東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔法の研究というものは、実に時間がかかる。

 魔法という結果を起こすための正解は、たったひとつと決まっているわけではないからだ。

 もちろん、理論を一から学んで模倣するように勉強すれば、同じ魔法を扱うことはできる。

 しかし人が魔法そのものに興味を持っている時点で、何かしら自分の中での魔力の気付きの中に、特定の形を形成しているものだ。

 

 今、フォストリアの魔人たちもまた、各々独自の魔法を身につけている。

 彼らの触媒魔法の研究はまだまだ始まったばかりではあるが、それでも必死に考えて生み出したものには違いない。それを一から捨てて私の魔法を学べというのは、少々酷な話である。

 

 それに、私は私が生み出したものとは違う種類の魔法に興味がある。

 異なる体系、異なる理論によって生み出された魔法。私が気付けなかった、魔法のもうひとつの可能性。

 できることならばフォストリアの人々には、彼ら独自の魔法の歴史を歩んでほしいものだ。

 

 それにはちょっと時間がかかる。こうして付きっきりで見ているのも楽しいけれど、さすがに日進月歩という一言で急成長するほど、魔法というものは単純ではない。

 私の時間は長大であるが、無限ではない。私の考える頭も、物を見る目も、ひとつだけだ。

 同じ魔法使いとして彼らを見守りたい気持ちはあるが、ここはひとつ、気長に待たなくてはなるまい。

 

 魔人は増えた。彼らの営みも多様化した。

 それはそれとして、私には私のやるべきことがある。

 

 魔導書の修正作業と、私という存在の究明だ。

 ちょっと寄り道してしまったが、私はこれらの作業と問題を、まだ解決しきってはいない。

 時代の進行を待つついでだ。時間があるうちに、やれることをやっておく事にしよう。

 

 なに、時は全てを解決する。

 待てば待ち望む日はやってくるものだ。

 

 

 

 

 魔導書に記入し、巨大な“月時計”を調整する日々。

 

 自分の魔法を振り返り、自分の成り立ちを解明する。

 それはひどく閉じた行為ではあったが、私はこれらの作業を行っている間、とても楽しい気分に浸れていた。

 

 あの時に考えた魔法。あの時に思いついた魔法。

 あの時に眺めた星。あの時に訪れた星。

 自らの過去を振り返って進めていく内に、私は様々な過去の記憶を掘り起こし、懐かしい想いを呼び覚ませるのだ。

 

 鮮明に残る記憶は摩耗しない。一字一句も、あの時見たものの姿形も、思い起こそうという気持ちさえあれば、簡単に引き出すことができる。

 それは私の過去の追憶であり、追体験であった。

 

「懐かしいな」

 

 そうしていくことで、私はこれまでに変化していった自らの考え方の成り立ちを、再確認することができる。

 私が築き上げた常識を、定着させた価値観を、入念に見直すことができるのだ。

 

 そうすることで、私は自分が人間であることを実感できる。

 果てしなく長い時間を生きていようと、生身の頃にはできなかった様々なことが可能となっても、私は昔のまま、昔の私から続いているのだと、心の底から安心できる。

 

 私は偉大なる魔法使いだ。

 ライオネル・ブラックモアだ。

 

 けれど、私の原点は……。

 

 

 

『ライオネル』

「うん?」

 

 気がつけば、部屋の入り口にサリエルが立っていた。

 私は魔導書に書き込む手を休めて、入り口に立つサリエルの電影へ振り向いた。

 

 サリエルがこの電影を……幽玄魔眼を生み出す時は、決まっている。

 

『侵入者が現れた。数が多すぎる』

「……ふむ」

 

 何か、お客さんがやってきた時だけである。

 

「そうか。それじゃあ、お迎えするとしよう」

『悠長にするな。本当に数が多いんだ』

「ほほう、楽しみだなぁ」

『……全く』

 

 さて、思い出に浸るのはしばらくお休みだ。

 今はまた現実に立ち戻り、魔界の手入れに戻るとしよう。

 

 

 


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