東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 神綺のカリスマによって魔族たちは大人しくなり、しかしそのおかげで、スムーズに事を運べるようになった。

 各々に居住の希望があることがわかったので、それを私が順番に聞いていくというものである。

 一度聞いたことは忘れないので、メモを取る必要もない。しかし聖徳太子のように何人もの言葉を一度に聞き取ることはできないので、一人ずつでなくてはならないが。

 

 そういえば、聖徳太子は存在するんだかしないんだかって話を聞いたことがある。

 もしも日本が出来て行けるようになったら、ちょっと訪れてみるのも良いかもしれない。

 

「俺は、入り組んだ海岸が良いのですが……荒波でなくては、どうにも落ち着かなくて」

「ふむふむ、荒波……ああ、確かクステイアにあったかな。そこなら広大な海と、海流の強い海岸があるはずだよ」

「おお……ありがとうございます!」

 

 魔族たちの希望する場所は多くあったが、そのほとんどは平原や森林だった。

 幸い、生態系が多種多様な森林地帯は多くあるし、それらの場所が被ることも少ないはずだ。

 前もってサリエルと神綺から魔人たちの棲む地域を聞いているので、空いている場所に振り分けてやれば良いだけである。

 

 そうやって順調に希望を聞き、彼らに移住先を与え、ついに最後の一人になった。

 最後に残ったのは、例の赤髪の魔族である。

 

「では、最後は貴女だね。名前は?」

 

 私は、これまでずっと自己主張をしてこなかった彼女の元に歩み寄り、訊ねる。

 すると女は鋭い目をこちらに向けたまま、両手を胸の前で重ね、軽く頭を下げた。

 

「……名は、ありません」

「ふむ、無しと」

 

 名前がない。それは、珍しいことではない。

 神族であれば社会性が求められることも多いので大抵はついているのだが、地上を放浪することの多い魔族に関しては、持っていないことも多いのだ。

 特に、一族を持たない固有の魔族ともなれば、それは顕著に見られる。

 

「この世界にお招きいただけた。それだけで、充分です。安住の地は、必要ありません」

「ほう……住処は必要ない?」

「は」

 

 ふむ、確かに地上の魔族の全てが、ひとつの場所に定住するわけではない。

 しかしそれは地上に危険なものが多いからであったり、神族からの迫害を受けるからであって、ここ魔界に関していえば、無理に別の場所に移り住む必要はないのだ。

 牧草地を求めて移動しなければならないのであれば考えようもあるが、彼女が大量の草をもしゃもしゃするようには見えなかった。

 

「では、貴女はこの魔界で、どのように過ごすつもりなのだろうか」

「……少し、身体を休ませた後……この世界を旅しようと考えています」

「旅、ほう」

 

 魔界の旅かぁ。

 そういえば神綺から聞いた話では、魔人たちの中にも、この魔界の広い世界を歩き回っている人々がいるらしい。

 長年に渡る構築で、実験場だとか跡地だとか、変な場所も多いけれど、なかなか見応えのある世界になっているはずだ。

 うむ、旅をする。それもまた、良いだろう。

 

「……ですが、旅をするにあたって……」

「うん?」

 

 躊躇いがちに、魔族の女は呟いた。

 

「……いえ、なんでもありません」

「そう? 遠慮せずに聞いてくれても良いんだよ」

「いいえ……お気遣いありがとうございます」

 

 そう言うと、女はもう一度頭を下げた。

 何か聞きたそうにしていたようだが、どうやらそれも自己解決するようだ。

 

 まぁ、本人がそう望むのであれば、こちらも無理に聞くことはしない。

 魔界へ来たのも各々の事情があるだろう。詮索はしないさ。

 

 

 

 その後、私は魔族たちそれぞれに、目的地までの道標として機能する、簡単なコンパスのようなマジックアイテムを渡し、いくつかの諸注意を伝えて、最初の集まりはお開きとした。

 彼らにした注意は、魔人に対する横暴な行為をしてはならないというものである。

 つまり、暴力沙汰はやめようねっていうこと。

 当然だ。移住して早々に侵略紛いなことをされたのでは、堪ったものではない。そんなことをしようものなら、私や神綺やサリエルが黙ってはいないだろう。多分神綺が一番黙っちゃいない。

 そういう事があると、神綺の魔族に対する厳しさが更に強まりそうな気もするので、本当にやめてほしいものだ。

 

 なのでしばらくは、魔族達の動向に注意するとしよう。

 彼らがどのように魔界に親しんでくれるのかにも、興味があるからね。

 

「もう神族共の恐ろしい弾圧からはおさらばだ」

「ああ、地上はもう危険すぎる。一生をここで過ごしたいものだ」

「早く海を探さなければ。時間がない」

「では、諸君らよ。私は空を飛ぶ。これでお別れだ」

「俺もさっさと森に向かわせてもらうぜ」

 

 魔族たちはそれぞれが歩き出し、目的地に向かって歩き出していった。

 とはいえ、ここは法界。魔界の辺境である。しばらくの間は、誰もが大体同じ方角に向かって歩いてゆくことになるだろう。

 本当のお別れは、もう少し後のことだ。

 

「……」

 

 法界の片隅、建設予定跡地には、一人、赤髪の女だけが取り残された。

 

「お前は行かないのか」

 

 いつまでも歩き出す気配のない女に向かって、サリエルが声をかける。

 すると女は小さく頷いて、なんと、その場に胡座をかいた。

 

「……しばらくの間、ここで休ませていただきます。今まで失ってしまった氣も、練り直さなくてはなりません」

「そうか。まぁ、好きにすると良い」

 

 そんな固そうな地面で休むのか、と声をかけようと思った頃には、女は目を閉じ、瞑想に入ってしまった。

 彼女のいうところの、“身体を休める”状態に入ったのだろう。

 

「じゃあ、とりあえず最初はこれでいいですね? ライオネル」

「え? うーん、まぁ、そうなるかな。これ以上は、私達が手出しすることでもないし」

「後は、連中の中で無法者が出ないことを祈るのみということか」

 

 地上の魔族達の歓迎会。

 それはなんとも順調に、淡々と進んで、終わったのであった。

 

 


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