東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 迫る、大陸が如き巨大な岩盤。

 

 対処を丸投げしたサリエルと、期待に満ちた目で私を見る神綺。

 仕方ない。二人にもどうにかできないことはないのだろうが、ここはひとつ私が一肌脱ぐとしよう。

 

 石の杖を掲げ、空中に魔法陣を敷設。

 展開するのは血の書初等魔術、基礎中の基礎。

 

「“破滅の息吹”」

 

 それは、全てを粒子状に破壊する滅びの魔煙。

 空に向かって飛んでいった灰色の風は、私達の真上に覆いかぶさろうとしていた岩盤を、瞬く間に消滅させてゆく。

 

 迫り来る岩盤に。巨大な半球状の空洞が出来上がった。

 これだけでもう、私達の安全は確保できたようなものである。

 

 しかしここでは終わらない。

 どうせ防ぐならば、より完璧な、魔法使いらしい防御でなければ。

 

「“憂鬱”」

 

 掲げた杖から紫光が迸り、真上に向かって一直線に射出される。

 光は巨大な岩の半球状の窪みに直撃すると、その輝きを大質量の岩の中へ勢い良く拡散させ始めた。

 

 クモの巣状に広がり、瞬く間に岩盤を貫き、覆い尽くしてゆく紫光。

 

「これが魔法使いの力というものだ」

 

 岩盤が私達に落下しようというその時、岩は蜘蛛の巣状の切れ目によって無数の欠片に分たれ、またそれぞれの勢いも失われた。

 破片は地に落ちることなく空中で留まり、やがて完全に停止する。

 

 “憂鬱”。

 “破滅の息吹”と“劈開”を兼ね備えた“黄昏時”の縮小版とも言える規模に留めた攻撃性能と、破壊した対象に“浮遊”と“大いなる力の均衡”を付与する力を持った魔術だ。

 これによって破壊された物体はそのままの場所に固定され、動きを止める。

 例えば隕石ならば、細かく砕かれた上でその勢いを著しく減衰させることだろう。

 自由落下程度の勢いであれば、ピタリと動きを停止させるのも難しくはない。

 

「綺麗ですね」

 

 魔界の空には、無数の岩石の欠片が浮かび、散りばめられていた。

 天然の水晶のように美しくカットされたそれらは、鋭利な六角錐を真下に向けて宙に縫い付けられている。

 確かに、綺麗に見えないこともない。今更こんな言葉を使うのもどうかとは思うが、宙に浮かぶ石というのはなかなかファンタジーな光景だ。

 同じような感情は攻め入った魔族たちも抱いていたようで、少し前まで自らの身に迫っていた危険に開放された安心感もあってか、魔族たちの動きは止まっていた。

 

 しかし、私は彼らを助けたわけではない。

 あの岩盤は元々、神綺が生み出した攻撃用のものだ。その攻撃をわざわざ止めて、無力化したくはない。

 

「“精密な射出”」

 

 なので、空中に止めていた岩石を撃ち出すことにした。

 私の魔力を纏う岩石だ。術式が違う魔法に組み替えることも容易である。

 

 術を組み換え、推進力を与えてやる。

 魔力によって勢いを得た岩石は、私が定めた指向性をもって魔族たちへと襲いかかった。

 

「うわっ」

「ひぎゃっ」

 

 細かく砕いたとはいえ、それぞれがかなりの大質量を持った鋭利な岩だ。

 勢い良く直撃すれば、いかに強力な魔族といえども無事では済まされない。

 巨大な蛇のような生き物たちも、私の岩攻撃を受けて胴体に大きな穴を空けていた。

 

「これくらいは防げないものかね」

 

 私は杖によって浮かぶ岩を操り、ひとつずつ射出し、魔族を狙い撃ってゆく。

 彼らはどこから襲いかかっててくるかもわからない即死攻撃を警戒して逃げ惑っているが、私が操作する狙い撃ちの精度も、射出される岩の速度も、彼らの回避能力を大きく上回っている。適当に動いて避ける事などは、到底不可能だ。

 

「狼狽えるな」

 

 このまま射的ごっこをして終わってしまうのだろうか、と私が溜息をつきそうになっていると、突如、空中に強い衝撃波が走った。

 

「“月の盾”」

「壁よ」

「“隔壁”」

 

 サリエルと私は魔法で、神綺は原初の力によって、とっさに防御を展開する。

 それはつまり、私達三人が揃って防御に回らざるを得ないほどの攻撃が発せられたということである。

 

 その証拠に、空中に浮かんでいた無数の岩石達は粉々に砕け散り、影も形もなく消え去ってしまった。

 

「あら」

 

 空間に迸った衝撃波は、神綺の出現させた分厚い壁を半壊させていた。

 サリエルの“月の盾”も魔力がほとんど削れており、今の攻撃がなかなかの出力であったことを物語っている。

 

「我々は気高き魔族の軍勢だ。みっともない姿を見せてくれるな」

「……長!」

「長!」

 

 オサ。集団の中央に居座り続ける黒髪の男は、魔族たちからオサと呼ばれている。

 

 今の衝撃波は、やはり彼を起点に放たれたものであるようだ。

 

「なるほど、魔界の連中もなかなか骨があるらしい……が、少々脅かした程度で勝った気分になるというのは、いささか気が早過ぎるというものだな」

 

 別に、彼の言う事はどうでもいいんだ。ただ、隣で殺気をぐんぐん高めている神綺のことは気がかりである。

 このままだと彼女は、また以前のように大変な兵器を持ちだしてしまいかねない。私は目の前の敵よりも、その事のほうが心配であった。

 

「ほう。そう言うのであれば、私と一対一で決着をつけてみるか?」

「……ふむ」

 

 私は神綺が暴走するより先に、前に躍り出た。

 いつもよりも何倍もやる気をみなぎらせ、売り言葉に買い言葉なんて慣れないことまでして、杖を携え構えたりもする。

 

 後ろのほうでサリエルが“珍しいな”なんて言っているが、まさにその通りだ。

 私もあまりこういうことはしたくないし、柄ではない。

 

「ライオネルと名乗ったな。私の名はヨウェン。では、一対一で決着をつけよう……おい、貴様ら。貴様らはあそこの二人を片付けろ」

「はっ!」

「お任せを!」

 

 謎の魔族ヨウェンとの一対一。

 私は不敵な笑みを浮かべるヨウェンの顔を見て戦慄を覚えると共に、彼が背中に広げた四枚の黒翼に刻まれた魔力文字を見て、それ以上の脱力を覚えていた。

 

 私にしか解読できないような、複雑な魔界文字が描かれたヨウェンの黒翼。

 そこには、四分割で“話があるからとりあえず離脱してくれ”というようなことが書かれていた。

 

「ゆくぞ! ライオネル!」

「……こい!」

 

 というわけで、私達はそれっぽい雰囲気を出してから、その場から急速に離れていった。

 

 


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