魔法の研究というものは、実に時間がかかる。
魔法という結果を起こすための正解は、たったひとつと決まっているわけではないからだ。
もちろん、理論を一から学んで模倣するように勉強すれば、同じ魔法を扱うことはできる。
しかし人が魔法そのものに興味を持っている時点で、何かしら自分の中での魔力の気付きの中に、特定の形を形成しているものだ。
今、フォストリアの魔人たちもまた、各々独自の魔法を身につけている。
彼らの触媒魔法の研究はまだまだ始まったばかりではあるが、それでも必死に考えて生み出したものには違いない。それを一から捨てて私の魔法を学べというのは、少々酷な話である。
それに、私は私が生み出したものとは違う種類の魔法に興味がある。
異なる体系、異なる理論によって生み出された魔法。私が気付けなかった、魔法のもうひとつの可能性。
できることならばフォストリアの人々には、彼ら独自の魔法の歴史を歩んでほしいものだ。
それにはちょっと時間がかかる。こうして付きっきりで見ているのも楽しいけれど、さすがに日進月歩という一言で急成長するほど、魔法というものは単純ではない。
私の時間は長大であるが、無限ではない。私の考える頭も、物を見る目も、ひとつだけだ。
同じ魔法使いとして彼らを見守りたい気持ちはあるが、ここはひとつ、気長に待たなくてはなるまい。
魔人は増えた。彼らの営みも多様化した。
それはそれとして、私には私のやるべきことがある。
魔導書の修正作業と、私という存在の究明だ。
ちょっと寄り道してしまったが、私はこれらの作業と問題を、まだ解決しきってはいない。
時代の進行を待つついでだ。時間があるうちに、やれることをやっておく事にしよう。
なに、時は全てを解決する。
待てば待ち望む日はやってくるものだ。
魔導書に記入し、巨大な“月時計”を調整する日々。
自分の魔法を振り返り、自分の成り立ちを解明する。
それはひどく閉じた行為ではあったが、私はこれらの作業を行っている間、とても楽しい気分に浸れていた。
あの時に考えた魔法。あの時に思いついた魔法。
あの時に眺めた星。あの時に訪れた星。
自らの過去を振り返って進めていく内に、私は様々な過去の記憶を掘り起こし、懐かしい想いを呼び覚ませるのだ。
鮮明に残る記憶は摩耗しない。一字一句も、あの時見たものの姿形も、思い起こそうという気持ちさえあれば、簡単に引き出すことができる。
それは私の過去の追憶であり、追体験であった。
「懐かしいな」
そうしていくことで、私はこれまでに変化していった自らの考え方の成り立ちを、再確認することができる。
私が築き上げた常識を、定着させた価値観を、入念に見直すことができるのだ。
そうすることで、私は自分が人間であることを実感できる。
果てしなく長い時間を生きていようと、生身の頃にはできなかった様々なことが可能となっても、私は昔のまま、昔の私から続いているのだと、心の底から安心できる。
私は偉大なる魔法使いだ。
ライオネル・ブラックモアだ。
けれど、私の原点は……。
『ライオネル』
「うん?」
気がつけば、部屋の入り口にサリエルが立っていた。
私は魔導書に書き込む手を休めて、入り口に立つサリエルの電影へ振り向いた。
サリエルがこの電影を……幽玄魔眼を生み出す時は、決まっている。
『侵入者が現れた。数が多すぎる』
「……ふむ」
何か、お客さんがやってきた時だけである。
「そうか。それじゃあ、お迎えするとしよう」
『悠長にするな。本当に数が多いんだ』
「ほほう、楽しみだなぁ」
『……全く』
さて、思い出に浸るのはしばらくお休みだ。
今はまた現実に立ち戻り、魔界の手入れに戻るとしよう。