東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「全て、この場にいるな。ふぅ、なんともまぁ、力を使うことだ……」

 

 最後にやってきたクベーラは、手に持ったカンテラを強く光らせながら、額の汗を拭った。

 やはりクベーラといえども、ここまでの規模の魔界への扉を開き続けるというのは、かなり力を消耗するものであったようだ。

 

「クベーラ、これで魔族たちは全部?」

「おお、神綺よ。うむ……この場にいるのが、とりあえず今回魔界へ送ることとなる、魔族たちだ」

「そう、思ったよりも大勢いて、びっくりしちゃったわ」

 

 神綺の言葉に同意である。

 ここで並んでいる彼らの姿を見るに、その数は二百以上にも登るだろうか。

 中には同じ種族であろうに、数十人単位でやってきた者達もいる。一族揃って、魔界へやってきたのだろう。

 各々がそれぞれの思惑でこの魔界への移住を決めたのだろうが、そういった集団からは、何か確かな決意のようなものが伺えた。

 

「さて……とりあえず、俺の仕事はこれで終わりだ。神綺よ、これで構わないな?」

「ええ……ライオネル?」

「うん、素晴らしいと思う」

 

 天界の神族は、地上の穢れを遠くに追いやりたい。

 地上の魔族は、危険な地上から離れたい。

 そして魔界の私達は、新たなる住民を歓迎したい。

 

 今回の移住は、三者それぞれの願いを叶える、実に有意義な取引であったわけだ。

 

「良し! では貴様ら、我々と結んだ約束通り、今後はこの魔界で、神綺の管理下で暮らせ。再び地上へ出ることは許さん、とまでは言わないが……その際には、魔界側に申し出ることだ」

 

 クベーラは最後に魔族たちへそう言い放ち、地上へ繋がる扉に足をかけた。

 

「ではな」

「ええ、またね」

 

 神綺はゆらゆらと手を振り、クベーラはそのまま扉へ飛び込んで、魔界から姿を消した。

 彼も忙しいだろうし、扉の生成で疲れているのだろう。ご苦労様である。

 

 ……さて、これでこの場には、魔族と私達しかいなくなった。

 事の運びが全て我々によるものとなり、目の前に並ぶ魔族達の緊張が、より一層高まったように思う。

 

「……ライオネル、彼らは指示を求めているのでは?」

「おっと、そうか」

 

 しばらく沈黙が続いた後、神綺が私にアクションを促した。

 そうか、今度は私が動かなきゃいけない番だったか。なんだかんだでこういう役目を担ったことがないから、タイミングが掴めなかったよ。

 

「やあみんな。魔界へよおこそ。私の名前はライオネル・ブラックモア。そしてこちらが、この魔界における創造神、魔神の神綺さん」

「ようこそー」

 

 私達は至ってシンプルかつフランクに挨拶したつもりだったが、魔族たちの表情は強張ったままである。

 

「既にクベーラから聞いているとは思うけれど、ここは魔界。地上とは異なる次元に存在する、亜空間の一つ。球状の世界とは少々異なって、高い所に登ればどこまでも見渡せたり、空の彼方には天井があったりするけれど、基本的には君たちが今まで生きてきた地上と変わらない世界だと思う」

 

 長年この魔界で生きてきた私が言うのだから間違いない。

 あと、ここにも大型原始魔獣由来の穢れもいくつか漂っているけれど、大体は私が分解して魔力に還元してしまっているので、既に地上ほどの穢れはないだろう。

 それに、大勢いた大型原始魔獣も地獄の炉を回すために寄贈してやったので、後顧の憂いも残っていない。

 かといって彼ら魔族そのものがもつ穢れをどうこうできるわけではないので、彼らが自身の魔力を上手く制御できなければ、有限の命であることには変わりないのだが。

 

「今日から君たち魔族は、ここ魔界で暮らすことになる。知っているとは思うけれど、クベーラとの取引きで当分の間はここから出してあげるわけにはいかないから、かなり長い付き合いになるだろう。よろしく頼むよ」

 

 地上から魔界へ来るのは簡単だ。膨大な魔力を集め、圧縮させればいい。

 しかし魔界から地上へと出るためには、私か神綺による原初の力の扉がなくては移動できない。実は、サリエルでさえも自分の意志では外界へと出られないのだ。

 なので、私達との接点が無い限りには、魔界は一方通行である。

 常駐させている扉も存在しないので、封印場所としてはほぼ完璧だ。

 私と神綺の助力なしに外界へ出ようとなると、地上から偶然に開かれた扉に飛び込む他に手段はない。

 

 とはいえ、別に外に出すのが嫌というわけでもない。

 クベーラとの契約でしばらくは外出させてあげられないけれど、彼らが望むのであれば、外へ出すのは全く構わない。

 もちろん、できれば魔界に定住してほしくはあるけれど。

 

 

 

「随分と多いな」

「おや」

 

 私が次に何から話そうかと考えていると、空の向こうからサリエルがやってきた。

 今度はちゃんと実体を持った、銀髪の美女そのままの姿である。

 

「ひっ」

「天使だ……」

「なんでここに……」

 

 サリエルの声に振り向いた魔族たちが、翼を広げる彼女を見て怯えている。

 頭を抱えていたり、硬直してガタガタと震えていたり、反応は様々だ。

 

「……」

 

 ほとんどの魔族が戦慄している中で、例の赤髪の女魔族もまた、緊張を高めているようだった。

 

「ああ、大丈夫。彼女の名はサリエル。この魔界に住む神族で、魔界の監視役を務めている。害はないよ」

「恐れる必要はない。移住の話は聞いているからな」

 

 サリエルはそう言って、仏頂面のまま神綺の隣に降り立った。

 これでちょうど、神綺の両隣に私とサリエルがついている形である。

 

 サリエル自らが無害を伝えたためか、魔族たちの怯えはすぐに薄れていった。

 しかし目の前にミイラと神様と神族がいるのは落ち着かないのだろう。魔族たちは先程よりも一層、落ち着かない様子を見せている。

 

 ……なんとか緊張をほぐしてやらないとまずいな。

 もうちょっと、楽しい話をしなければ。

 

「あー。そうだ。じゃあ、これから君たちが実際に住むことになっている場所についての説明をしようかな」

 

 私が人差し指を立ててそう言うと、魔族たちの顔色が変わった。

 自分たちの住処には、やはり譲れないものがあるのだろう。誰もが真剣な顔つきだ。

 

「お、お願いがあります!」

 

 その中で、半魚人の人々が私達の前に躍り出てきた。

 彼らは一族単位で魔界にやってきた、負傷者の多い魔族達である。

 

「我々は、海がなくては長く生きてはゆけません。我々は、静かな海を住処にしたく思っています……!」

「海か。ふむふむ」

「わ、私も! 私は高い樹木が並ぶ場所でなければ!」

「俺は平原を希望したい!」

「敵対する者のいない森はありませんか!?」

「強風や雨の吹き付けることのない場所を探しているのです、どうかお願いします!」

「お、おおう」

 

 一人が前に出て希望を挙げると、魔族たちは次々に自らの望む環境を訴え始め、跡地は凄まじい喧騒に包まれた。

 静かに、と言ってやりたい気持ちもあるが、彼らの必死さは本気だ。よほど、これまでの地上での暮らしが厳しかったのだろう。

 ただ平穏な場所を求める彼らの姿は、私の目にとても悲しく映った。

 

「控えなさい」

 

 が、そんな彼らが魔力の風により、一斉に吹き飛んだ。

 突然の突風は私に詰め寄る魔族達を地面に転がし、身体に砂をつける。

 

「……あまり、ライオネルを困らせないで?」

 

 私に懇願する魔族達を吹き飛ばしたのは、神綺であった。

 冷淡に言い放つ神綺の気迫に、地面に転がった魔族達の顔が蒼白に変わる。

 

 ちなみに、私の顔色が変わるのであれば、多分私も蒼白になってたと思う。

 

「さ、ライオネル。順番にやっていきましょうか」

「……はい」

 

 神綺怖っ。

 それじゃまるで魔神だよ……。

 


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