするだろう。
魔界に攻め込んできた魔族達には、この“契約の呪い”を受けた上で、これから整備する居住区で暮らしてもらうことになる。
残念ながら、魔界へやってきた時点でそうやすやすと返してやるわけにはいかない。きっちり漏出魔力を支払った上で、魔界の住人として暮らしてもらうつもりだ。
が、私も鬼ではない。魔族たちにはそれなりの温情として、ちゃんと地上へ戻るための方法を用意してやっている。
「……私は、魔族達を外に出られないようにした方が良いと思うんですけどね……」
「ふっふっふ。いやいや神綺、これは必要な事なんだよ」
「でも、やっぱり不安ですよー」
魔界へ拘束される悪しき魔族……悪魔は、地上で特定の魔法が発動されることによって、限定的な条件付きで地上に戻ることが許されている。
特定の魔法というのは当然私が作り出した魔法であり、いわばそれは“悪魔の召喚”だ。
悪魔は地上の召喚者から示された条件を“契約の呪い”に付与する形で呑むことにより、召喚という形で地上へと転移できる。
転移後は地上で楽しく暮らせるが、召喚者の示した条件は守らなければならない。要は、地上へ出られるかわりに働かなければならないということだ。
悪魔は悪い魔族だ。しかし力は神族でさえもそれなりに手を焼くほどに強い。
地上の生物にとっては、その力を手懐けられるのであれば、一時的にでも利用したいと考える者は多いだろう。
この召喚のシステムは、地上の人々に対する魔界からのサービスでもある。
悪魔の召喚には、悪魔の行き帰りを可能とする魔界への接続のために膨大な魔力が必要であり、また何種類もの触媒が必要となる。
悪魔を長時間地上に呼び出し続けるには相当な魔力をふっかけるつもりなので、魔界はこの“悪魔の派遣サービス”によって、地上から多くの魔力を得るだろう。
魔族を完全に魔界に幽閉するわけではないが、大多数の魔族が悪魔として魔界に封じられることになるのだから、神族にとっても悪い話ではないはずだ。
それに魔族側にとっても、敵のいない魔界での暮らしはそれなりに悪くはない……はずである。……と、思いたい。
ともあれ、私達が構築しているのは、そんな新たな魔界における“法”なのだ。
その作業は、なかなか大規模なものであった。
しかも、この後には魔界に封じられた悪魔を召喚するための魔法を、どうにかして地上に流布しなくちゃいけない。
強引に触媒魔法も交えて、できるだけ簡易なものにしてはいるけれども、果たして地上で暮らす神族や魔族に、この悪魔の召喚は定着するのだろうか。
……誰も使わない、なんてことには、なってほしくないなぁ。
じゃんじゃん召喚して、じゃんじゃん魔力を支払ってほしいものである。
「あっ、神綺そこずれてる!」
「え? あ、ごめんなさーい!」