東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 準備期間を経て、魔族の受け入れ体制は整った。

 サリエルと神綺が各地の魔人達に通達を行い、魔族を住まわせる土地のいくつかも用意出来た。

 あとは、クベーラが魔族達を連れて魔界へやってくるのを待つばかりである。

 

 ……それにしてもクベーラ、神族にしてはかなり魔力の扱いが上手いな。

 結構頻繁に魔界へ来ているから、魔界への扉を開くのも慣れているのだろうか。

 

 今回やって来る魔族たちは、クベーラの力を借りて移住する者達だ。

 彼らの力のほどは、クベーラたち神族よりもずっと下であると考えておいたほうが吉かもしれない。

 前もって彼らの力量を測り、それに合わせた地帯に振り分けるようにするべきか。

 

『ライオネル』

「おお、サリエル」

 

 私が書斎で本をしたためていると、入り口に黄金色の電撃が迸り、サリエルを象った雷のヒトガタが現れた。

 これもサリエルの扱う邪眼のひとつ、幽玄魔眼の一種なのだという。

 自らの分身を魔力の雷に変えて遠くに出現させ、会話や戦闘も可能にするのだとか。

 魔法として作ると複雑な事を平然と能力としてやってのけるのだから、神族というものは便利で羨ましい。

 

 おっと、そんなことよりも、サリエルがこうして急ぎの様子でやって来たということは。

 

『クベーラが大きな門を開いてやってきたぞ。神綺は既に、現地に転移したようだ』

「……そうか。じゃあ私も行くとしようかな」

 

 本書いてる場合じゃねえ。

 いち早く、新しい住民たちを歓迎しなくては。

 何より、私から直々に、彼らに魔界に関することを説明しなくてはならないだろう。

 

「サリエルも、今回は来てみたらどうだろう」

『……私が、か?』

 

 電影のサリエルの表情は分からなかったが、声色は気が進まない様子だった。

 

「魔族とはいえ、魔界の住人となる人々だ。彼らが方々に散ってしまう前に、魔界の管理者として顔を見せておくのも、必要だと……私は思う」

『私は……確かに、魔界に住まわせて貰っているが……管理者と自称するほどの者では』

「何を言ってるんだ。サリエルはもう魔界のセコムみたいなものだろうに」

『……セコム?』

「私がそれだけ、貴女を頼っているんだ」

 

 私がローブを整えて言うと、サリエルの電影は沈黙したまま、僅かに揺れる。

 私はその肩に手を置いて、軽く叩いた。実体は無いので、感触は無いのだが。

 

「まぁ、サリエルが来たかったらでいいから、来てほしいな」

『……わかった』

 

 彼女の返事を聞いて、私は自身を瞬間移動させた。

 

 目指すは法界付近、建設予定跡地。

 いよいよ、魔族たちとのご対面である。

 

 

 

「ふむ」

「あら、ライオネル」

「やあ、神綺」

「ええ」

 

 瞬間移動を使った私は、神綺の隣に到着した。

 目の前には、外界へと繋がる、白く大きな円形の扉がある。クベーラが開いたものであろう。

 

 この向こう側に、魔界への移住を希望する魔族たちがいる。

 そう思うと、私は胸の高鳴りを抑えられなかった。心臓動いてないけども。

 

「ふう、一番乗り……!」

 

 最初に扉から現れたのは、身長3メートル近い大型の人間だ。

 しかし肌の色は青く、ネズミのような尻尾が生えているし、下半身は深い体毛に包まれている。

 動物を模したかのような部位を備えたこの特徴。紛うことなき魔族だ。

 

 そんな大柄な魔族は、扉を意気揚々と潜って魔界へ降り立ったは良いのだが、私と神綺の姿を見て、すぐさま緊張した面持ちに切り替えた。

 ……出迎えで私達のような者がいるとは思わなかったのかもしれない。

 

「失礼……」

 

 続いて現れたのは、妙齢の美女……かと思えば、後からズルズルと出てきたのは、蛇のような下半身。

 彼女もまた最初の魔族と同じように、門を潜るなり私達を見て驚いている様子だった。

 

 驚愕。いや、萎縮に近いのだろうか。

 心なしか、私よりも神綺の方を見てそんな風になっているような気が……。

 

 ……って、神綺、普段からは考えられないほどの真顔になっていらっしゃる。

 その上、よく見れば全身に濃密な原初の力を纏って……これってもう、ほとんど脅しのようなものじゃあないの。圧迫面接だよこれは。

 

 ……といってもまぁ、神綺はここの神様であるのだし、以前は地獄からの侵略経験から、余所者に神経質になる気持ちもわからないでもないので、止めないけど。

 

「大丈夫か、しっかりしろ」

「ぐぅっ……!」

 

 続々と門をくぐり抜ける魔族たちの中に混じって、怪我を負っているらしい魔族も、時折見られた。

 脚を怪我した者。大きな火傷を負った者。四肢の一部が欠損している者。運ばれてくる魔族は、様々だ。

 同族の者に肩を貸されながら入ってくる姿は、かなり痛ましいものがある。

 

 ……彼らは、あのままでは地上での暮らしが困難であるから、移住を決めたのだろう。

 魔族とはいえ、敵がいないわけではない。魔族もまた、魔族が敵でもあるのだ。

 時には神族が敵となることもあるはず。

 彼らにとって、地上はひとつの住処ではあっても、決して楽園とは言えないのかもしれない。

 

「……」

 

 相次いで運ばれてくる大火傷を負った半魚人らしい魔族たちの一族に混じって、一人、色合い的に目立つ姿の魔族が入ってきた。

 

 赤い長髪に、青い瞳の女。全身の衣服は薄汚れ、また、彼女自身にも多くの傷があるらしく、両手には血の滲んだ包帯が巻かれており、ひとつの大きな麻袋のようなものを持っていた。

 どこか刺々しい表情で門をくぐり抜けた彼女は、一瞬だけ凄みを発する神綺を険しい表情で睨み、すぐに目線を外した。そして、手負いの半魚人達に混じるように、その場を少し移動してから、待機した。

 

 赤髪の女性魔族。

 その魔族は、確かに魔族らしい雰囲気を纏っているのだが、にも関わらず、外見に魔族特有の、動物的なパーツを持っていなかった。

 まるで神族のような、まんま怪我をした人間の姿である。

 

 私は、最後の魔族が魔界に降り立ち、クベーラが入ってくるまでの間ずっと、その姿がどうも、眼について離れなかった。

 

 


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