東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 原初の力によって魔界内を転移し、ひとまず大渓谷の塒へ。

 

「ふむ。サリエルに場所を聞くのを忘れてしまった」

 

 ざっと見回してみたが、変わった様子はない。

 このまま“眺望遠”によって魔界のあちこちを見渡してもいいのだが、それはそれで時間がかかるし神経も使う。

 

「適当に転移してれば大丈夫か」

 

 とりあえず、私は魔界の各所を適当にワープして回ることにした。

 

 

 

 まず最初に転移したのは、いつもクベーラがやってくる建設予定跡地だ。

 

「ここじゃない」

 

 人っ子ひとり居やしない。

 

 

 

 次に転移したのはゼンが管理するクロワリアの塔の上。

 

「うーん」

 

 どうやらここでもないらしい。

 

 

 

 お次は浮遊巨大凍土。

 

「まあいないよね」

 

 ここは人工の南極のようなものである。誰が好き好んでここを訪れるというのか。

 

 

 

 次に来たのは模倣の海。どこまでも広がる偽りの大海。

 

「サリエルを呼びたくなってきた」

 

 彼女は急いでいるようだったので、早く現地に赴かなければならないのだが……。

 しかし、一から探すのは本当に大変だ。サリエルに見つけてもらった方が楽かもしれない。

 

『おいライオネル! 何故こんなところにいる!』

「あ、サリエル。ごめん。場所を聞き忘れてた」

 

 そうこう考えている内に、電影のサリエルが私の前に現れた。

 電影の表情は読み取れないが、身振りを交えて叫んでいるあたり、怒っているだろうということは想像に難くない。

 

『場所は黄昏の荒原だ! 魔界の主ならさっさと来い!』

「ご、ごめんよー」

 

 怒られてしまった。

 確かに、一番最初に魔界に居たのは私だし、私は魔界の主と言える。

 けど魔界の端まで目が届くわけではないし、魔人を創れるわけでもないから、サリエルや神綺の方が適任だと思っている。

 

「すぐ行くよ」

 

 となると私にできるのは、魔界整備の実行役だ。

 淡々とした単純労働は私も好きなところなので、誰かの下について働くというのはなんとなく気分が楽である。

 

 どれどれ、それじゃあ魔界にやってきたお客さんの応対でもしましょうかね。

 接客経験はあまりないけど。

 

 

 

 

「――以上。何か言いたいことはあるか?」

 

 空間の歪みを貫いて、岩石の荒野の上に着地した。

 その時、私は男の言葉を聞いた。

 

「ほう? 気配なく現れるとは面白い……さすが魔界の民といったところか」

「うわ」

 

 声のする方に顔を向けてみれば、そこには大勢の魔族がずらりと並んでいた。

 

 百や二百ではきかない。

 数千単位の数の魔族の大群が、この黄昏の荒原を踏みしめ、たった数百メートルを隔てて私と対峙している。

 

「遅かったぞ、ライオネル」

「ライオネル、待ってました」

「あ、二人共遅れてごめん」

 

 向こう側には見知らぬ魔族の大群がいたが、すぐ近くには神綺とサリエルが立っていた。

 どうやら二人は、私が来るまで彼らと向き合って対応してくれていたらしい。

 

「……で、なんか丁度あっちの人達の言葉聞けなかったんだけど……あの魔族たちの団体さんは一体?」

「移住希望者の集団に見えるか?」

「うーん」

 

 荒野の向こう側に立つ魔族たちは、多種多様。

 身の丈二十メートルを超えるような巨大な人型の者もいれば、地獄で見かけた鬼のような風貌の者もいる。

 人っぽい姿だけでなく、動物を模したような連中も豊富だ。特に蛇を模したような、神話でいうところのオロチっぽいタイプの魔族が多いように窺える。

 

 で、そいつらが手に金属製っぽい斧やら剣やらを持っていたり、血走った目でこちらを睨みながら舌なめずりしているわけだ。

 当然、観光気分で来たお客様という風には見えなかった。

 

「もう一度言う。我々の軍門に下り、魔界の全てをこちらに明け渡せ。さもなくば貴様らを塵が如く切り刻み、その上で灰も残さず焼きつくしてやる」

 

 その物々しい集団の中央付近に立つ黒髪の男は、微笑みながらそう言った。

 

 白いというよりは血色の悪いように見える青白い肌。切れ長の目に、真っ赤な唇。

 どことなく色気を感じさせるような、ダークな男。

 

 班長とか、外交役とか、そんな中間管理職的な立場についているようには見えない。

 黒っぽい外套に身を包んだ彼は、黒地の上に幾つもの黄金の装飾を飾り、集団の中でも特に目立っている。

 あの男が、この膨大な魔族の集団を率いてやってきたということなのだろう。

 

 ……ふむ、そう考えてみれば、あの男はクベーラとコンガラに続き、自力で魔界への扉を開けて入ってきた三人目の存在ということになる。

 彼もまた、魔力の扱いに長けているということだろうか。

 

「で、ライオネル、あいつはそう言ってるが、魔界を渡すのか?」

「まさか、全部は無理だよ。けど一部は良いんじゃないかな。また新しく区画を作って、そこに住んでもらう形にすれば面白いかも」

「提案してみます?」

「うん、そうだね。ちょっと私訊いてくるよ」

「うむ。では私は戦闘の準備を整えよう」

 

 私は“浮遊”を使い、視界いっぱいに展開した魔族の群れへと近づいてゆく。

 距離は、ようやく声が届く程度の位置。あまり近すぎても警戒されてしまうので、ここから拡声の魔法を使って考えを伝えるとしよう。

 

「……あー、私は魔界の偉大なる魔法使い、ライオネル・ブラックモア」

「ほう」

 

 私が名乗りを上げると、血色の悪い男は嘲るように微笑んだ。

 

「貴方達が魔界への移住を希望しているのであれば、私達は最適な居住空間を提供できる」

「……」

「もしも居住環境に関して希望があるなら言ってほしい。それらに最大限配慮した区画を整備して、貴方達専用のスペースとして……」

「ほざけ」

 

 えっ、なんかあの人怒ってる。

 

「俺は魔界をよこせと言ったのだ。区画? 提供? どうやら貴様らは、自分たちの立場というものを理解していないらしい」

「え?」

 

 男が軽く右手を掲げる。

 すると、後ろに控えていた魔族たちの大群が一斉に手にした得物を構え、前傾姿勢になった。

 

「お前達、魔界の阿呆共に闇の力を教えてやれ」

 

 そして彼が手を下ろしたその瞬間、魔族の群れは一斉にこちらへ襲いかかってきた。

 

 どうやら、彼らは魔界の一部区画をもらっただけでは満足できないらしい。

 だったら仕方ない。まあ、態度を見て薄々そんな感じかなぁとは思っていたよ。

 

「神綺ー、サリエルー、だめだったー」

「当たり前だー」

「知ってましたー」

 

 後ろで魔族たちのけたたましい足音が響く中、私は後ろに控える二人に手を振って、交渉決裂の旨を伝えておいた。

 

「でもー、とりあえず何人かは残しといてー」

「余裕があればなー」

「わかりましたー」

 

 サリエルが純白の翼を広げ、生命の杖を片手に宙へと浮かび上がる。

 神綺は六枚の黒翼を展開し、赤黒い魔光を身体の周囲に迸らせる。

 二人とも、戦闘準備は完了だ。

 

「さて……それじゃあせっかくの来客だし、派手な魔法でもお披露目しておこうかな」

 

 “不滅”発動。地面に散らばる岩石を右手に吸い寄せ、簡易的な魔法の杖を生成。

 同時に杖を起点に“魔力の収奪”を発動、辺りに立ち込める環境から豊富な魔力を吸い寄せる。

 

「最初の手柄は俺がいただくぜぇ!」

 

 下準備を整える間にも、素早い魔族の大群たちは、既に私の目と鼻の先にまで迫っていた。

 目と鼻の先。しかし、距離にしておよそ五メートル。それだけ離れていれば、私にとっては充分であった。

 

「“開墾”」

「へ――」

 

 杖の石突きで、地面を叩く。

 

 すると、私を起点として岩の荒れ地が大きく歪み――

 

 高さ十数メートルの岩の津波となって、魔族の群れへと襲いかかった。

 

 

 


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