東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 月は、太陽の光を受けることによって煌々と輝いている。

 そのため、月を照らす太陽光が何らかのものによって阻害された場合、月は翳り、輝きを大きく失う。

 

 月が輝きを失う時……それは、太陽と、地球と、月が一直線に並んだ状態。

 それが、月食なのだ。

 

 今日は皆既月食。月の光はあまり届かないものの、魔力は反して、跳ね上がる。

 私は、月と最も近い場所にあるであろう広い大地に、数多くの“月の標”を敷設した。

 サークルを描くようにして配置させた標は、魔力の補助。何日もかけて大地に刻んだ多くの呪いが、今日の大規模魔術の行使を補助してくれるだろう。ないよりはマシなはず。

 

 神秘的に青白く輝く大地。

 雲ひとつ無い夜空には、紅い月が不気味に浮かんでいる。

 何故紅いのかは、多分……光が薄いからなのだと思う。

 

「……失敗はしたくないなぁ」

 

 今失敗しても、次はある。けれど、何十年も後になるのは、やっぱり焦れったい。

 私はこれまで、沢山待った。

 何十万年も待った。

 そろそろ、私は報われても良い頃だろう。神綺と再会しても良い頃だろう。

 

 

 

 望みを託し、神骨の杖を高く掲げる。

 

 その行動に誘発されて、周囲を漂っていた魔力が銀色の輝きを帯び、煙のように揺れながら、渦巻き始めた。

 

 “月の標”の外側に配置した属性魔術の大サークルが風を呼び、魔力を励起する。

 属性魔力と月の魔力は私を中心に交じり合い、骨の杖の柄を通り、神力へと昇華され、笏へと流れる。

 

 意志によって現象を歪める神の力。神の魔術。

 杖の使い方は、これまでの数年間で十二分に研究した。あとは今日この時、大規模魔術を発動させるのみである。

 

「神綺……」

 

 銀色の輝きが収束し、力となって私に流れ込む。

 この日のために生み出した魔術、敷設された“魔力の対流”によって、力は真っ直ぐこちらへ集中する。

 私は魔力の流れを完全に制御しながら、それを手元の魔道具に注ぐばかり。

 

「今、そっちに戻るから」

 

 ひとつの空間に密集した濃密な魔力によって、景色が僅かに歪みを見せ始めた。

 月の魔力が生じさせる精神への干渉力が歪みを生み出しているのか、それとも実際に空間が歪み、扉が開かれようとしているのか、私にはわからない。

 だが、不可思議な現象は、それだけで希望である。

 

 これから行うのは未知の魔術。

 結果は、尽くが未知のものでなくてはならないのだから。

 

 視界が銀色の輝きに飲み込まれ、染まる。

 激しく空間を揺さぶる音が、聴覚を馬鹿にする。

 

 魔力よ、蓄積せよ。魔力よ、迸れ。

 私の二十万年の集大成、今この時こそ、真価を発揮するべし。

 

「異界の門よ……魔界への扉よ!」

 

 魔力の激流の中で、私は叫んだ。

 異界を、魔界と言い直した。

 そう、魔界である。

 

 あの世界を、私は、魔界と名づけた。

 何故ならば、あの世界は私が作ったもの。私が名づけて、何ら不都合はない。

 

 そして、意志を言葉にするならば、名前が必要だ。

 

 あの時の別れと同じ。事の寸前になってようやく名前を決めた。

 

 こみあげてくる懐かしさと共に、最後に見た神綺(しんき)の微笑みが鮮明に蘇る。

 

 

 

 ――必ず、魔界へと還る。

 

 

 

「開け!」

 

 私は叫び、輝きは意志を受けて、白熱へと変化した。

 

 

 

 

 広大な大地には、瘴気のように凄まじい魔力の残滓と、高密度の魔力による爪痕が刻まれていた。

 地面に付けられた多くの呪いは焼け切れ、その機能を失くし、消滅した。

 

 私はそこに存在しない。

 私は地球上から姿を消した。

 

 私は、魔界へと帰還したのである。

 

 

 

 

「――おかえりなさい、ライオネル」

 

 私は、涙を浮かべて出迎えてくれた彼女の言葉によって救われ、そして、自分の名がライオネルであることを思い出した。

 

 そうだ。私の名は、ライオネル。

 魔界を創り、数多くの魔術を生み出した……。

 

 外界で唯一の存在にして、唯一の大魔法使い、ライオネルなのである。

 

「ただいま、神綺(しんき)

 

 私は“原初の力”によって、二つの眼球無き瞳から、静かに溢れる涙を創りだした。

 

 


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