東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 輝きは登り、沈めば闇が訪れる。

 そんな一日の繰り返しの中で、私達魔人は生きている。

 

 私の名前は、カラス。

 数十年にこの地に一度だけ訪れるという、魔界の神から直々に授かった、尊き名前だ。

 

 日干し煉瓦の群塔によって成り立つ集落、クロワリア。

 私カラスは、その族長であった。

 

 

 

「カラス様!」

 

 私がいつものように枝を束ねて箒を作っていると、その作業場に男が飛び込んできた。

 灰色の長髪に、黒いローブ。生まれつき非常に眼の良い彼は、この集落における監視役を担っていた。

 

「どうした」

「大変です! 空に……空に、魔神様が!」

「なにっ」

 

 また竜が空を旋回してきたのかと思ったら、なんと、魔神様が来られただと。

 そう聞いては、私もじっとしていられない。

 

「すぐに案内を!」

「はい!」

 

 神綺様は、この魔界の主。魔神だ。

 我々魔人を創造した、最高神である。

 

 魔人にも各々の自由意志はあるが、彼女の言葉には、最大限従わなければならない。

 

 

 

 私が急ぎ足で日干し煉瓦の日時計塔へやってくると、その塔の頂上で、既に神綺様が座られていた。

 塔の下には大勢の魔人……我々の集落の者が集まり、塔の上の彼女に平伏している。

 

 当然、私もその中に混じって頭を下げた。

 族長であろうと年長者であろうと関係はない。ここにいるその誰もが等しく、神綺様によって生み出された存在なのだから。

 

「久しぶりね」

「お久しぶりです、神綺様」

 

 塔の上から投げかけられた言葉に、代表として私が応える。

 すると、風を切るような音と共に、神綺様が我々のいる広場の中央に舞い降りてきた。

 

 六枚の白い翼。

 磨き上げた銅のように硬質な雰囲気を持つ、艶やかな美しい翼だ。

 時折天空を舞うドラゴン達も雄々しい翼を備えてはいるが、彼女の持つそれはただただ、優美の一言に尽きる。

 

「今日は皆に知らせたいことがあって来たのよ。まあここだけじゃなくて、魔界に存在する全ての集落を回って、喧伝しているんだけどね」

「知らせたいこと……それは、どのような啓示なのでしょうか……?」

 

 神綺様がここを訪れるのは、決まって新たに生まれた魔人を持ち寄る時か、不思議な動植物の管理を委ねる時である。

 我々はその度に民の数を増やし、暮らしを豊かにしてきた。

 

 だが今回は人でも物でもない、啓示。

 我々に伝えたいこととは……一体、何なのだろうか。

 

「ちょっと後の話になるけど……この集落の近くに、新たな集落ができるかもしれないの」

「新たな、集落……?」

 

 新たな民が、ここに加わることはあった。

 しかし集落という単位で増えるというのは……あまり、聞いたことがない。

 そもそもこの集落は、この魔界でもかなり孤立している方なのだと、旅人の魔人から聞いたことがある。

 延々と続く砂漠からは乾いた風が吹き付けてくるし、日差しは強く、それを遮る“天の城”もなければ、大いなる涼や雨をもたらす“空中凍土”もない土地なのだ。

 この過酷な土地柄は我々を外敵から守るのに適しているが、逆に住むには辛く、人気もない。

 出会った外部の者もその時の旅人程度であり、情報として、延々と離れた向こう側にようやくひとつの村落があるというようなことを聞いているだけだった。

 

 この付近に新たな集落ができるなど、全く考えられたものではない。

 

「ええ。でも、それは魔人ではないわ。貴方達と姿は似てるけれど、本質はかなり違う、魔族と呼ばれる人々なの。魔界生まれではない、外界生まれの人達よ」

「……魔族」

「本当はもうちょっと距離を置きたかったんだけどねー、ここもここで、充分に僻地らしいじゃない? あまり中央から離れているのはいけないなと思ったから、仕方なく、ね」

 

 ……どうやら、既にその“魔族”とやらがやってくるのは確定らしい。

 それも、外界から来た者達なのだと。

 

 ……外界。にわかには信じられない話だ。

 しかし、神綺様がそう仰っているのだ。嘘であるはずがない。

 

「……神綺様」

「ん? 何?」

「我々は……その魔族と、どう接すれば良いのでしょうか」

 

 恥ずかしいことであるが、我々の集落は、あまり戦闘に向いた力を持っていない。

 故に、食料の豊富な森林地帯や海洋地帯に生息する動物達は、非常に危険な存在であった。

 

 このような乾いた土地で暮らしているのも、半分以上はそのため。

 もしも外からやってくる魔族というものが、我々の集落に万が一でも害を成すのであれば、我々は……。

 

 ……こうして周囲を見るだけでも、怯える人々の顔が伺える。

 当然だ。ここにいる魔人達は、そのほとんどが武器を握ったことがない。

 持ったとしてせいぜいが、銅によって作られた祭事用の剣程度だろう。その振り方さえも、狩猟を行うわけではないので、不明瞭なのだ。

 

 戦いになれば、負けてしまう。

 

「んー、まぁ、普通にしていればいいと思うわ。貴方達の普段通り、対等な立場であるとした上で付き合うのよ」

「……」

「うふふ、そんな難しそうな顔しないで。大丈夫、それできっと上手くいくわよ」

 

 神綺様は、赤いローブの袖で口元を隠し、くすくすと笑った。

 

「それに、上手く行かないような相手だったら、私が消しにくるから」

 

 神綺様の言葉に、広場に集まる全員の顔が上がる。

 だが、それでも神綺様の様子は変わらない。先ほどと同じように、まるで幼い少女のように笑うばかりだ。

 

 ――消しに来る

 

 そのような言葉に、まるで一切の重みがないかのように。

 

 


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