東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 その後、神綺と共にいくつかの魔人の集落を見て回った。

 

 施設を作り、新生物の居住区を作り、いくつもの実験場を作ったまま放置して……。

 そんなことを繰り返している間に、魔界も随分と広大になってしまったものである。

 

 魔人の数も、今や数えきれないほど膨大だ。

 神綺もちょくちょくと創ってはいるのだが、魔人達そのものが子を産むというパターンもある。放置していても、彼らは次々に生息域を広げてゆくので、今や神綺にさえ、全ての集落を把握できていないのだそうな。

 だから、視察はあくまでも一部だけ。魔人たちが多く住んでいるところが、主な見学先である。

 

 

 

 実は最近、だいたい千年くらい前からなのだが、私はこの魔界視察が趣味になっていたりする。

 私といえば、魔界人からも恐れられるグロテスクな風貌でお馴染みであった。

 しかし魔人たちがそれなりの文明を持ってきたためか、そのまんま恐ろしい見てくれの魔族たちとの交流によって耐性が出来たのか、私がそのままの姿でも受け入れられるようになったのである。

 

 とはいえ、そういった懐の広い場所も、まだまだごく一部。

 私の存在に寛容な人々は、主に魔人たちの多い、歴史の長い大都会に限られていた。

 

 

 

「我々が開発したこの新たな触媒は、魔力変換の効率が非常に高く……」

「いいや、あなた方の扱う素材はどれも古いものばかり。言い方だけでは誤魔化されませんぞ」

「こちらの魔法会では、触媒研究の資材協力者を募集しております! 資材をお持ちの方は、是非参加を!」

 

 ある大きな魔界都市の、広場にやってきた。

 広場にはローブ姿の魔人が大勢集まり、小袋に入れられた品々を見せ合ったりして、何やら大きな取引を行っている最中らしい。

 

 ここは、魔界都市フォストリア。

 人口はここだけで五千人を越えるそうで、集落の中ではかなり大規模な部類になる。

 

 家屋は全て石煉瓦造り。

 私が建設したものから着想を得たのだろう。私が作ったものと似たような石の組み方が多く、しかしそれゆえに頑丈な建築物は、最高で地上七階建てのものまで存在していた。

 

 多くの魔人。そこそこ高い建築技術。

 かなり高度な文明を築きつつあるフォストリアだが、しかし、今現在の彼らが注目しているのは、領土拡大でも大規模建築でもなかった。

 

 今、フォストリアに住む魔人たちは、魔法に熱を注いでいる最中だ。

 

 

 

「みんな! フロイゼンがカルタル湖で飛行に挑戦するらしいぞ!」

 

 物品の取引で賑わう広場に、一人の若い魔人が駆け込んできた。

 小さな袋で素材の交換を行っていた老人たちは、突然の闖入者に驚いたり、または呆れたりと、様々な反応を返している。

 総じて見れば、そこそこ騒がしくなっているようだ。

 

「なに、またフロイゼンが?」

「見に行っても無駄だ。どうせまた、すぐに落ちるに決まってる」

「いやわからんぞ。何の拍子で高く飛べるかなど、わかったものではないのだからな」

「今我々の研究では、まだまだ飛べる段階にはない。せいぜい、落ちても痛くないようにするのが精一杯さ」

 

 若い男の声に連れられて広場を離れる者もいれば、その場に残る者もいた。

 最近のフォストリアの広場は、日中の内はだいたいこのような賑いのまま、何年も交換会が続けられている。

 

「ライオネル、私はざっと見て回るだけなので詳しくないのですが……彼らは何をしているのでしょう?」

 

 私達が高い建築物の屋根の上から魔人たちを見下ろしていると、神綺が訊ねてきた。

 彼女は魔人がよろしくやっていればあとは結構どうでもいいようなので、魔人たちの細かい暮らしについては、結構無知だったりする。

 

「彼らが行っているのは、魔法用の触媒の交換だよ」

「魔法用の触媒……ライオネルも、以前はよく使っていましたね」

「うむうむ、魔法の基本だからね」

 

 触媒を用いて、特定の魔力を増幅し、魔法の出力を底上げする技術。

 消耗品を使うために使う場面は限られるが、これは魔法の初歩の初歩。私も最初はお世話になった、触媒魔術と呼ばれるものである。

 

 事の発端は私もわからないのだが、彼ら魔人の中で触媒を用いることで魔法が使えることに気付いた人がいたのだろう。

 そういった出来事をきっかけにして、ここフォストリアでは、触媒を用いた魔法の研究が盛んに行われている。

 周囲は木材が豊富で自然が豊かなのだが、地味に魔人たちの手に負えないクラスの肉食系古代生物が徘徊していることもあり、自衛のための瞬発力に長けた触媒魔法の研究は、なかなかの人気を博していた。

 

 中でも、彼らが得意とするのは土魔法と水魔法。

 勢い良く水を放ったり、生活用水を生み出したり、土を噴出させたりといったものが、魔法の主流であるようだ。

 というか、触媒のほとんどはこの土と水の二種類のようなものなので、その二つばかりなのは仕方ない。自力で火属性の触媒を見つけようとするのは、非常に骨が折れるのだ。

 

「どうやら今から、その触媒魔法を使って、空を飛ぼうとしている魔人がいるらしい」

「へえ、魔人が……面白そうですねえ、それ」

 

 広場に向けた視線を、ずっと横へずらしてゆく。

 そこには“カルタル湖”と呼ばれる広い湖があり、その中央では、丸太を繋げて造ったような、粗末なイカダが浮いていた。

 

 

 


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