東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「お~い」

「うさぁああああ!?」

「うさっ、うさぁあああ!?」

 

 灰色の煙の推進力と共に追いかければ、ウサギ達は逃げ惑い。

 

「みんな~」

「うさ!? うさっ!? うさぁああああ!?」

 

 何にもなしにただドタドタと走って追いかけてみれば、やっぱり逃げ惑う。

 

 ウサギの数は数百数十。しかし誰も、フレンドリーにコンタクトを試みる私に近づいてはくれなかった。

 相手は人の顔をしていて、人っぽい声で叫ぶだけに、余計に悲しい。

 

「やっぱりダメかぁ」

 

 仮面を持ってくればよかったなぁとつくづく思う。

 彼女らの様子を伺うに、やっぱり私のドクロな顔がアウトらしい。

 身体はローブを身にまとっているから良い物の、顔ばかりは、どうにか工夫しなければならない。

 でも、普段は仮面なんて不便なだけだし、あまり好きじゃないんだよなぁ。

 

「く、来るなウサー! お前は何者ウサーッ!」

 

 そんなことを考えながらドタドタと適当に追いかけていると、一匹のうさっ子が私の前に立ちはだかった。

 着物のような、簡素な衣服に身を包んだ、長髪のうさみみ娘。

 赤いその目は私を睨み、威嚇しているように見えなくもない。何分気迫が足りないので、怯みようがない。

 

 しかし、言葉を話せるとは予想外だった。

 私は相手の意思疎通の試みに乗り、目の前で立ち止まってやった。

 

 見上げる赤い目と、見下ろす私の空虚な目。

 威圧感は、きっとこちらのほうが何倍も上だろう。故意ではないが、申し訳ない。

 

「どうも。私は偉大な魔法使い。貴女は?」

「ま、魔法使い……? わ、私はこの月に住むウサギの族長ウサ! 文句あるウサ!?」

 

 別にないけど、うさっ子は私を警戒しているような、怒っているような感じだった。

 

 ……見た目からしてウサギだと思ってはいたが、自分からウサギと名乗ったか。

 ということは、彼女らは本当にウサギなのだろう。

 

「いや、文句は無い。ただ、どうして月にいるのか気になってね」

「こ、ここは私達の住処ウサ! お前みたいな骨に奪わせないウサ!」

 

 骨言われたよ。まだ私は辛うじて骨じゃないんだけども。

 

「貴女達は、いつからこの月に?」

「……知らないウサ。ずっと前で覚えてないウサ」

「ずっと前?」

 

 やんわりとした会話を続けていくうちに、うさっこは徐々に落ち着いた雰囲気になってゆく。

 どうやら、段々とこちらが無害な事を認識してくれたようだ。

 少なくとも、言葉によるコミュニケーションを試みてくれる程度には。

 

「最初のウサギが、おじいさんを助けたウサ。そしたら、お礼に月まで連れて行ってあげると言ってくれたウサ」

「おじいさんを助けて、月へ?」

「ウサ」

「ふむ」

 

 人助けをしたら、そのお礼に月、か。

 ……なるほど、そのおじいさんとやらは、神族だろうか。

 彼は、月に穢れがなく、どうにかすれば住める土地であることを知っていた。

 そうした上で、親切なウサギを、月に移住させてあげた、と。

 そういう流れであるなら、こうしてここにウサギがいるのも納得できるな。

 

「お前は……おじいさんウサ? ひからびちゃったウサ?」

「いや、私はそのお祖父ちゃんじゃないよ」

「じゃあ誰ウサー!」

 

 誰と言われてもね、名乗った所で多分わからないと思うよ。

 私は有名でもないし、初対面なんだから。

 

「はっ!? そ、そういえばおじいちゃんが言ってたウサ……!」

「うん」

「穢れた相手には、桃の実をぶつければ撃退できるんだったウサ!」

「そうなの?」

「みんな、桃の実をもぎってぶつけるウサー!」

 

 目の前のウサギが思いついたようにそう叫ぶと、周囲から無駄に息のあった“おー”という叫び声が木霊する。

 するとウサギたちは、辺りの桃の木から実をねじって、次々と収穫を始めたではないか。

 

「みんな! この骨に桃をぶつけるウサー!」

「「「ウサー!!」」」

 

 私が呆気に取られていると、突然真横から、ほどよく熟れた桃の実がぶつかってきた。

 ぐしゃりと潰れ、甘い香りの汁を零しながら下に落ちる桃。

 それを皮切りに、私目掛けて次々に桃が飛来する。

 

 痛くない。

 ぜんっぜん痛くない。

 

 けど、なんだろう。

 これ、ものすごく心にくる。

 

「おとなしくなったウサー! みんな、あと一息ウサー!」

「「「ウサー!!」」」

 

 一方的な桃合戦により、私は桃の果汁まみれになった。

 動きたくても動けない。なんとなく、動いちゃいけない空気ができつつある。

 

 ……桃の実に実際に穢れを撃退する効果があるのかは知らない。

 けど、うさっこさん達は皆、ドヤ顔で次々に桃の実を投げつけている。

 今ここで私が“きかぬわー”と叫んでも、それはそれで、ダメな気がした。

 

「う……」

「ウサ?」

「うわー」

 

 そんな状況に追い詰められ、私は“浮遊”によって逃げることにした。

 耐えられなかったのである。

 うさっこ達の、“あとちょっとで勝てる”という純粋な眼差しに。

 

「やったー! 骨を撃退したウサー!」

「「「ウサーッ!!」」」

 

 そのままの勢いで月を離れる最中、うさっこたちの勝鬨が聞こえてきた。

 なんとも……なんとも……実に……楽しそうな連中だ。

 

「……うわーん、もう月旅行はこりごりだよー」

「「「ウサーッ!!」」」

 

 なんとなーく私は最後に一言残して場を盛り上げ、そのまま地上に帰ることにした。

 早く地球に戻って水浴びしたい。

 

 

 


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