東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 平坦な地面から、凹凸のある岩場へ。

 岩場から、小さな草や孤立する低木が点在する平原へ。

 

 魔界は広く、様々な地形が連なっているらしい。

 地上ではあり得ないような、平原の上に乗せたかのような、唐突な山岳。

 浅瀬がなく、一歩目から見通すことのできない水深の海。

 瘴気混じりの、灰色の砂漠。

 

 私も地上の成り立ちに詳しい方ではないが、この魔界に存在する自然はどれも奇妙で、不可思議である。

 生息する生物も、地上では見られない不格好なものが多い。

 

 私はその不可思議さに、度々足を止めては風景をじっと眺める。

 だが、どれにおいても、私の目的地とは遠くかけ離れている。そのことに気づけば、再び荷物を肩に提げて、歩いてゆく。

 ここではない。ここでもない。

 

 やっていることは、地上にいた頃と同じだ。

 違いは一つ、外敵がいるかどうかだけ。

 何日も、何ヶ月も、何年も、私は歩き、流離い、見知らぬ魔界の道なき道を往くのだ。

 

 

 

 そのような旅を続けて数年後、私は延々と続く薄黄色の砂漠を踏破した辺りで、ひとつの建築群に遭遇した。

 

 建築は小さな塔のようなものが多く、濡らした土を固めて作られたものらしい。

 

 本来、そういった建築物は早く劣化するものだ。

 つまりあの建築物には、何者かが棲んでいる可能性が高いだろう。

 

「……」

 

 私は砂漠を越える前に、砂丘の陰に潜み、隠れた。

 身体に纏わる氣を目に集中させて、土の塔の周囲を観察する。

 

 氣によって鋭敏になった視力は、塔の周囲で活動する人々の姿を捉えた。

 質素な薄汚れたローブに、痩せた身体。

 人々は木を編んで作った籠のようなものを抱え、そこに作物を載せて、運んでいるようだった。

 

 一見して、人々に危険性はない。

 わざわざ誰が来るかもわからない土地で、あのような姿で流浪者を騙そうとする気長な奴もいないだろう。

 

 それに、私も砂漠を長く歩いたせいか、少々身体にガタが来始めている。

 魔界の瘴気は多少の疲れを癒してくれるようだが、それも微々たるものである。

 

「……あそこなら、休息できるかもしれない」

 

 どれほどの時間いられるかはわからない。

 だがあそこが安住の地であるならば、一時でも羽を休めるのは悪くない。

 

 決めた私は、再び荷物を片手に、集落に向かって歩き始めたのであった。

 

 

 

 集落は、間近で見ても貧相なものだった。

 活力のない人々。小振りな農作物。漂う瘴気。

 

「おや……貴方は、旅の方でしょうか」

「はい」

 

 集落に入り、一番に声をかけてきた黒髪の男の声も、どこか力が無い。

 土地が痩せているせいだろうか。だが、彼らがそれほど食に執着を必要とする種族とも思えない。

 

「おお、旅の方とは珍しい……ようこそクロワリアへ」

「……クロワリア?」

「この土地の名ですよ。魔界の中心、セムテリアからは遠く離れた場所であります故、聞いたことがないのも無理はないでしょう。私は族長のカラスと申します」

 

 カラスと名乗った彼は、どうやら族長らしい。

 クロワリアの族長、カラス。

 やはり彼の様子を見る限り、この集落は敵対的ではなかったようだ。

 

 そして、今の話で、魔界の中心という言葉が出てきた。

 魔界の中心、セムテリア。中心というからには、栄えた場所なのだろうか。

 

 “魔神”神綺、“死の天使”サリエルも、そこにいるのかもしれない。

 いつか、そこも訪れてみるか。

 

「しかし……はるばる遠方から来てくださったのに、申し訳ありません。今のクロワリアは、旅人様を御持て成しすることができないのです」

「持て成しなど、私には……しかし、どういうことなのでしょう」

「はい。このクロワリアは、数十年ほど前より、謎の病が蔓延しているのです」

「病」

「ええ」

 

 病は、地上でも度々耳にした事がある。

 一度病が広がれば、その土地の集落は潰え、滅びる。

 強力な病の力を操る魔族は、爪の一掻きで他者を速やかに死に至らしめる。

 

 私は氣によって弱い病から身を守り、定住せず流離う暮らしを続けているので無縁だったのだが、まさかこの魔界で、病を持った集落と出会うことになるとは思わなかった。

 

 病は危険だ。

 ここは休まず、先を急ぐべきだろうか。

 

「病といっても、すぐさま死ぬようなものではありません。力を蝕まれ、徐々に衰えていくような……そういった類のものです。この土地の食物を口にしない限りにはかかることもないので、ご安心ください」

「……食物によって罹る病なのか」

「ええ。しかし、数十年かけてわかったことは、それだけです。未だ、病を防ぐ術は見つかってはおりません……」

 

 カラスは、集落の端に位置する土の塔を眺め、息を吐いた。

 その塔は、長いこと整備されていなかったのだろう。中程から崩れ、歪な短い形で立っている。

 

「……衰弱の病から逃れるためには、この土地を離れる他に術はありません」

 

 離れればいいのではないか。

 私はそう言いかけたが、崩れた塔を見る彼の目は、力なく、もの悲しく、哀れで、何も言うことはできなかった。

 

「……さあ、旅の方。こちらへどうぞ。身体を休めるだけでも、我々は力になれるはずです」

「……はい」

 

 徐々に迫る死を見据えた族長の言葉に、私はただ頷いた。

 

 


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