「お~い」
「うさぁああああ!?」
「うさっ、うさぁあああ!?」
灰色の煙の推進力と共に追いかければ、ウサギ達は逃げ惑い。
「みんな~」
「うさ!? うさっ!? うさぁああああ!?」
何にもなしにただドタドタと走って追いかけてみれば、やっぱり逃げ惑う。
ウサギの数は数百数十。しかし誰も、フレンドリーにコンタクトを試みる私に近づいてはくれなかった。
相手は人の顔をしていて、人っぽい声で叫ぶだけに、余計に悲しい。
「やっぱりダメかぁ」
仮面を持ってくればよかったなぁとつくづく思う。
彼女らの様子を伺うに、やっぱり私のドクロな顔がアウトらしい。
身体はローブを身にまとっているから良い物の、顔ばかりは、どうにか工夫しなければならない。
でも、普段は仮面なんて不便なだけだし、あまり好きじゃないんだよなぁ。
「く、来るなウサー! お前は何者ウサーッ!」
そんなことを考えながらドタドタと適当に追いかけていると、一匹のうさっ子が私の前に立ちはだかった。
着物のような、簡素な衣服に身を包んだ、長髪のうさみみ娘。
赤いその目は私を睨み、威嚇しているように見えなくもない。何分気迫が足りないので、怯みようがない。
しかし、言葉を話せるとは予想外だった。
私は相手の意思疎通の試みに乗り、目の前で立ち止まってやった。
見上げる赤い目と、見下ろす私の空虚な目。
威圧感は、きっとこちらのほうが何倍も上だろう。故意ではないが、申し訳ない。
「どうも。私は偉大な魔法使い。貴女は?」
「ま、魔法使い……? わ、私はこの月に住むウサギの族長ウサ! 文句あるウサ!?」
別にないけど、うさっ子は私を警戒しているような、怒っているような感じだった。
……見た目からしてウサギだと思ってはいたが、自分からウサギと名乗ったか。
ということは、彼女らは本当にウサギなのだろう。
「いや、文句は無い。ただ、どうして月にいるのか気になってね」
「こ、ここは私達の住処ウサ! お前みたいな骨に奪わせないウサ!」
骨言われたよ。まだ私は辛うじて骨じゃないんだけども。
「貴女達は、いつからこの月に?」
「……知らないウサ。ずっと前で覚えてないウサ」
「ずっと前?」
やんわりとした会話を続けていくうちに、うさっこは徐々に落ち着いた雰囲気になってゆく。
どうやら、段々とこちらが無害な事を認識してくれたようだ。
少なくとも、言葉によるコミュニケーションを試みてくれる程度には。
「最初のウサギが、おじいさんを助けたウサ。そしたら、お礼に月まで連れて行ってあげると言ってくれたウサ」
「おじいさんを助けて、月へ?」
「ウサ」
「ふむ」
人助けをしたら、そのお礼に月、か。
……なるほど、そのおじいさんとやらは、神族だろうか。
彼は、月に穢れがなく、どうにかすれば住める土地であることを知っていた。
そうした上で、親切なウサギを、月に移住させてあげた、と。
そういう流れであるなら、こうしてここにウサギがいるのも納得できるな。
「お前は……おじいさんウサ? ひからびちゃったウサ?」
「いや、私はそのお祖父ちゃんじゃないよ」
「じゃあ誰ウサー!」
誰と言われてもね、名乗った所で多分わからないと思うよ。
私は有名でもないし、初対面なんだから。
「はっ!? そ、そういえばおじいちゃんが言ってたウサ……!」
「うん」
「穢れた相手には、桃の実をぶつければ撃退できるんだったウサ!」
「そうなの?」
「みんな、桃の実をもぎってぶつけるウサー!」
目の前のウサギが思いついたようにそう叫ぶと、周囲から無駄に息のあった“おー”という叫び声が木霊する。
するとウサギたちは、辺りの桃の木から実をねじって、次々と収穫を始めたではないか。
「みんな! この骨に桃をぶつけるウサー!」
「「「ウサー!!」」」
私が呆気に取られていると、突然真横から、ほどよく熟れた桃の実がぶつかってきた。
ぐしゃりと潰れ、甘い香りの汁を零しながら下に落ちる桃。
それを皮切りに、私目掛けて次々に桃が飛来する。
痛くない。
ぜんっぜん痛くない。
けど、なんだろう。
これ、ものすごく心にくる。
「おとなしくなったウサー! みんな、あと一息ウサー!」
「「「ウサー!!」」」
一方的な桃合戦により、私は桃の果汁まみれになった。
動きたくても動けない。なんとなく、動いちゃいけない空気ができつつある。
……桃の実に実際に穢れを撃退する効果があるのかは知らない。
けど、うさっこさん達は皆、ドヤ顔で次々に桃の実を投げつけている。
今ここで私が“きかぬわー”と叫んでも、それはそれで、ダメな気がした。
「う……」
「ウサ?」
「うわー」
そんな状況に追い詰められ、私は“浮遊”によって逃げることにした。
耐えられなかったのである。
うさっこ達の、“あとちょっとで勝てる”という純粋な眼差しに。
「やったー! 骨を撃退したウサー!」
「「「ウサーッ!!」」」
そのままの勢いで月を離れる最中、うさっこたちの勝鬨が聞こえてきた。
なんとも……なんとも……実に……楽しそうな連中だ。
「……うわーん、もう月旅行はこりごりだよー」
「「「ウサーッ!!」」」
なんとなーく私は最後に一言残して場を盛り上げ、そのまま地上に帰ることにした。
早く地球に戻って水浴びしたい。